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セオドアの勝負飯

8話

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 親父が席を外したことで何人かは立ち上がり、話し合いが必要な相手の所に移動していった。
ネレウスとヤトは客船の事を相談したいのかヴィンセントとアルビエフ伯爵に近付き、エランド子爵は配った資料を回収している。
おれもまずはジーニーの所に向かった。

「ジーニー、いつ頃出発する予定ですか?」

時間が惜しいので単刀直入に尋ねると、彼も迷い無く答えた。

「できるだけ早くに。説得に時間をかけられるよう、可能なら今すぐにでもヘレントスに移動してほしいんだけど……今晩までに準備を整えられるかい?」

「はい……それまでには。自動二輪車のこともあるので、確定ではないのですが」

「ヘレントスへは私と共に転移装置を使ってもらうから、移動手段のことは心配しなくていい。そこから先、森の魔女の捜索の際にも、私が移動手段を手配する。自動二輪車はカリムとウルダンに預けて行くといいよ。私とデュラはこのまま城で待っているから、諸々の準備を整えたら城にまた来てくれ」

「わかりました」

おれは一礼するとそのまま次はハッダード侯爵の側に向かう。
ハッダード侯爵はヴァージル兄と話をしていたが、おれに気付くと顔を上げた。

「おお、来たか。自動二輪車の件をウルダンと話し合っておいてくれ」

ハッダード侯爵は再びヴァージル兄との話し合いに戻り、隻眼の石人がおれを見上げた。

「セオドアです。よろしくお願いします」

おれが手を差し出すと、隻眼の石人は分厚い手のひらでがっしりと握手を返してくれた。

「うむ。儂がウルダンだ。早速だが、例の自動二輪車とやらは今どこに?」

「今は開発してもらった工房の倉庫に預けてあります」

「開発者の名は?」

「コルドです。ガレオートの息子コルド。昔はドルンゾーシェで魔導具店を開いていたらしいのですが……」

「……なるほど、ガレオートの倅か……直接顔を合わせたことはないが知っておる。雪道でも走れる魔導具を、と言われても現物を見てみないと何とも言えん。その工房に案内してもらえるか?」

「はい、もちろん……ですが、ハッダード侯爵は……?」

「おい、カリム!お前はここにしばらく居るのか?儂は先に自動二輪車の改造に取り掛かるぞ」

ウルダンは無遠慮にハッダード侯爵の腰のあたりを拳で軽く叩いて言う。
ハッダード侯爵は振り返り、軽く頷いた。

「ああ、すまないが先に始めておいてくれ。もし開発者と話が揉めそうなら、私の名前でも金でもなんでも使っていい。頼んだぞ」

ハッダード侯爵はまだここで話し合っておかなければいけないことがあるらしい。
ウルダンは椅子から飛び降りると、先に会議室の扉の方にずんずん歩いていった。
おれもケイジュに目配せし、急いでその後を追う。

 会議で決定された色々なことを消化する時間もないまま、おれとケイジュは城を後にし、コルドの魔道具店に向かった。
店はしばらく臨時休業にして自動二輪車の製造に専念しているらしいので、店の前は静まり返っている。

「ここです。裏手に工房があるので、コルドはそこに居るはずです」

おれが店の横をすり抜け、裏に回ると、早速金属を加工する甲高い音が聞こえてきた。
そして元気のいい怒鳴り声。
今日も忙しくしているようだ。

「おおい、コルド!ちょっといいか?!緊急の用事なんだ!」

おれが工房の扉をガンガン叩くと、金属加工の音に混じって若い男の声がした。
扉がちょっと開いてエシルガが顔を出す。
連日コルドにしごかれているからか、エシルガは日に日に精悍な石人らしい顔つきになっている。
おれとケイジュの顔を見ると、まだシワの少ないその顔にいっぱいの笑顔を浮かべてみせた。

