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森人の果実酒

2話

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 ヘレントス城は、市民たちにはツギハギ城などと呼ばれているらしい。
殻都の城の基盤となっているのは、神話時代の恐ろしく頑丈な構造物だ。
かつては操舵室や客室、動力室だったと思われる四角の部屋が積み重なったその場所を、殻都では城と扱っている。
神話時代の知識が失われてから大体400年経ち、殻都それぞれで改修や増築を行ってきたため、城には各地の特色が色濃く出る。
ドルンゾーシェの城は石材をふんだんに使った重厚で堅牢な造りが特徴的だ。
リル・クーロの城は雪が屋根に積もらないように傾斜のきつい屋根になっており、色合いも市街地に合わせて赤と白を基調としているので、おとぎ話に出てくるお城のような可愛らしい雰囲気になっている。
ユパ・ココの城は熱を吸収しないために真っ白に塗り固められていて、屋根や出入り口の意匠には曲線が多用されている。
夏の大雨が建物のあちこちに貯まらないように、平面をなるべく減らしているそうだ。
おれの故郷、フォリオの城は豪奢だ。
西島中から多くの商人が集まるので、その商人たちが支援する芸術家たちも多く集まる。
商売の元締めであるイングラム家は昔から金持ちだったので、城の装飾にも多くの芸術家を起用してかなりの金をつぎ込んだ。
優美な彫刻が施された城壁や屋根の上にあしらわれた金色の彫像などに、フォリオの芸術家の執念とイングラム家の財力の高さがうかがえる。
そしてヘレントスの城は、様々な材料と手法で構築された、まさにツギハギの城だ。
というのも、ヘレントスは他の殻都よりも神話時代の構造物の損壊が激しい。
幾度となくヨナの大森林の在来生物と戦ってきたせいで、殻壁も城も穴が空いたり崩れたり歪んでいたりするのだ。
その損壊部分を木材や石材、時には在来生物の革や甲殻や骨まで使って塞いでいるので、そもそも都市自体が混沌とした雰囲気になっている。
ヘレントス城もその例に違わず、壊れては直し壊れては直しを続けているうちに奇妙に歪んだ、成長途中の生き物のような見た目になってしまっている。
しかしそれが、何度在来生物に襲われようとも決して折れることのないヘレントスのド根性を具現化しているようで、おれは結構好きだ。

 暗い灰色の雲が覆い尽くす冬空にそびえ立つヘレントス城は、いつにも増して不気味に見えた。
1週間ほど前に雪がどっさり降ったらしいのだが、一昨日ぐらいまで冬にしては珍しい晴れた日が続き、そのせいで積もっていた雪が溶け、薄汚れた色になって屋根の上に残っている。
そんな中途半端な雪景色の中、在来生物の甲殻で補修されている箇所が鈍い金属光沢を放っているのがなかなか禍々しい。
そんな城の門を守るのは厳つい大柄な獣人たちだが、彼らはフォリオと比べると若干だらしない態度でおれたちを出迎えた。
ヘレントスは憲兵もそうだが、城を守る警備兵も少々柄が悪い。
しかし、ヘレントスで鍛えられた兵士は実戦慣れしていて、いざ戦闘になると頼りになる存在だ。
今は暇そうにしている警備兵に話しかけ、入城の手続きを済ませる。
分厚い無骨な木の城門をくぐると早速文官らしき蟲人が近付いてきた。
頭に二股に別れた立派な角を生やした彼によると、ジーニーの準備が整うまでもう少しかかるので、先に馬車に乗り込んで待っていて欲しいとのことだった。
案内に従って城の中を抜け、馬車の停留所に向かう。
城に荷物を運び込んできた馬車に混じり、一際大きく立派な二頭だての馬車が停められていた。
繋がれた馬も、街で見かける馬よりも一回りは大きく、黒いたてがみと、額から伸びる湾曲した角が格好良い。
気性が荒いのか、苛立たしげに地面を蹄で掻いていた。
小柄な猫耳の御者がそんな二頭を交互になだめている。
おれたちが馬車に歩み寄ると、二人組のフットマンらしい男性が頭を下げた。
背格好も顔立ちもそっくりだ。双子だろうか。
大型の猫科の獣人らしく、頭には丸みを帯びた耳が生えており、長い尻尾をゆったりと揺らしている。
手足も長くて、いかにも足の速そうな体型だ。
おれたちをここまで案内した蟲人は彼らに話しかけ、引き継ぎをしたあと一礼して去っていった。

