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宿場町のコンフィ

7話

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 それから度々休憩を挟みながらひたすら北上を続けること半日。
太陽が西に傾き始めた昼過ぎに、おれたちはリンネラ村に到着した。
西島の港町、エンムコルンやブリベスタに比べるとかなり小規模な集落だ。
人の姿もなく、漁船も港に浮かんでいるだけで静まり返っている。
かなり風が強く、沖の方に白い波しぶきが踊っているのが見えた。
トゴルゴとの定期連絡船もお休みしているというし、冬はこうして強風が吹くことが多いのだろう。
おれが自動二輪車を停車させると、まずはケイジュが降り、その後にネレウスがギクシャクした動きで地面に足をついた。

「……あともう少しで尻が削れて無くなる所だった……」

ネレウスが猫背で尻をさすりながら呟いている。
船の上では風にも波にも動じないネレウスだけど、流石に自動二輪車の振動には勝てなかったらしい。

「削れるほど揺れてないから大丈夫だ。ちょっとしびれて感覚無くなってるだけだよ」

おれが笑うとネレウスは恨めしげにおれを見上げた。
その横ではケイジュが涼しい顔をして荷物を自動二輪車に積み直している。
だけどおれは忘れてない。
ケイジュも初めて自動二輪車に乗って長距離移動したときには、同じように情けない顔で腰をさすってたよな。
おれは笑いを押し殺しながら自動二輪車を押して村の中に入る。
夏であれば活気のある漁村なのだろうが、今は昼下がりなのにまるで夜みたいな人気の無さだ。
満足に漁ができない冬は家に篭って節制しているのだろう。
ヤトがどこかで待ってくれているはずだけど、港の方だろうか。
おれが辺りを見回していると、ネレウスがようやく尻の痺れから復活して先頭に立った。
そのまま指笛を鳴らす。
二、三度続けて鳴らしていると、頭上でばさばさと何かが羽ばたく音がした。
見上げると同時に白い羽トカゲがネレウスめがけておりてくる。
白に少しだけ茶色が混じった、柔らかくて暖かそうな色の羽トカゲだ。
それは迷わずネレウスの肩に着地すると、優雅に羽を畳んだ。

「すぐに来たな。ヤトも近くにいるようだ」

ネレウスの羽トカゲは白か。
少し小柄なので雌なのかもしれない。
仲間の匂いを嗅ぎ取ったトリアも久々にケイジュの外套から顔を出し、白い羽トカゲの方に首を伸ばしていた。
当の白い羽トカゲはネレウスからご褒美をむしり取ろうと必死になっていてあまり気にしていないようだ。
二匹のなんとも自由な姿に和みつつ、港へ向かう。
それにしても、ネレウスの船が見当たらないな。
目立つからどこかに隠しているんだろうか。
波止場が見えてきて海の匂いが濃くなってきたとき、桟橋の方からこちらに走ってくる人の姿が見えた。
走っているうちに被っていた外套のフードが外れ、青灰色の髪が顕になる。
青白い肌につり上がった目、ギザギザの歯が見え隠れする口元と容姿は恐ろしげだが、表情は明るい。

「おお、ヤト!」

ネレウスが嬉しそうに手をふる。

「もう来たのか?早かったな!」

駆け寄ってきたヤトは息も切らさずネレウスに笑いかける。
いつもネレウスに振り回されているように見えるけど、ヤトの顔は主人との再会を喜ぶ飼い犬のように歓喜でいっぱいだ。

「ああ、例の自動二輪車とやらが想像以上に速くてな。このゴタゴタが終わったらおれも一台手に入れたいところだ」

「ああ、そうか、よかった。無事に合流できたんだな……ありがとう、セドリック、じゃなくてセオドアか。ケイジュも。ネレウスの急な予定変更にまた付き合わせて悪いな」

ヤトは少し頭を下げて苦笑いする。

「いや、こちらこそありがとう。ヤトがここまで来てくれたおかげで、予定よりかなり早くにトゴルゴに到着できそうだ」

おれの言葉にヤトの表情が真剣なものに変わる。

「ああ、でもまさかこんな早くに到着するとは思ってなかったから、船はまだ近くの海岸のそばで停泊しているんだ。すぐに呼び戻そう」

「おれたちが船をここに持ってくるから、お前たちはここで待っていろ。小舟ではその自動二輪車を運べない。足りないものがあるなら今のうちに調達してくるといい」

踵を返したヤトに続いて、ネレウスもそう告げて離れていった。
食糧は買い込んであるので追加する必要はないし、足りないものは今の所ない。
あとやっておくべきなのは、トゴルゴに上陸した後のことを考えて、自動二輪車にスキー板を取り付けることぐらいか。
情報が少ないが、トゴルゴはリル・クーロと同じくらい雪国のはずだ。