「セドリックさん!ケイジュさんも!久しぶりですね、ついに新しい仕事が決まったんですか?」

エシルガは黒くてつぶらな瞳を輝かせていたが、おれとケイジュの後ろに隠れてしまっていたウルダンが前に進み出ると一気に表情をなくした。

「お、長……!?なんで、なんでフォリオに!?」

「……自動二輪車の開発者に会いに来た。少々時間をもらいたい」

ウルダンの鋭い視線を受けたエシルガは、弾かれたように背筋を伸ばすと、慌てて扉を開けておれたちを工房の中に招き入れた。

「す、すぐに師匠を呼んできます!」

工房の中は真冬とは思えないほどの熱気が充満して、魔力で動く旋盤加工用の機械が絶えず稼働していたが、エシルガが作業中のコルドの肩を叩くと一旦音が止まった。
ようやく振り返ったコルドがおれに気付き、それからウルダンの姿にも気付くと心底面倒くさそうな顔になりながらこちらにやってきた。

「……これは、驚きましたな。まさかドルンゾーシェの正統な技術者、しかも職人ギルド長ご本人が、こんな異端の工房にお越しくださるとは」

コルドはウルダンに皮肉たっぷりに話しかける。
ああ、言わんこっちゃない。
ここで喧嘩してる場合じゃないんだけど、とおれが危惧しつつウルダンの様子を窺うと、意外にも彼は落ち着いた様子で少し頭を下げた。

「緊急事態とはいえ、工房に急に押しかけてすまなかったな。儂はダシュルの息子、ウルダン。自動二輪車の件でお主に相談したく参った」

ウルダンが差し出した手を、コルドは思い切り訝しみつつも握り返す。

「……ガレオートの息子、コルドだ。なにやら尋常ではない様子だな。少し待て、機械を止めてから話を聞こう」

コルドはおれにどういうことだと視線をチラチラ向けつつも、エシルガにも指示を飛ばして工房の一角に木箱をいくつか用意した。
そうして作られた簡易な椅子におれたちが座ると、エシルガが恐る恐るウルダンに尋ねる。

「こ、コーヒーかお茶でも用意してきましょうか……?」

「いや、必要ない。儂は一時的にギルド長の役割を他の者に任せ、いち職人としてここに来ておる。気遣いは無用だ」

エシルガの動揺っぷりをみるに、ドルンゾーシェにおける職人ギルド長というのはかなりの権力者らしい。
エシルガがオロオロしている間に、コルドは全ての機械を停止させ、木箱の椅子にどっかり座った。

「では、早速聞かせてもらおうか。最初に断っておくが、新しい自動二輪車を注文したいのなら来年まで諦めてくれ。やっと今週、最初の納品分が完成するんだ。しばらく注文は受けないぞ」

コルドは流石に多忙すぎて懲りたらしい。
エシルガもどこか遠い目をしていたので、おれは申し訳なくなりながらも話を切り出した。

「新しい注文ではないけど……おれの自動二輪車の改造をお願いしたいんだ。大至急」

「ああ?雪道でも走行できるようにって話か?それはまだ何も着手できてないからもう少し待てと……」

コルドは不可解そうにウルダンの方に視線を向ける。

「その話に、なんでドルンゾーシェの長が関わってくるんだ?」

コルドの不信感いっぱいの声色にも、ウルダンは動揺することなく応える。

「エレグノアを根幹から揺るがすような事件が起ころうとしている。それを未然に防ぐため、運び屋セドリックの力と、自動二輪車の力が必要なのだ。これはドルンゾーシェ元老院議長、カリム・ドルン・ハッダード侯爵直々の命令でもある。思うことは色々あるだろうが、とにかく力を貸して欲しい」

ウルダンの言葉に、コルドはしばらく絶句していた。
インゲルの福音のことを欠片も知らされていないコルドにとっては、予想もできない言葉だっただろう。
コルドの後ろで話を聞いていたエシルガもきょとんと首を傾げていた。

「コルド、悪い。おれもこの件に関しては詳しく話せないんだ。だけど、おれは今からなんとしてでも雪山を越えて、できるだけ速くたどり着かなきゃいけない場所がある。そのためには、自動二輪車が必要だ」

