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オクタロアルのチョコレート

11話

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 今の所、アデルたちはおれをセオドアだとは思っていない。
ケイジュのことも学者に雇われた護衛としか思っていないのだろう。
おかげで、おれたちはアデルたちの暗躍に気付けたのだ。

「じゃあ、これからどうする?アデルの使う術は脅威だけど、このまま出会わないようにオクタロアルを脱出してハカイムに向かえば、作戦の決行に影響はないと思うけど……」

おれが話を進めると、コンラッドは再び難しい顔になってしまった。

「ええ、このままアデルから何も情報を引き出せなければ、セオドア様には予定通りハカイムに向かっていただきます。しかし、彼女がインゲルの福音と同じ力を使えるのなら、重要な情報を持っている可能性が高い……覚えておいでですね?インゲルの福音を発動できる人間の条件を」

おれははっと息をのむ。
アデルの使う術がインゲルの福音と同一である証拠はないけど、もしコンラッドの推測が正しければ……。

「あの赤毛の少女、アデルは、純粋な人間……しかも王家の血を引いている可能性があるのか……!」

「ええ。外見だけの判断になりますが、アデルは亜人ではなく、純粋な人間であるようです。しかし、リューエル公爵の親族にも、スズカ公爵の親族にも、そしてエドガー様のご親族にも、あのような赤毛の少女はいません。となれば、残る可能性は一つ……エレグノア王家の最後の生き残り、末姫トアメトリンはトゴルゴに逃げ延び、そこで子を残したという伝承が残っています。エレグノア王家の特徴は、赤い巻毛に緑の瞳……アデルはその特徴にも合致します」

「トゴルゴに、王家の生き残りが……!?」

「はい。この話は、王家の人間を保護するために今までひた隠しにされてきました。いつか王家が再興する日のために」

王家の生き残りで、インゲルの福音を発動可能な人間、しかもその存在は限られた人間しか知らない。
リューエル公爵にとって、彼女は切り札なのだ。
となれば、アデルは知っている可能性が高い。
大鐘の在り処を、そして大鐘をいつ打ち鳴らすのかも。

「なんとかして、アデルから情報を引き出すことができれば……!」

コンラッドは深く頷いた。

「……もっと早くに、彼女の素性を調べておくべきでした……彼女が純粋な人間だともっと早くに気付いていれば……もう、あまり時間はかけられません。このまま彼女に固執して、ハカイムに潜入する機会を失ってしまったら本末転倒……しかし、ギリギリまで粘ります。彼女を追跡していた仲間からの情報によると、彼女はオクタロアル城そばの教会に寝泊まりしているようです。今も仲間の一人が張り込んでいますが、もし見つかれば、術をかけられてアデル側に寝返ってしまうかもしれない……そのため慎重にならざるを得ず、未だに重要な情報は掴めていません。そこで、お願いしたいのです。ケイジュ様、あなたは姿隠しの魔法を使えますか?」

コンラッドは悔しさを滲ませた表情でケイジュを見る。
諜報の専門家なのに、専門外のケイジュに頼らざるを得ないことを恥じているのだろう。
ケイジュはただ頷く。

「ああ。まだ研鑽の途中だが、それなりに使える」

ケイジュは言いながら指を動かした。
黒い靄がケイジュの足元から立ち上り、長椅子ごと覆っていく。
コンラッドは目を見開いた。
姿隠しの魔法は認識を妨げるだけで、実際に透明になっているわけではない。
精神操作魔法と同じく、亜人の魔力に作用し思考を鈍らせるものなので、おれのような魔力を持たない純粋な人間には効果が薄い。
それでも暗闇でこの魔法を使われて、黒い靄の中に隠れられたらすぐに気付くのは難しいだろう。
コンラッドの視線が目の前にあるはずの長椅子を探して泳ぐ。

「……素晴らしい技です。今すぐ諜報員として仲間に迎え入れたいくらいだ。ここまでの技をどこで身につけたのですか?」

コンラッドは諦めたようにため息を吐きつつ問いかける。
ケイジュは手を一振りし、黒い靄を打ち消した。

「冒険者は在来生物から姿を隠してやり過ごすことも多い。それで身についた。それからつい最近、姿隠しの魔法の名手に会い、一日だけ稽古をつけてもらった。ミンシェン伯爵の側近の、スラヤのデュラという魔人だ」