 自動二輪車を整備しながら時間を潰し、小一時間ほど経った頃。
海岸の岩山の影から船が現れて港に近付いてきた。
ナイエア島に渡るときにも乗船したあの船だ。
外輪と帆の両方を備えた船は、今はパドルだけを動かしてゆっくりと港に入ってくる。
甲板にはネレウスとヤトの他にも数人の船員が行き来しているのが見えた。
船の上でネレウスが手招きしているのも見える。
おれは最後にもう一度自動二輪車の機関部を点検し、立ち上がった。
自動二輪車を押して桟橋に歩み寄る。
船員たちが身軽に縄を伝って降りてきて桟橋から合図を送り、停止した船から荷物を吊り上げるためのクレーンが差し出された。
船員に手伝ってもらいながら自動二輪車を縄でくくると、船員の声を合図に自動二輪車がゆっくりと持ち上がる。
そのまま船上まで到達し、無事に船員たちが上で回収してくれる。
川を下ったり海を渡ったり、今回の旅ではこの自動二輪車も色んな経験をすることになったな。
機関部にはしっかり油を塗り込んでいるから今の所錆びは見つかっていないけど、フォリオに戻ったら一度解体して徹底的に整備したほうがいいだろう。
内部で爆発を起こしているので、もし一箇所でも穴が開けばとんでもないことになる。
クレーンが元のように収納されると、今度はおれたちが上る用の縄梯子を投げ渡された。
村民が急に入り込んできた怪しい船に騒ぎ出す前に早く出港してしまおう。
おれとケイジュが乗船するとほぼ同時に、船員たちが今度は船を方向転換させるために慌ただしく動き始めた。
白い帆がおろされて、さっそく強風を受けてパンパンに膨らむ。
男たちの勇ましい声に驚いたのか、ずっとケイジュの背中に潜り込んで顔を出さなかったトリアも首を伸ばして周りを見回していた。

「セオドア、ケイジュ。こっちだ」

ネレウスに呼ばれて、船員にぶつからないようにすり抜けながら船首側の船室に入る。
船長室なのだろう、半球体のガラスに覆われた大きなコンパスや望遠鏡が壁際の戸棚に並び、海図や地図なども壁に貼り付けられている。
あまり大きくはないが窓もあり、今は寂しい漁港の風景を切り取っていた。
中央には大きな円形のテーブルと椅子が何脚か置かれていて、ネレウスはおれたちに座るように促した。

「トゴルゴに到着するまで、この部屋で休んでいろ。今回はナイエア島に行ったときよりも揺れるから、覚悟しておけよ。この部屋の家具は床にがっちり固定しているから安心してしがみつくといい」

ネレウスはおれたちにそう言うと機嫌良さげに鼻歌まで歌いながら海図の確認を始めた。
おれが椅子を押してみると、確かに床に固定されている。
ここに座って肘置きにしがみついていれば、少なくとも海に投げ出されることはなさそうだ。
ここまで来たんだからおれも覚悟を決めるべきだろう。
ケイジュからもらった匂い袋もポケットに入っているし、窓もある。

「ありがとう。あと、バケツも貸してくれると嬉しい」

おれが頼むとネレウスは望遠鏡やコンパスを回収しながら笑った。

「それはやめておいたほうがいいぞ。おれも船に乗り始めた頃はバケツを抱えていたんだが、船が大きく揺れるとひっくり返ったり宙を舞ったりして、悲惨な状態になる。ほら、そこの壁にかけてあるボロの袋は使い捨てにして構わない。それを使え」

経験者の重みのある言葉におれは苦笑いする。

「夜明け前にはトゴルゴに辿り着く。それまで我慢するんだな。我慢できないくらいの事件が起こったら伝声管を使え。一番右が操舵席に繋がってる。おれかヤトが応答できるはずだ」

ネレウスは戸棚と反対側の壁に設置された伝声管をコツコツと指で軽く叩き、そのまま軽く手を振って船室を出ていく。
その後すぐにネレウスの掛け声と船員が威勢のいい返事が聞こえてきた。
もう出発のようだ。
おれはボロ袋をしっかりと手に持って、椅子に深く腰掛ける。

「よし、いつでも来い……ケイジュ、見苦しい姿を見せると思うけど、ちょっと我慢してくれよ」

「セオドアのことを見苦しいと思ったことはない……おれが代わってやれればいいんだが……」

ケイジュは椅子に座ったおれの前に跪き、心配そうな眼差しでおれを見つめる。
絵面だけを見ればロマンチックかも知れないけど、これから起こることを考えたらちょっと滑稽だ。
おれは笑い、屈んでケイジュの額に口づけた。

「ありがとう。その気持だけで嬉しい」

ケイジュは少し拗ねたように唇を突き出す。
ケイジュにしては珍しい幼い表情に思わずときめいてしまった。
その後おれを下から持ち上げるように強く抱きしめ、ふわりと優しく唇を奪われる。
何度も角度を変え、強さを変えて押し付けられる唇は、少しカサついていて温かい。
ケイジュは猫が主人に匂いをこすりつけるように頬ずりし、おれはケイジュの背中を撫でることでそれに応えた。
ケイジュの匂いと体温に、反射的に肩から力が抜けて安心してしまう。
そうして久々に感じるキスを堪能してゆっくり体を離すと、ケイジュの背中から顔を出していたトリアと目があってしまった。

「ふふっ、ごめんごめん、トリアも居るんだったな」

何をしているんだ、というトリアの純真無垢な視線が痛い。
ケイジュは背中をつついてトリアを外套の中から追い出し、空いている椅子の上に座らせる。

「トリアもちゃんとしがみついておいた方がいい。寒いかも知れないが我慢だぞ」

ケイジュが言い聞かせると、トリアはため息でもつきそうな様子で椅子を見下ろし、くるくると回りながら座る場所を定めて腰を下ろす。
ケイジュも隣の椅子に座り、背中の原動機付槍斧を杖のように前に突っ張って体勢を整えた。
その直後、ぐん、と船が前進した。
ついにネレウスが精霊術を使い始めたようだ。
窓から見える景色も、漁港から荒れた冬の海に変わっている。
船が軋む音に混じり、轟々という風の音、地響きのような波の音も聞こえてきた。
船室が大きく上下に揺さぶられ、窓から見える景色はあっという間に白波に塗りつぶされてしまう。
おれは肘置きを握りしめ、足を踏ん張って体を支えた。
大丈夫、これを耐えればトゴルゴはもう目と鼻の先だ。




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