175 / 193
宿場町のコンフィ
3話
しおりを挟む灰月24日、午後。
怒涛の3日連続川下りを無事に乗り越えたおれたちは、セロニカの殻壁が見える所までたどり着いた。
まだ遠くに薄っすらと見えているだけだが、あと数時間自動二輪車を走らせればセロニカに到着できる。
ここまでずっと舟を動かし続けてくれたフォルタとユーディスは、現在魔力が底をつきて休憩している。
ぐったりと舟の上で俯いている二人を見ると申し訳無さがこみ上げてくるけど、魔力が尽きるまでおれたちを舟で運んでくれるというもともとの予定通りではある。
彼らにはこのあと丁重にお礼を言って、受け取ってもらえそうなら謝礼を渡してから先に進もうと思う。
ずっと筏に載せていた自動二輪車も久々に陸地に引き上げ、準備を整えた。
連日の川下りで機関部が浸水していないかと心配したけど、流石は水の扱いに長けたユーディスだ。
水に濡れた形跡はなく、問題なくエンジンが起動することも確認している。
ここはエラン河沿いの広い河川敷で、土手の向こうに街道があるはずだ。
まずは土手を越えて、その後はひたすら街道を自動二輪車で爆走することになる。
セロニカは一旦素通りし、セロニカ北の街道の分岐点にある宿場町を目指す。
今夜はそこで宿泊し、翌日はヤトが待機してくれているであろうリンネラ村に向かい、そこから船に乗り換えればいよいよトゴルゴだ。
ずっと遠いと思っていた最果ての地が、もうはっきりと見えてきている。
自動二輪車を改造してくれたコルドとエシルガ、情報や物資でおれたちを支えてくれたコンラッドやグンター、ジョナス、移動手段を手配してくれたウィリアムにアンナ、そしてここまで舟を動かしてくれたフォルタにユーディス。
彼らの努力を無駄にしないために、そしてなによりおれの自由のために、もうここからは少しも時間を無駄には出来ない。
録音はここまでにして、さっさと出発することにする。
「よし、行こうか。準備はいいか?ケイジュ、トリアも」
おれが声をかけると、ケイジュは頼もしく深く頷き、トリアは素早くケイジュの外套の中に潜り込んだ。
自動二輪車の準備も万端だ。
今はスキー板を外しており、荷台に紐でしっかりくくりつけておいた。
ここはセロニカ平原と呼ばれていて、冬も比較的温暖な地域だ。
ヘレントスと同じくらい北に位置しているけど、山の位置や風向きのおかげで雪がさほど積もらない。
今も平原の薄茶色の地面と淡い黄色の枯れ草が大地を覆っていて、雪が積もっているのは山の上の方や北向きの斜面などごく一部だ。
起伏も少ないし、速度を上げて行こう。
ここ3日、舟で移動したおかげで核の魔力にも余裕があるし、多少飛ばしても大丈夫だ。
もしトゴルゴで戦闘になったとしても、このぐらい核に余力があれば二、三発くらいは精霊術も使える。
使わないで済めば一番いいけど、いざという時はためらわずに使わないと、きっと後で後悔するだろう。
おれは胸に手を当てて深呼吸し、北の空を見つめる。
雲は多いが、雨が振りそうな様子はない。
このままトゴルゴに到着するまで、天気が崩れずに保ってくれればいいけど……。
よし、出発の前にまずはフォルタとユーディスに別れの挨拶をしないとな。
おれは振り返り、舟にぐったりと座り込んでいる二人に声をかけた。
「フォルタ、ユーディス、ここまでありがとう。二人のおかげで魔力もかなり節約できたし、無事にセロニカにも辿りつけそうだ。おれからの謝礼は受け取ってもらえるか?」
おれが外套の内ポケットに手を突っ込むと、フォルタはひらひらと手を振って苦笑いした。
「気持ちだけ受け取っておくよ~……おれたちはそういうの受け取れない決まりなんだよね……お給料はちゃんとウィリアム隊長から貰ってるから心配しないで~」