「なるほど……それで」

コンラッドのあっさり納得した様子を見るに、デュラはその界隈では有名な人なのかもしれない。

「では、改めてお願いいたします。教会に潜入し、アデルを監視してください。万が一潜入に気付かれても、ケイジュ様であればアデルの術から逃げ出せる可能性がある」

危険だ、とおれが前に出る前に、ケイジュに手で制された。

「……ああ。術から抜け出すまで最初は一晩かかったが、次はすぐに跳ね返してみせる」

ケイジュの声は力強かったけど、おれはケイジュの手を必死に引っ張った。

「だめだ、ケイジュ!向こうの手の内を全て知ってるわけじゃないんだぞ!もしかしたらもっと強力な精神操作魔法も隠し持ってるかもしれない……!」

「ああ。だが、コツは掴んだように思う。おれの行動原理は深くセオドアに根ざしている。だから、セオドアのことを強く思えば平気だ。それに、そもそも見つからなければいい話だ」

「だけど……!」

おれは必死に考え続けた。
もっと安全に情報を手に入れる方法はないのか?
なにか、なにか手は……。

「セオドア様、我々も支援いたしますので、ここは……」

おれはコンラッドの言葉を遮る。

「待ってくれ。ケイジュを潜入させるのなら、おれも行く」

「それは了承しかねます。セオドア様は作戦の要です。あなたに何かあれば、作戦の存続自体危うい」

コンラッドは強い口調で答えたが、おれは構わず続ける。

「いや、おれも行く。アデルの術に、インゲルの福音に真の意味で対抗できるのは、おれしかいない。考えてみてくれ、インゲルの福音は、純粋な人間には効果がない。亜人を純粋な人間に従わせるために開発された魔法なんだからな。だから、従わせる側のおれは絶対に操られることはない。それに、もし誰かがアデルに操られても、おれならその命令を上書きできるかもしれない。おれがアデルのことは忘れろと命じれば、正気に戻せるかもしれない」

「しかし、確実ではありません。術をかけた本人の命令が優先される可能性もありますし、福音の成り立ちを考えれば、王家の血をより濃く受け継いだ者の命令が優先されるのかも……」

コンラッドは反論したものの、勢いは失っていた。
おれは畳み掛ける。

「それでも、少なくともおれ自身が操られてしまうことはない。ケイジュのことだって守れる。おれがいれば、平気なんだろ?」

おれはにやりと笑ってケイジュを見た。
ずっとコンラッドと同じような顔でおれを見つめていたケイジュが、悔しそうに息を吐く。

「……セオドアには安全な所でじっとしておいてほしかったが……そうだな。セオドアが横に居てくれるのなら、万が一見つかってまた術をかけられても、我を失うことはないだろう」

コンラッドは呆れたような顔でおれとケイジュを見比べた。

「……そういう精神論じみたものは、あまり好きではないのですが……はぁ……相手が精神操作魔法を使う以上は、そういう感情論に勝機を見出すしかないようですね」

コンラッドは怠そうに呟いて、一度俯いた。
そして吹っ切れたように勢いよく頭を上げ、懐から紙を取り出す。
それをテーブルの上に広げ、おれたちに見るように促した。
オクタロアルの地図のようだ。
北側にはオクタロアル城、その南東の一点に印がつけられている。
ここが聖殻教の教会で、アデルの拠点か。

「では、ケイジュ様とセオドア様に潜入していただくことにしましょう。まずアデルが拠点としている教会の場所ですが……」

コンラッドは広げた地図を指でなぞりつつ話し始める。

「この場所にあります。貴族街へと繋がる大通りに面しており、人通りも多い場所です。また、教会の北側には、修道士や司祭などが寝泊まりする宿舎があります。アデルはここの一室を与えられているようです。行動を共にしている司祭二人も、アデルの部屋の両隣に寝泊まりしています。アデルが勝手な行動をしないための監視役、兼護衛役という立ち位置のようですから、それなりに腕は立つものと思われます。司祭二人のうち、一人は鷹の鳥人で、もう一人は豹の獣人であることもわかっています」

