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最果ての鐘

8話

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 作戦の大枠が固まった後、コンラッドとジェラルドはトゴルゴの偵察に向かい、ヘレントスの傭兵隊の鳥人たちは外に出て作業を始めた。
この後到着する他の仲間のために、休めるような場所を準備しておくそうだ。
雪をかき、枝や下草を取り除くと、狭いながらも平らな空き地が出来上がる。
そこにどこからか運んできた石を積み上げかまどを作り、枝を組んで屋根をかけ、濡れた地面は魔法で乾かし、刈った下草を積み上げて簡易な寝床も作る。
さすがヘレントスの傭兵だけあって、こういう野外活動に慣れていてすごく手際が良い。
おれやケイジュは手も出せずにその様子を眺め、今のうちに休んでおいてくれ、という言葉に甘えて焚き火の側の丸太に腰掛けぼんやりすることにした。
焚き火には煙が立ち上らないように小さな屋根が取り付けられている。
その下で小さく燃える炎を眺めていると、昂ぶっていた気持ちがようやく落ち着いてきた。
それと同時に空腹感も強くなる。
朝、魔法薬をがぶ飲みしただけで何も食べていないし、今のうちに食事をしておこうか。
ある程度空き地が拠点らしく整うと、何人かの鳥人は各々得物を手に森の奥に分け入っていた。
食料調達してくると言っていたので、しばらくすれば戻ってくるだろう。
このままぼうっとしていても仕方ないし、せっかくかまども火もあるので何か作ろう。
おれは立ち上がり、荷物の中から使えそうな保存食を全部引っ張り出した。
ビスケット、じゃがいもの粉、少量の小麦粉、挽き割り燕麦、干し肉に乾燥腸詰め肉、乾燥野菜、干し葡萄、オクタロアルのチーズ……調味料も油も余裕がある。
重いものは今ここで使い切ってしまったほうが良いかも知れない。
おれは焚き火の側にそれらの食料を並べ、拠点に残っていた鳥人をつかまえて鍋を貸してもらった。
おれが持っている鍋は小さく、せいぜい二人分しか作れないが、貸してもらった鍋は結構大きい。
全員をお腹いっぱいにするのは難しいだろうけど、汁椀一杯ぐらいなら行き渡るだろう。
調理担当らしい傭兵が手伝おうかと申し出てくれたのだが、どうせやることもないからおれたちに任せてくれと断っておいた。
まず片手鍋にじゃがいもの粉を全部投入し、お湯と油、つなぎに小麦粉を入れてしっかりと練る。
まとまってきたらそれを手で丸め、小さい団子をたくさん作った。
火が通りやすいように団子の真ん中は指で凹ませて平たい形にしておく。
ケイジュが黙々と団子作りをしてくれている間に、おれは大きな鍋に湯を沸かし、干し肉をナイフで削いで入れた。
アクを取って香辛料と塩で味を整えつつ、人参や玉ねぎ、いんげん豆などの乾燥野菜も入れて煮込む。
スープがあらかた完成したところで、じゃがいもの団子も追加で入れて、またしばらく煮込む。
団子に火が通ってすこしふっくらしたところで火から下ろし、味見する。
うん、まあまあ美味しい。
長時間煮込んだわけではないので少々そっけない味に思えるけど、寒い中で食べる熱々のスープはそれだけでありがたいものだ。
団子を頬張ったケイジュも、うんうんと頷いていた。

「美味い?」

「ああ、もちもちして、うまい」

ケイジュにもお墨付きをもらったところで、森の奥から傭兵たちが戻ってきた。
手に黒い毛の生えたイタチのような獣をぶら下げているが、やたら細長いな。
鳥人たちは狩ってきた獣を居残りしていた調理担当に手渡すと、思い思いに腰を下ろしてくつろぎ始めた。
スープもちょうど大量に出来たところだし、今のうちに配ってしまうか。
獣の毛皮を剥いで解体中の鳥人に尋ねると、汁椀も数は多くないが持ってきているらしい。
それを借りて、炊き出しよろしくスープをよそって傭兵たちに配る。
目つきも鋭く、無駄口を叩いたりもしない優秀な兵士らしい鳥人たちだったが、温かいスープには思わず表情を和らげていた。
テントで休んで体力を温存しているユリエとフランにも団子入りスープを持っていく。
ユリエは目を丸くしながら器を受け取り、複雑な表情でおれに礼を言った。