「セオドア様、ケイジュ様。この度はフェンドラー商会のヘレントス急行馬車をご利用いただきありがとうございます」

二人のフットマンはおれたちに歩み寄ると恭しくお辞儀をした。
おれは思わず聞き返す。

「フェンドラー商会?これは、ミンシェン伯爵の馬車ではないのか?」

「こちらの馬車は我がフェンドラー商会がミンシェン伯爵様専用としてご用意したものです。ミンシェン伯爵にはいつもご利用いただいていますので」

「車輪もサスペンションも最高級品を使用していますので、悪路でも揺れが少なく、雪道でも速い。ヘレントスで一番速い馬車でございますよ」

フットマンたちは交互に話し、目を糸のように細めておれたちを見た。
手慣れた様子なので、彼らはフットマンであると同時に、商品を売り込む店員でもあるのだろう。
けど、まさか元老院議長なのに民間の商会から馬車を借りているとは思わなかった。
イングラム家もそうだが、貴族というのは大体フットマンや御者を家で雇っている。
民間の商会に馬車を頼むのは一部の貧乏貴族だ。
ミンシェン家が貧乏なんて聞いたことがないので、ジーニー自身がフェンドラー商会とやらに絶大な信頼を寄せているのだろう。

「……なるほど……馬車旅は慣れていないんだが、それなら安心だ。よろしく頼む」

おれには自動二輪車があるので、今後馬車を使うことはあまりないだろう。
暗にこれ以上の営業トークは必要ないと笑顔で圧をかけると、それをフットマンたちはきちんと理解して引いてくれた。

「伯爵様もすぐにいらっしゃると聞いています。先にお乗りになってお待ちください」

優美な動作で馬車の扉を開け、おれたちを促す。
箱型の馬車で、装飾こそ少ないものの内部は質が高そうな布張りになっている。
しかしそんなに広さはなく、座れるのはせいぜい4人くらいだろう。
馬車に乗り込みケイジュが慣れない様子でおれの隣に腰掛けた所で、フットマンたちが扉から顔を覗かせて軽快に話しかけてきた。

「馬車について何かご質問、または不安な点などありませんか?」

この甲斐甲斐しさは、商人だからか。
おれが少し考え込むと、横からケイジュが口を開いた。

「……おれは魔人だが、馬に影響はないか?」

ケイジュの質問にフットマンたちは嬉しそうな笑顔になる。

「全くございません。確かに、臆病な馬ですと、ケイジュ様のような魔人の方を怖がってしまう場合がございます。しかし、今回馬車を引く二頭は、右をルル、左をララと言いまして、特別な子です」

馬車の窓を示されたのでそちらを見ると、二頭はちょうど荒い鼻息を漏らしているところだった。
そんな可愛い名前がついていたとは。

「一角馬は在来生物と馬をかけ合わせて作られた家畜ですが、その一角馬の中でも在来生物の血が濃い馬をかけ合わせて生まれたのがルルとララです。在来生物の血が濃いと、足が速く、力も強く、魔人のお客様の影響も受けにくいのです。その分気性は荒くなりますが、そこは我がフェンドラー商会の御者ならば問題ありません」

「フェンドラー商会では、ルルやララのように品種改良した馬も取り扱っておりますよ。冒険者のお供として、いかがでしょう?もちろん気性の穏やかな馬もご用意できますし、一定期間のみ貸し出しなど、柔軟に対応させていただきます。ご移動はいつもどのように?」

ごく自然に商売の話を始めたフットマンに、ケイジュは面食らったように瞬きをした。

「……いや、馬は必要ない。おれも雇われている身だ。雇い主に移動のことは任せている」

ケイジュの断り文句に、フットマン二人の視線がおれに向けられた。
おれは黙って笑う。
フットマンたちは一瞬顔を見合わせ、笑顔を保ったまま話題を変えた。

「そうでしたか。これは失礼しました。今回の旅程のご説明は必要でしょうか?」

おれは昨日の夜にジーニーから軽く説明は受けていたが、もう一度聞けるのならありがたい。
これには素直に頷くことにした。

「お願いしていいか?」

「かしこまりました。今回、この馬車はここから北東に位置する森人の集落、通称イスト村へ向かいます。到着は本日の日暮れ後の予定ですが、街道の状態によっては夜中近くになる可能性もございます。また、道中馬を休ませるために何度か停車します。障害物の撤去などについては、我々フットマンにおまかせ下さい」

「しかし、在来生物の襲撃については、我々の力が及ばず、お客様の手をお借りすることもございますので、ご了承ください。冬ですから、おそらく在来生物の襲撃は起きないとは思いますが……万が一大型の在来生物が街道を塞いでいた場合は、ご協力お願いします」

