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セオドアの勝負飯
9話
しおりを挟むコルドの魔導具店の前で、おれたちはウルダンと別れた。
ウルダンは城に戻り、自動二輪車の話をハッダード侯爵に伝えておいてくれるらしい。
次におれたちがするべきなのは、速やかに旅立つ準備を整え、ヘレントスに向かうこと。
まさか今日中に旅立つことになるとは思っていなかったので、荷物も自宅に置いたままだ。
家に戻って、荷物をまとめて、最低限の食料や薬なんかも揃えて……。
おれが頭の中で算段をつけていると、ふと奇妙な音が聞こえた。
くるる、という情けない唸り声は、おれの腹から聞こえてくる。
「……腹、減ったな……」
おれは呆然と立ち尽くし呟いた。
色々なことが一気に起きたので、自分の体のことをすっかり忘れていた。
今日は朝食を食べたきり何も食べていない。
もう時間は昼を過ぎて太陽もだいぶ傾いてきている。
そりゃあ腹も減るはずだ。
隣を見ると、ケイジュもおれと同じようにぽかんとしてお腹に手を当てていた。
「……そういえば、そうだな……」
道の真ん中で二人して立ち止まって見つめ合う。
おれは我慢しきれずに笑った。
「ふは、とりあえず、何か食べるか。とりあえず夜までに城に戻ればいいんだ。飯を食うぐらいジーニーも許してくれるだろ。腹が減っては戦ができぬって言うしな」
おれは決心すると周りを見回した。
コルドの魔道具店は繁華街にも近いのでこの辺なら食べ物に困ることはない。
適当に店に入ってもいいけど、この道を引き返し右に曲がってしばらく行けば……。
「ケイジュ、カツレツ好きか?」
「カツレツ?」
「豚肉に衣をつけて揚げた料理だよ。おれ、ここぞという時はカツレツを食べるんだ。ただの縁起担ぎだけど、勝負にカツって」
「……ああ、ヘレントスでもそういうのにこだわる奴は多いから知っている……そうだな、いいと思う」
ケイジュの表情が心なしか明るくなっている。
フォリオ城では事態を飲み込んで話についていくのに必死でずっと黙り込んでいたけど、ケイジュも欲求には逆らえないようだ。
おれはここぞという時によく訪れていた店に向かうため、踵を返した。
夕方の少し前という中途半端な時間もあって、店は空いていた。
この店はカツレツだけを出すフォリオの中でも変わった店で、がっつり肉と油を食いたい男性客や、縁起担ぎの冒険者なんかでいつも混雑している。
おれもリル・クーロ行きの仕事が決まったときにはまっ先にここに来て分厚いカツを食べた。
結果的にリル・クーロへの仕事も無事達成できたし、今回もカツの力に頼ろう。
おれはメニューも見ずに本日のオススメカツ定食を頼んだ。
ケイジュはしばらく悩んだあと、一番肉の量が多いカツ定食を頼む。
ケイジュはギルドでもたくさん動いていたし、その後たくさん頭を使うことにもなったので、身体がガツンとしたものを求めているのだろう。
カウンターの奥の厨房に直接大声で注文を伝えると、威勢のいい返事が来た。
そのまま待つこと数分、まだジュワジュワと音を立てるカツと分厚いパン、皿から盛りこぼれそうな千切りキャベツがお盆に乗って運ばれてきた。
それだけだ。
シンプルだけど、この男らしさが今は好ましい。
いかにも肉をよく食べそうな垂れた犬耳の大柄な店員は、ケイジュの前に見るからにボリューム満点のカツレツの定食を置き、おれには今日の日替わりカツ、チーズ入りカツ置いて立ち去った。
「よし、食うぞ」
おれは気合を入れ、早速ナイフとフォークを持ち上げた。
揚げ料理に最初にナイフを入れる瞬間は、いつだって高揚する。
おれはもったいぶることなく、二つあるカツレツの一つ目を真ん中から割る。
さくっという心地よい手応えと、柔らかい肉の弾力に唾液がじゅわりと湧き出てきた。
断面を見ると、このカツは一枚肉ではなく薄い肉を何枚にも重ねて作っているようだ。
真ん中にはとろけたチーズが挟まっていて、今すぐ食えと言わんばかりに皿にこぼれ落ちようとしている。
おれは口の中を火傷しそうだと思いながらも、その豚肉とチーズとパン粉と油の最高傑作を思い切り口の中に押し込んだ。
最初に感じるのは衣の香ばしさと肉汁の熱さ、そして胡椒のキリッとした清涼感。
肉を噛めば、薄い肉の断層がじゅわじゅわと解けて旨味が広がる。
それらを包み込むチーズのまろやかさと塩気。
空腹にこの満足感、たまらない。