「ありがとう……あなた、料理までできるのね」

「まあ、薬の調合に比べれば、適当でもなんとかなるしな」

おれの言葉にユリエはぎゅっと眉間にシワを寄せる。

「その適当っていうのが、私には難しいのよ」

ユリエはあまり料理が得意ではないらしい。
フランはそんなユリエを柔らかい笑顔で見つめ、人には誰しも得意不得意がありますから、と励ましている。
そのまま息を吹きかけながらスープを食べ始めたのを見届け、外に出る。
傭兵たちは皆柔らかい表情でスープを食べている。
よかった、まずくはなかったみたいだな。
器は全員分揃わなかったので、それぞれ交代で食べ、好きにおかわりしてもらうことにした。
無くならないうちにおれたちも自分の分を確保する。
団子はモチモチで、よく噛んでいるとほんのりじゃがいもの味がして美味しい。
よくやく空っぽだった胃に食物が入ってきたので、体もぽかぽかしてきた。
作戦会議と調理で時間をかなり使ってしまったので、空はもう薄暗くなり始めている。
もう日没らしい。
雪もちらついているようだが、木々の枝葉のおかげでここまで届くことはなかった。
けど、気温はどんどん下がっていく。
すでに冷め始めているスープを飲み干し、まだちょっと物足りなかったので鍋の様子を見に行くと、もう殆ど具は残っていなかった。
皆遠慮なく食べてくれたみたいだな。
けど、汁はまだ少し残っている。
片手鍋に残り汁を注ぎ、挽き割り燕麦を入れて煮込む。
麦はたくさんは無いし、解体し終わった肉をもう焼き始めているようなので、麦粥はおれとケイジュの分だけ作ることにした。
柔らかくなったところでチーズも削り入れ、とろみがついたらかまどから下ろす。
器に注がれた麦粥を見て、ケイジュがかすかに笑った。

「……懐かしいな……」

「え?」

「この麦粥、前にも作ってくれただろう?フォリオを出発したばかりの頃……」

そう言われて、おれもようやく思い出した。
そう、フォリオを出発したその日の晩のことだ。
おれはまだセドリックと名乗っていて、ケイジュのこともまだよく知らなかった。
記念すべき旅の初日、岩がごろごろ転がる荒れ地で、同じように麦粥を作った。
それを二人で食べた後、色々話したな。
精気がどういうものなのかとか、試しにおれの精気吸ってみてくれ、とか。
おれも笑ってしまった。
あのときのおれは、いくら好奇心を抑えきれなかったとは言え、大胆すぎる。

「おれも思い出したよ……ケイジュに、初めて精気を吸われた夜だ」

「おれが常識だと思っていたことを、セオドアが興味本位でぶっ壊してくれた夜でもある」

「驚かせたのは悪かったよ……淫魔の風習とか、他の亜人が淫魔をどう思ってるかなんて、よく知らなかったんだ」

おれが言い訳すると、ケイジュは首を振って笑みを深くした。

「いや、感謝してる。おれは、自分の信念を貫いて生きると決めて、その信念で自分の進む道を狭めていた。だが、セオドアのおかげでその道が一本じゃないことを知れた。本当に、セオドアと出会えてよかった……もし、お互い恋愛感情が芽生えず恋仲にならなくとも、きっとおれは、セオドアと共に生きたいと願ったはずだ。得難い友人、仕事の相棒として過ごすことになっていたかも、な」

おれはその未来を想像して少し切ない気分にもなったが、それより喜びの方が大きかった。

「……親友として一緒に生きていくおれたちか……それも楽しそうだ」

ケイジュがおれに向ける気持ちは、恋愛感情だけではない。
信頼や、友愛や、家族に向けるような親愛も含まれていて、それは他の選択をした世界でも変わらない。
その実感が胸にじんわりと染み入って、すごく安らいだ気分になった。
おれがケイジュを見返して微笑むと、ケイジュは持っていたスプーンから手を離し、おれの手を柔く握った。

「だが、こうして恋仲になっている今が、どんな未来よりも幸福だと、おれは思う」

ケイジュの切れ長の瞳が、ゆっくりと細くなって目尻が下がる。
今すぐ抱きついて胸に甘えたいほど、優しい表情だった。
しかし他に人もいるのでなんとか我慢して、手を握り返すだけに留める。

「ありがとう……おれも、幸せだ……この先、どんな結果が待っていても、ケイジュさえいれば、おれは後悔しないよ」

ケイジュの固い指先と手のひらの感触を、目を閉じて脳裏に刻みつける。
大鐘破壊作戦は、自動四輪車組が到着し次第時間を決め、決行される。
想定通りに事が運べば、明日の今頃はトゴルゴに突入を開始しているかもしれないな。
予定通りにユリエが大鐘の破壊に成功し、そのまま自動二輪車と四輪車を駆使して、最低限の消耗でイルターノア方面に脱出できると信じたい。
けど、相手は手練の僧兵で、アデルやリューエル公爵も黙って事を見守るつもりはないだろう。
相手は人間だ。
何が起きるかは、その時になってみないとわからない。
だからこそ、今が。
ケイジュの体温を感じている今が、何よりも幸せに思えた。



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