「鷹と豹か……なかなか手ごわい相手だ」

ケイジュは小さく呟いた。

「はい。鳥人の方は視力に優れ、獣人の方は聴力に優れているため、我々も攻めあぐねておりました。しかし、夜間の警備は手薄ですし、昼間でも騒ぎを起こして注目を他にそらせば、その隙に建物内に侵入することも可能でしょう」

コンラッドは地図を裏返す。
裏面は教会の建物内の地図になっていた。

「ここがアデルの部屋、そして両隣が司祭二人の部屋です。そしてこの廊下の先は、修道士たちが使う食堂になっています。セオドア様とケイジュ様にはこの食堂に張り込み、アデルや司祭二人の会話を盗み聞きしてほしいのです」

「隠れられるような場所はあるのか?」

「食堂の真上にある屋根裏部屋に隠れてください。ここならばある程度の会話なら聞き取れます。屋根裏部屋は倉庫として使っているようで、祭事の道具や本などが置かれているだけで滅多に人は入りません。また、換気のための窓もあるので、侵入や脱出はここの窓からすることになります。侵入の方法についてですが……」

コンラッドは建物の位置関係や警備の僧兵の配置などを詳細に語り、おれたちに潜入作戦の全容を教えた。
既に何人か忍び込んで、どの時間帯にどれくらいの人の出入りがあるのかを既に調査済みだったので、おれたちのような素人でも支援があれば問題なくやり遂げられそうだ。
アデルたちは教会の関係者らしく規則正しい生活を送っているようで、朝、昼、晩の食事の時間には必ず三人で教会の食堂に現れる。
教会の外で司祭らとアデルが話しているところは目撃されていないが、教会の中、しかも気が緩む食事中であれば会話をするかもしれない。
しかし、おれたちが張り込んですぐに都合よく重要な話をしてくれる可能性は低いので、何日かに渡って何度も教会に忍び込まなければならない。
大鐘破壊作戦の決行日である灰月25日にはハカイムに到着しておく必要があるので、それも考えると張り込みできるのは灰月20日まで。
今日は灰月15日、あと数時間で日付が変わって16日になる。
思ったよりも時間がないな。
コンラッドはおれとケイジュの体調に問題ないなら、今すぐにでも潜入作戦を決行したいと言った。
急いで仲間に通達し準備を整えれば、今夜中に間に合う、と。
おれとケイジュは顔を見合わせ、その提案に乗ることにした。
幸い、今日一日ホテルにこもっていたおかげで体力も回復しているし、時間は限られているのだから決断は早いほうがいい。
うまく潜入できれば、明日の朝食の時間には早速アデルたちの会話を盗聴できるな。
夜が明けるまではまだ8時間ちかくあるけど、屋根裏部屋に隠れたまま一日を過ごさないといけないのである程度の準備は必要だ。
おれたちの返事を聞いたコンラッドは姿勢を正し、おれたちに一礼した。

「では、すぐに準備を整えます。夜中の三時に、また“千鳥足のアナグマ亭”までお越しください。そこで仲間と合流し、夜明け前にはあなた方二人を教会の中に潜入させます。必要な道具や衣服などはこちらで用意しますので、お二人は少しでも体力を温存し、仮眠が取れるようであれば取ってください。この地図はこのままお渡ししておきます。建物の構造をしっかり確認しておいてください」

コンラッドは早口にそう指示を残し、おれたちがなにか言う暇もなくさっさと窓から飛び立ってしまった。
展開の早さにしばらく呆然として窓を眺めてしまってから、我に返って残された地図を見る。
教会の部屋数は多くないし、構造も複雑じゃないのですぐ覚えられそうだ。

「よし、急に決まったけど、とりあえず出来るだけのことはしておこう」

おれがケイジュに笑いかけると、ケイジュも頼もしいきりりとした表情で深く頷いた。

「ああ。おれが無様に操られてしまったことを、無駄に終わらせるつもりはない」

ケイジュの目には闘志が燃えている。

「気合も入れすぎには注意だぞ、ケイジュ。潜入がバレたら元も子もないんだからな」

おれの小言にケイジュは押し黙り、それから深く息を吐いて、わかってる、と答えた。
おれもケイジュと同じように深く息を吐きだし、頭の中にやることを一つ一つ思い浮かべた。
先のことを考えても無駄に緊張してしまうだけだし、できることから片付けるしかない。
おれは放ったままにしていたかつらを手に取り、変装することから始めることにした。



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