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オクタロアルのチョコレート
3話
しおりを挟むコーヒーとチョコレートで気力を回復したところで、コルドとエシルガと共に喫茶店の外に出た。
チョコレートは紙袋に詰め込んでケイジュが持ってくれている。
コルドに引き連れられて喫茶店の裏手に向かうと、水路の上にかなり大きな筏があり、その上には布を被せられた自動二輪車があった。
コルドは慎重にその筏を引き寄せ、傾きすぎないようにゆっくりと足をおろして乗り込んだ。
「よし、おまえらも乗れ。4人くらいなら転覆したりはしない」
コルドに続いてエシルガが、そしておれも乗り込み、最後にケイジュが筏に乗る。
コルドが筏を岸に結びつけていた縄を解くと、筏は水路をゆっくりと下り始めた。
水路から眺めるオクタロアルの町並みは更に建物が高く見えるので、また違った趣がある。
灰色の空と歩行者が少ないことも相まって、威圧感が増していた。
おれたちが最初にくぐった水門は西門で、今度は東門に向かう。
ヴィタ湖の東側には湿地帯が広がっている。
冬の今は水が凍り、その上に雪が積もっているので試運転には丁度いい。
コルドは筏の後部に取り付けられた櫓を操って筏の進路を調節し、枝分かれしている水路をスイスイ進んでいく。
そうして何度か曲がったところで、太い水路に合流した。
水路の先は西門と同じく円型のロータリーになっていたが、外に出ていく船はほとんどない。
出たとしてもすぐに湿地帯が広がっていて、すぐ船を下りなければならないからだろう。
水門自体の大きさも、西門の3分の1程度でこじんまりしていた。
東門の手前で、入ってきた時と同じように鳥人の憲兵が上空からおれたちに話しかける。
身分証の提示を求められたので、おれはセドリック・フォスターの身分証を掲げてみせた。
コルドとエシルガも職人ギルドの身分証を見せ、魔導具の実験のために外に出たいと説明を付け加えている。
鳥人の憲兵は軽く頷いて、東門の方に手で合図を送った。
こちらの水門からだと外との高低差は殆どないのか、噴水で水面の高さを調節する様子はない。
ゆっくりと開いた水門をくぐり、再び殻の外へ出る。
今は雪も運良く少降状態で、視界もある程度確保できそうだ。
しばらく浅瀬を進むと、桟橋が見えてきたのでそこに筏を着ける。
桟橋の先は今は真っ白で何があるかわからないが、本来ならここは沼地になっていて、板を置いただけの道が続いているはずだ。
その道は街道に繋がっており、その街道はハカイムまで続いている。
「よし、下ろすのを手伝ってくれ」
コルドは筏を固定し終わると、いよいよ自動二輪車の布を取り去った。
フォリオでも状態を確認していたけど、冬仕様の自動二輪車は前より少し厳つい印象だ。
タイヤが太くなっているし、ハンドルや機関部にもカバーが増えているのでそう見えるのだろう。
でもこれはこれで良い。
何だか強そうでかっこいいし。
おれはハンドルを握り、久々にエンジンを起動した。
腹に響く爆音に、今更だけど復帰した実感が湧いてきてじーんときた。
ちゃんと運転するのはいつぶりだろう。
最近は転送装置で移動を済ませていたから、最後に運転したのはフォリオで近くの宿場町まで荷物を運ぶ仕事を受けたときか。
あの時もリハビリを兼ねて軽く走ったくらいだし、運転の勘を取り戻さないといけないな。
おれはいきなり走り出してしまわないように出力を最小限に抑え、自動二輪車のハンドルを押して筏から桟橋に移動させた。
「そこでいいぞ。一度エンジンを切ってくれ。板を取り付ける。エシルガ!」
「はい!」
エシルガは筏に乗せていた板状の部品を持ってきて、桟橋に広げてみせる。
布に包んでいたその部品は車体と同じ金属製で、二本一組になっている。
それが幅が細いものと太いもの、それの中間と3種類用意されていた。
「細いものから試してみよう」
コルドは腰の後ろにくくりつけていた工具を手に持ち、手際よく板状の部品を前タイヤの右横に取り付けていく。
スキー板には折りたたみできる棒状の部品も取り付けられており、コルドはそれを組み立てて自動二輪車のフロントフォークにあてがい、金属の部品で固定した。
フロントフォークはハンドルからタイヤを繋ぐ、太い棒状の部分のことだ。
二本の棒がハンドルからやや斜めに伸びていて、タイヤを挟み込む形になっている。
このフロントフォーク、実は魔石が練り込まれた特別性で、鋼鉄のように硬く、衝撃にも強くて折れたり曲がったりしないのに、地面から伝わる揺れや衝撃は吸収してくれるという優れた性質を持っている。
コルドの得意な土魔法を応用したもので、表面に刻まれた魔法陣が地面や空気中を漂うごく微量な魔力を使って、衝撃吸収の魔法を発動するという画期的な逸品なのだ。
「スキー板と連結するためのこの棒も、フロントフォークと同じ素材で作った。ある程度乱暴な運転でも耐えられるように強化しておいたが、あくまで棒と棒をこの金具で繋げているだけだ。ここはしっかりと締めておけよ」
コルドは金具を指し示し、ネジでしっかりと締めている様子も見せてくれた。
「それから、知っての通り、この自動二輪車は後ろのタイヤが動いて進んでいる。前のタイヤは基本的に後ろのタイヤに押されて動いているだけだ。こうしてスキー板を取り付けるときは、前のタイヤが動かないように固定しておくように。このつまみを上に上げろ。そしたらタイヤが固定されて動かなくなる」