ある程度予想していた答えが返ってきたので、おれは逆側のポケットから小さい缶を取り出した。
オクタロアルで買ったチョコレートが入っている缶だ。
「じゃあ、これなら渡しても大丈夫か?二人の疲れに多少は効くかもしれない」
おれは缶を開けて中身を見せながらフォルタに半ば強引に押し付ける。
「わぁ、チョコレートだ……うーん、これぐらいなら大丈夫かなぁ、ユーディス?」
フォルタは嬉しそうに匂いを嗅いでから、ユーディスをそっと伺い見る。
ユーディスはのろのろと頭を上げて、それからこくりと小さく頷いた。
「そうだね、食べてしまえば良いもんね~ありがとう、セドリック。おれたちはここまでだけど、この先も無事に旅が続けられるように祈ってるからね~」
フォルタは疲れた顔にふにゃふにゃとした笑顔を浮かべておれに言った。
その後さっそくチョコレートを摘み上げて口に放り込んでいる。
フォルタはユーディスにもチョコレートを投げ渡し、ユーディスは器用にもそれを口で捕まえて食べていた。
舟の上で手を振る二人に別れを告げて、ケイジュと自動二輪車のもとに戻る。
自動二輪車のハンドルに跨り、ケイジュとトリアがしっかり後部座席に座ったことを確認してエンジンを起動する。
忘れ物も無いし、駆動音も異常なしだ。
おれはもう一度フォルタとユーディスに向けて手を挙げ、それから一気にアクセルをふかした。
小石やら枯れ草やらを跳ね飛ばしながら土手を駆け上がり、街道に合流する。
交通量の多い街道なので、道幅も広いし綺麗に均されていた。
自動二輪車にとっては一番走りやすい道だ。
おれは遠くに見えるセロニカの殻壁を見つめつつ、ぐんぐん速度を上げていった。
それから数時間後。
日が傾き始めた頃におれたちはセロニカの真横を通過し、夕暮れ前に予定通り街道の分岐点にある宿場町に到着した。
人通りが増えてきた所でエンジンを切り、自動二輪車を押して町の中に入る。
今まで殻の外にある集落をいくつも見てきたけど、ここはその中でも一番大きな町だ。
町の外側に壁がないことを除けば、まるで殻都の中を歩いているみたいな気分になる。
セロニカ平野は大型の在来生物がほとんど生息していない平和な土地だ。
人が殻都を築く以前からだだっ広い草原が広がっていて、川沿いにポツポツと雑木林が点在するだけで森がない。
生えている草もそれほど背丈はなく、せいぜい人のヒザ下程度だ。
この草原にトロバイトやスライムやガリミムスなどの草食在来生物は多く生息しているが、ロノムスやラシーネなどの肉食の在来生物にとっては姿を隠す場所が少なく不便な場所のようであまり出没しない。
そうなるとロノムスやラシーネを捕食するロカリスやプテウスなどの更に大型で危険な在来生物も寄り付かないため、セロニカ近辺はエレグノアの中で最も安全な土地とされてきた。
ゲニアなどの地中に隠れる在来生物は時折出没するようだが、それぐらいなら人間が徒党を組めば退治できるので大きな問題にはならない。
こうしてセロニカは一大食料生産地として栄え、殻の外にも広大な畑を持ち、こんなに立派な宿場町も作られているというわけだ。
宿場町の周りも一面畑だが、今は土色を晒している場所も多い。
冬野菜を植えている畑もちらほらあったが、基本的にはこの辺一帯は麦畑のようだ。
宿場町はオクタロアルやハカイムとは違い、煉瓦造りの建物が多かった。
近くに粘土が採れる場所があるんだな。
赤いレンガの色が町並みに温かみを与えていて、道を行き交う人々の表情すらどことなく穏やかに感じる。
おそらく、ここに住む人々の殆どが農家か商人で、冒険者や傭兵はほとんど居ないんだろう。
大通りには食べ物を売る屋台や服屋に金物屋、薬屋など、冒険者や旅人向きの店が軒を連ねていたが、その店の主張は強くなく、どこか控えめだ。