ケイジュが頷くと、フットマンたちは最後に荷物の置き場や、扉の鍵の位置などを教えた後に扉を一旦閉めた。
座席の下が荷物置き場なので、そこに荷物を押し込んで一息つく。
ケイジュは未だに居心地悪そうに座席に何度も座り直している。

「……馬車なのに、こんなに座り心地がいいと逆に落ち着かないな」

「まぁ、しばらくしたら慣れるだろ。おれとしては、こんな狭い空間にジーニーとずっと一緒に居なきゃいけないことの方が気が重いよ」

ジーニーが嫌いというわけではないし、頼りになる人物だとは思うが、まだ彼の性格が掴みきれていないのでソワソワしてしまう。
初対面の印象がかなり強烈だったので、あの細い目に見つめられると未だに緊張するのだ。

「……今は完全に味方、なんじゃないのか?」

「まぁ、それはそう、なんだけど……油断したら手のひらの上で転がされそうな気がして……」

ケイジュは苦笑すると、手を伸ばしておれの肩をぽんぽんと叩く。

「……その気持ちもわからないことはない。だが、あの若干胡散臭い雰囲気は元々だ」

「ヘレントスだと、鮮血伯爵って呼ばれてるんだっけ?ケイジュも前から知ってたのか?」

「直接会って話したことはなかったが、ヘレントスの武闘大会に伯爵が飛び入り参加するのが、毎年恒例になっていてな。おれは槍部門だったから試合をすることはなかったが、戦いぶりを見物したことはある。伯爵の戦い方は……そうだな、強いて言えばセオドアの戦い方に似ていると思う。予測の付きにくい動きで相手を翻弄するんだが……何というか……酔っ払いみたいにフラフラと歩いたかと思うと、急に蹴り技を繰り出してきたりする。ニコニコ笑ったかと思ったら急に真顔になって間合いに踏み込んできて、相手を精神面でも翻弄する。そういう戦い方が、普段の態度にも影響しているのかもな」

「……こわ……そんなの絶対戦いたくない……」

笑顔のまま対戦者を蹴り飛ばすジーニーを想像して、思ったことがそのまま口から出てしまった。

「そうだな。おれも、武器も魔法も使わないで鮮血伯爵に勝つのは難しいと思う。だが、あの態度は何もセオドアに対してだけじゃないということだ。今は利害が一致して協力しているんだから、気負わなくても大丈夫だ。何かあれば、おれが守る」

ケイジュは柔らかい微笑みとともに、おれの頬に手を当てた。
そのまま顔が近付いてきて、唇が重なる直前。
外から声が聞こえて慌てて体を離した。

「おはよう。今回もよろしく頼んだよ。セオドア君とケイジュ君は?」

「おはようございます、伯爵様。お二人はすでにご乗車いただいております。すぐに出発しますか?」

「うんうん、彼らもやる気十分みたいだね。よし、すぐに出発しよう。予定よりも少し早いけど、大丈夫かな?」

「はい。問題ありません」

そのやり取りのあとに、フットマンが再び馬車の扉を開けてミンシェン伯爵が中に入ってきた。
年季の入った赤茶色の外套を身に纏い、腰に実用的な短剣をさげたジーニーはベテランの冒険者にしか見えない。
ジーニーはおれの向かい側に座り、その後に荷物を抱えたデュラが続く。
今回の旅はこの4人か。
座席の下に荷物を押し込んだデュラは、ケイジュとは違って慣れた様子で腰を下ろした。
背も高いし、ケイジュと同じく淫魔で容姿も美しいのに、不思議なほど威圧感のない人だ。

「おはよう、セオドア君、ケイジュ君。昨日はちゃんと眠れたかな?」

ジーニーは変わらずにこやかに声をかけてきた。
さっきケイジュから話を聞いたおかげで、おれはそこまで緊張せずに挨拶を返した。

「おはようございます。おかげさまで、覚悟も決まりました」

「それは重畳。忘れ物などはないね?」

ジーニーはおれたちを見回したあと、踵で2回床を叩いた。
馬車は少し揺れたあと、パカパカと蹄の音が聞こえてきた。
外の景色もゆっくりと動き始める。
出発だ。
何事もなく、順調に進んだとしてもほぼ丸一日この箱の中に缶詰だ。
退屈に耐えるのはあんまり得意じゃないんだけどな。
せっかくだから、ジーニーと親睦を深めておくことにしよう。




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