コルドはおれに見えるように、工具の先でタイヤの奥にある出っ張りを突いてみせた。
おれもしゃがみこんで、その部分をよく見る。
「わかった。この状態だと、タイヤが少し浮いた状態になるんだな……」
「そうだ。この状態で雪の上に乗れば、車体が雪の中に沈まず、後ろのタイヤが雪を掻きむしるように動くことで前に進むはず……」
コルドは前タイヤの左横にもスキー板を取り付け、少し車体を上から押してみてちゃんと固定されているか確認した。
「よし、乗ってみろ」
おれは自動二輪車に跨り、少しどきどきしながらエンジンを起動した。
「そのままゆっくり雪の上を進んでみろ」
コルドの指示に従って、桟橋を通り抜けて雪原に進む。
柔らかそうな雪の上にスキー板が乗っかり、後輪が雪を撒き散らした。
スキー板は少し雪に沈みこんでいるが、とりあえず進めそうだ。
アクセルを開けて、じわじわと雪の上を進む。
進めている。
普段の道よりは抵抗も多いけど、タイヤが雪に埋まってしまうことはない。
おれはそのままゆっくりと旋回し、円を描いて進む。
スキー板の長さがまぁまぁあるから、小回りは効かないな。
急カーブは曲がれないだろう。
おれは丁寧に挙動を確かめつつ、元いた場所に戻った。
「大丈夫そうだ。少し沈む感じはあるけど、もっと速度が出ていれば気にならない程度だと思う」
「ふむ、エシルガ、どう思う?」
コルドはエシルガを振り返った。
エシルガは愛嬌のある黒くて丸い目を真剣な様子で細め、手に持った手帳と自動二輪車を見比べている。
こうして見ているとエシルガも若者ではなく立派な職人だな。
「おおよそ想定通りです。雪がもっと重たくて水分を含んでいたら、あの細さが最適だったと思います。ですが、この辺の雪の質を見るに、もう少し太い方がいいかもしれません」
「……なるほどな……ワシもほぼほぼ同意見だ。しかし、スキー板を太くすればその分旋回性能も悪くなる。その辺は運転手としてどう感じた?」
話を振られたので、おれは顎に手を当てて考えた。
「……急カーブを曲がるのは厳しそうだと感じた。これ以上曲がれなくなるなら、ハンドルで操作して曲がるより、後輪を滑らせて曲がったほうが良さそうだ。とりあえず、太いやつも試してみたい」
「わかった。取り替えよう。今度はお前さんがやってみろ。そう難しくはない」
コルドに促されて、自動二輪車を降りて工具を受け取る。
教えられながらスキー板を取り外し、先程よりも少し太いものと交換する。
それほど複雑な手順ではなかったので、これなら自分でも取り外したり取り付けたりできそうだ。
金具でしっかり固定した後、再び跨って雪原を走る。
こちらのほうが雪に沈まないし、旋回性能も先程とあまり変わらないように感じる。
ぐるぐると走り回ったあと、再びスキー板を交換し、一番太いものも試してみたのだが、こちらは明らかに曲がるのが難しくなった。
舵角に頼ることなく、横滑りするように曲がるしかないだろう。
結局、真ん中の太さのスキー板を取り付けることになった。
最終確認としてケイジュも後ろに乗ってもらい、雪を撒き散らしながらぐるぐる走り回る。
人ひとり分の重さが加わっても、雪に大きく沈むことはなく、速度もそれなりに出た。
後輪を横滑りさせて曲がる練習も時間が許す限り行った。
この曲がり方は、普通に曲がるより体重の移動が重要になる。
なるべく後輪に体重がかからないように腰を上げて前かがみになり、更に曲がりたい方向に身体を傾けて車体自体の角度も変える必要がある。
ケイジュは流石の身体能力で適応し、すぐに問題なく曲がれるようになった。
おれも運転の感覚を取り戻せたので、自動二輪車を降りた。
「このままで良さそうだ。コルド、エシルガ、ありがとう。おかげで旅を続けられるよ」
寒い中ずっと見守ってくれていたコルドとエシルガの鼻はすっかり赤くなってしまっていたが、二人とも表情は満足げだ。
「……支払われた金の分働いただけだ」
コルドは鼻息を吐き出していたが、おれにスキー板を取り付ける際の注意点や、点検すべき場所、速度の上限についても再度細かく説明してくれる。
エシルガはスキー板を取り外して持ち運ぶための革袋をわざわざ用意してくれていて、おれはそれをありがたく受け取った。
エシルガはおれをつぶらな瞳で見上げ、少し迷いながらも口を開いた。
「……おれはよく事情を知らないけど、重要なお仕事を任されているんですよね?自動二輪車がその助けになれば、嬉しいです。でも、ちゃんと無事にフォリオに帰ってきてください。おれが新しく商品を開発できたら、出来たらお二人に最初に使ってほしいんです」
熱意のこもった言葉に、おれは笑顔を返した。
「新白祭までにはフォリオに戻る。おれだけじゃなくて、ケイジュや、おれの家族もこの仕事に協力してくれているから、心配ないよ」
エシルガはやっとそこで表情を和らげると、急に顔をくしゃくしゃにした。
そのまま髭面には似合わないほど可愛らしいくしゃみをする。
「……そろそろ殻壁の中に戻ろう。ワシらも旅先で風邪などひきたくないからな」
コルドもつられたように鼻を擦りながら、帰還する準備を始めた。
再び筏に自動二輪車を乗せ、おれたちも乗り込んで桟橋を離れる。
ずっと動いていたから気付かなかったけど、外套も雪で濡れてかなり重くなっていた。
ホテルに戻ったら、服を乾かして夜までのんびり過ごすことにしよう。
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