おれが重ねて頼むと、コルドはようやく深く深くため息を吐いた。

「……事情は知らんが、本気らしいな……それで、何をすればいい?雪山も登れるような自動二輪車といっても、一台だけか?精霊術式と魔法式どっちだ?」

「ひとまずおれが使う精霊術式自動二輪車を改造して欲しい……一週間後の灰月10日までに」

「はぁ?!正気か?!」

「残念だけど正気だ」

コルドとエシルガは顔を見合わせ、エシルガは本当に申し訳なさそうに口を挟んだ。

「魔法式自動二輪車ロードランナーの納期も一週間後に迫っているんです。顧客には貴族も居るし、お得意さんも居るし、そんな時間を捻出するのは……無理、かも、しれません」

ウルダンは顎に手を当て少し考えたあと、こともなげに告げた。

「ならば、顧客に納期を少し延ばしてもらえるよう、儂とカリムで交渉しよう。この件にハッダード侯爵は金をいくらでも出すと言っている。納品が遅れた分、販売価格を値引きすれば、顧客もそこまで憤慨するまい。無論、値引き分の金はハッダード侯爵が負担する。人の手が足りなければ、儂や儂の弟子も手伝わせる。技術の流出が嫌ならば、儂も弟子もこの工房には一歩も立ち入らず、その代わり雑務は一手に引き受けよう。この仕事の報酬ももちろん十分な額を支払う。それでどうだ?」

エシルガは目を白黒させていたが、コルドは黙り込んで思案する。
長い沈黙の後、コルドはゆっくりと頷いた。

「……改造の構想は既にある……金と納期の心配をしなくていいのなら、一週間でもなんとかなるだろう」

「本当か!」

おれが身を乗り出すと、コルドは厳しい目をウルダンに向けた。

「あと足りないのは人手だ。金属加工に長けた職人が一人欲しい。ワシは技術の流出なぞは気にしない。部品が作れたとしても、自動二輪車の構造を隅々まで知り尽くしていなければ、実際に組み立てて動かすことなどできんからな。だから、とにかく腕の立つ職人を一人。用意してもらえるんだろうな?」

ウルダンは静かに頷いた。

「では儂が手を貸そう。すでに改造の目処も立っているのなら儂が口を出す必要もあるまい。ここで働いている間は、儂のことを駆け出しの若造と思って使うが良い」

エシルガは声にならない悲鳴をあげて顔を青くしていた。

「そんな、お、長……もちろん、長ほどの凄まじい職人ならおれが手伝うよりもよっぽど早く完成するでしょうけど……ここで、働く気なんですか?」

「当然だ。工房で汗水流さずして、何が職人か」

コルドはその言葉を耳にして、ようやくふてぶてしい笑みを口の端に浮かべてみせた。

「……よし、良いだろう。その仕事、引き受けた」

コルドはウルダンと力強く握手した。
なんとか交渉成立したことで、おれはどっと力が抜けてしまう。
後ろに傾いた背中は、ケイジュがそっと支えてくれた。

「……報酬や納期の延期について、詳しいことはこの後話し合おう。儂は一度フォリオ城に戻り、この事をカリムに報告する。その後は納品を延期する交渉に向かおう。事務仕事を手伝わせたいんなら、弟子もこちらに来させるが……」

「それぐらいのことはエシルガにも出来る。幸い、ロードランナーの顧客はそれほど多くない。エシルガ、ワシはすぐに図面をおこすから、ウルダンに同行して顧客と交渉してこい。頼んだぞ」

「っうう、胃に穴が空いたら絶対師匠のせいだ……」

「石人の胃に穴が空くなどきいたこと無いわ!腹をくくれ!」

コルドはエシルガの頭を小突きつつ立ち上がり、最後におれの腕を痛いくらいの力でばしんと叩いた。

「……何に巻き込まれてるのか知らんが、気張れよ」

おれはコルドに負けないようにくいっと唇の片側を持ち上げ、できるだけふてぶてしく笑った。
このぐらいのこと、なんでもない。
おれの今までの経験と、ケイジュの力を合わせれば、きっと年末には厄介事も片付く。
今はそう信じて、動き続けるしか無い。



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