あと一歩間違えばジャンキーで下品な料理にもなってしまうところを、軽やかな食感と胡椒の辛味が寸前で押し留めている。
おれはフォークを握りしめて唸る。
旨い。
その感動をケイジュにも伝えようとして、やめた。
ケイジュは分厚いカツのうっすら桃色を残した断面に目を輝かせ、今まさに口に運ぶところだった。
いつも清潔感のある美しさを保っているケイジュも、ものを食べるときは飢えた若者でしか無い。
大口を開けて、犬歯で肉を野性的に噛みちぎる。
ケイジュはおれの視線にも気付かず、小さく頷きながら肉を咀嚼し、卓上のソースを手にとってカツにたっぷりかけた。
ケイジュは無意識なのか、おれの方も見ずにソースをこちらに押しやってくる。
それを受け取り、おれも山盛りの千切りキャベツにソースを回しかけてわしわしと口に押し込んだ。
そうして一個目のチーズカツを食べ終わって二つ目のカツを食べ始める前に、ふと思い出してパンを手にとった。
危ない危ない。
勢いで全部食べてしまうところだった。
パンに切れ目を入れ、その隙間にキャベツを挟んでからソースをたっぷりかける。
その上に二つ目のカツをのせ、パンで押しつぶすようにしながら豪快に噛み付く。
うん、これだ。
この店のソースはパンにもよく合う。
パン粉の衣にかけるためなんだから当然か。
少し硬めのパンのおかげで更に食べごたえが増している。
こっちのチーズカツには胡椒ではなく、ハーブで清涼感を足しているようだ。
パンやキャベツと一緒に食べても存在感を失わないチーズの濃厚さには脱帽するしかない。
隣のケイジュからの視線を感じて横を向くと、ケイジュはその手があったかと言わんばかりにおれのカツサンドを凝視していた。
その後いそいそとケイジュも残ったカツでサンドイッチを作り始める。
もう言葉なんて必要ないだろう。
おれは無言のまま、カツサンドを腹の中に詰め込む作業に夢中になった。
さして時間もかけずに定食を平らげ店の外に出たおれたちは、火照った頬を冬の風に冷やされてため息をついた。
「あ~食った食った……」
栄養と気力をしっかり注入された腹を撫で、おっさんくさいと思いながらもおれは呟く。
ケイジュも同じような気持ちなのか、無言でフードを被り直して頷いた。
少しだけ見える口元に、カツの衣の欠片とソースがついている。
「ケイジュ、ここ、ソースついてる」
「ん?あ、ああ」
ケイジュは親指でそれを拭い、唇を舐める。
ケイジュはそういうお行儀の悪い仕草さえかっこよく見えてしまうからずるいな。
「よし、行くか。とりあえず家に置いてる荷物を取りに行かないとな……いや、消耗品買うのが先か?」
おれが迷っていると、ケイジュが口を挟んできた。
「……おれが買い物を済ませてくるから、先に自宅に戻っていてくれ……別行動は気乗りしないんだが……」
おれを見るケイジュの表情は明らかに嫌そうだ。
療養しているときからずっとケイジュはおれから離れることなく生活していたが、流石に今は効率を重視してくれるようだ。
「ありがとう。じゃあおれは先に貴族街に向かうよ」
ケイジュはおれと距離を詰め、まるで脅すような言い方で念を押してきた。
「いいか、不審な人物を見かけたらすぐに逃げろ。助けを求めている人が居ても、一人では近寄るな。寄り道もするな。とにかくまっすぐ、家だけを目指すんだぞ」
まるで我が子を初めてお使いに行かせる母親のような言い方だ。
ここから自宅まで、そんなに距離はない。
五年も運び屋として働いてきたから何度も何度も通ってるし、ケイジュよりこの街には詳しい。
子供じゃないんだから平気だ、と笑い飛ばしたくなったけど、おれは神妙な顔を作って頷いた。
「わかった。言いつけはちゃんと守る」
ケイジュは小さなため息をつく。
フードのせいで表情は見えないけど、多分浮かない顔をしているんだろう。
ケイジュにとって、おれが一人で突っ走ってあんなことになってしまったことが、未だに大きな傷になっているのだ。
きっと、おれがインゲルの福音関連の作戦に駆り出されることも、本心では嫌なはずだ。
それでもケイジュはこうして何も言わずにおれの意思を尊重してくれている。
ただ、おれへの愛ゆえに。
「ケイジュも気をつけろよ。今の時期はスリもひったくりも多いから」
「ああ。大丈夫だ。暗くならないうちに終わらせよう」
そうしておれは貴族街の自宅へ、ケイジュは商店街へとそれぞれの方向に分かれた。
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