それよりも八百屋や肉屋、パン屋の方が活気がある。
土地が豊かなセロニカでは、冬だからと言って家に引き籠もって保存食を細々と食べる、という習慣は無いようだ。
自動二輪車を押したまま移動するのは大変なので、先に宿屋を決めてそこに荷物を預けることにした。
街道の分岐点だけあって宿屋も多い。
この辺は治安も良さそうだけど、一応一番高級で立派な宿屋を選んで部屋を確保する。
追加料金を払って倉庫に自動二輪車を預かってもらい、貴重品や人に見られたら困るものは外套のポケットに押し込んだ。
ついでにトリアも散歩させることにした。
満足したらこの建物に戻ってこいよ、と声をかけると、トリアは大きく伸びをしたあとするすると建物の壁を登っていく。
まだ日が暮れるまで一時間くらいはあるので、夜までには帰ってくるだろう。
身軽になって宿屋を出た所で、おれの腹が情けない声を上げた。
朝から携帯食の堅いビスケットをかじっただけだったので、胃の中は空っぽだ。
ケイジュもそわそわと何かを探すように町並みを見ているので、早めに店に入って何か食べよう。
おれが良さそうな飯屋を探してきょろきょろしていると、後ろを付いてきていたケイジュがおれの前に手を差し出してきた。
「少し待て、妙な男につけられている」
ケイジュが後ろを振り返るので、おれも一緒に振り返る。
確かに、妙な男だ。
砂色のローブで顔から足元までしっかり隠しているのに、足取りが妙に堂々としている。
そのせいで逆に人の目を集めてしまっていた。
その男は脇目もふらずおれたちにまっすぐ歩み寄ってきている。
「……敵意は感じないが……どうする?」
ケイジュは背中の原動機付槍斧に手を伸ばしながら小さな声で尋ねてきた。
こんな人通りの多い場所で戦闘になるのは避けたい。
もし敵対する人間だったら全力で逃走してしまう方が良いだろう。
「……とりあえず相手の正体を確かめよう。おれたちに協力してくれる工作員なのかもしれない」
「それにしては、目立ち過ぎな気もするがな……」
ケイジュと囁きあっている間にも男はずんずん大股でおれたちに近付いてきて、ついにおれたちの目の前までやってきた。
「よぉ、久しぶり。とは言っても、前に会ってから3週間くらいか……とにかく、元気そうで何よりだ」
張りのある声とハキハキした話し方、そしてこの堂々とした立ち姿、まさか……。
「……ネレ、」
「おっと待て。ちょっとばかり事情があるから、名前は呼ばないでくれ」
そりゃ事情があるに決まっている。
この男は今ここに居ていい人間じゃない。
明日にはセロニカで開かれる年末議会に参加して、エレグノアの今後について話し合うべき人間だ。
男は顔に巻いていた布を解くと、その下の顔にニッと快活な笑みを浮かべてみせた。
生き生きした明るい茶色の瞳に、白い歯、巻き毛の金髪は以前会ったときと全く変わりない。
ネレウス・ココ・パラディオだ。
ユパ・ココの元老院議長がなんでこんな所に?
なんでそんな怪しい格好でおれたちを追いかけてきたんだ?
というか一人なのか?
まさか勝手に抜け出してきたのか?
次々に湧き上がる疑問のせいでおれが口をぱくぱくさせていると、ネレウスは通りの右側を指差した。
「立ち話もなんだ、どこか店に入ろう。そこなんかはかなり評判良いらしいぞ」
ネレウスはまだ驚きから脱せていないおれとケイジュを尻目に、再び大股で歩き始めてしまった。
ケイジュと少し顔を見合わせてから、慌てて後を追いかける。
まぁ、丁度いいか。
飯を食べながら、ネレウスにはしっかり説明してもらおう。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる