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ナイエア島のシーフード

1話

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 紫月2日、朝。昨日、ユパ・ココに到着した。
今おれは、ユパ・ココの宿屋にいる。
南国の観光地ということもありユパ・ココには多くの宿があるが、その中でもここは最上級のホテルだ。
公爵からの重要な手紙を預かっているので警備が厳重な宿を選ぶ必要があったし、昨日到着したときにはすでに日が暮れていて宿を吟味するような時間もなかったので、とにかく一番でかくて立派な所を選んだのだ。
昨夜は疲れていたこともあって休める部屋ならどこでも良いと思っていたが、この部屋からの景色を見ているとここを選んでよかったと心底思う。
白を基調とした広い部屋、その東側にはバルコニーがあり、朝日に照らされるユパ・ココを一望出来る。
まだ時間もあるし、バルコニーにはパラソル付きのテーブルと椅子が置かれて座ってくださいと言わんばかりだったので、おれは優雅に景色を眺めながら記録を残しているというわけだ。

 第九殻都ユパ・ココは海に面した都市だ。
主な産業は漁業と観光業で、エレグノアの殻都の中で最も南にある。
ユパ・ココの近海には魚介類を養殖するための生簀が数多く沈められており、そこで獲れた食材は海路や街道を使ってエレグノア全土に運ばれ、市民の食卓にのぼることになる。
気候は一年を通して温暖で、冬になっても雪が降ることはめったになく、夏は海風のおかげで気温が上がりすぎることもない。
貴族の保養地としても人気があり、イングラム家の別荘もユパ・ココのどこかにあったはずだ。
東側の殻壁は海に半ば水没しており、その内側は港として整備されて今朝も早くから船が出入りしていた。
殻の外に広がる真っ青な海は穏やかで、朝日を反射して輝いている。
視線を手前に移せば、活気づき始めたユパ・ココの町並みがあり、観光地らしい明るく華やかな雰囲気だ。
ユパ・ココの建物はどれも明るい色で統一されている。
太陽の熱を吸収しないためだろう。
黄味がかった白や青みを帯びた白、少し赤が混じった白など、あらゆる白で塗装された建物が立ち並んでいて、おもちゃの街並みを見ているようだ。
屋根の形が平で、窓が小さめなので余計積み木のような印象を受ける。
その明るい色味は、端っこの殻壁に近くなるほど暗くなり、絶妙なグラデーションになっているのも美しい。
殻壁には金属光沢があるので、端っこまで白い家が立ち並んでいると反射して眩しいのだろう。
港にも近く、海を見渡せる東側の地域は宿泊施設や飲食店、商店などが集まっていて賑やかだ。
反対の西側にはユパ城があり、役所や学校や住宅地なども西側に集中している。
城はホテルの真後ろなので見ることができないが、やはり真っ白で美しい城だったはずだ。
今日はそのユパ城に用事があるので、後で嫌でも見ることになる。
港地区をぶらついて市場を覗いたり、新鮮な魚介を使った料理を楽しんだりしたい所だけど、まずは仕事を終わらせないとな。
仕事が一段落したらまた記録を残すことにする。

 高級ホテルのスイートルームだけあって、この部屋には広い浴室が備え付けてある。
白い陶器でできた優美なバスタブや、海の色のような深い青色のタイルで装飾された壁や床は、さすが高級ホテルらしく綺麗に磨き上げられていた。
おれも旅の汚れを落とすために昨日しっかり使わせてもらったが、風呂好きのケイジュは今朝も風呂を楽しんでいる。
護衛として雇ったばかりの頃はホテルの部屋代を気にして遠慮していたが、今はもう気にせず堪能することにしたらしい。
今回の仕事の依頼主は親父だし、経費として請求しても問題なく通るだろう。
ただ、現金の手持ちは少しばかり心もとないので、いざとなれば銀行で貴金属を換金するしかないな。
おれが頭の中で勘定していると、大満足の顔でケイジュが浴室から出てきた。
部屋に備え付けてあるバスローブを羽織り、濡れた髪を浴布でがしがしと拭いている。
朝の明るい日差しに照らされていても色気が半端じゃない。
おれは一瞬、このままケイジュとベッドに逆戻りして自堕落な一日を過ごしたい欲求に駆られた。
パラディオ伯爵に手紙を渡して面会する予定なのだが、すんなり面会できるとも限らないし、何泊かここで待機することになるかもしれない。
自堕落に過ごすのはその時のお楽しみにしておこう。

「……たまにはこういう贅沢も悪くないな」

ケイジュは水差しに入っていたレモン入りの水を美味しそうにグビグビ飲み干し、しみじみと呟いた。

「これで仕事がなけりゃ完璧だったけどな」

おれが笑いかけると、ケイジュはハッとしたように表情を引き締めた。

「そうだったな。早めに決着が付けばいいが……連絡はあったか?」

おれは肩をすくめて首を横に振る。
昨夜到着したときにはすでにギルドは営業終了していたので、ホテルの受付に朝一番でギルドに手紙を届けるように依頼しておいた。
親父からの手紙ではなく、おれがユパ・ココの冒険者ギルド長宛に書いたものだ。
イングラム公爵からの手紙を預かっているからパラディオ伯爵と面会して直接渡したい、と。
すんなり事が進んでいれば、今頃ギルド長がおれからの手紙を読んでいるだろう。
このままのんびり身支度を済ませて、朝食を食べてギルドに向かえば丁度いい頃合いになる。
そんな希望的観測のもと、おれとケイジュは身だしなみを整え、大事な手紙と貴重品だけを持って部屋を出た。

 ホテルの一階のテラス席で軽く食事をしたあと、すでに強い日差しに照らされているユパ・ココの市街地に足を踏み入れた。
外套を着ていると汗ばむくらいの陽気だ。
ギルドに向かうため、人の流れに逆らって商店街を通り抜けた。
フォリオの街中で逆走するのはかなり気を遣うが、ユパ・ココの人の流れはゆったりしているので人の間をすり抜けるのも難しくはない。
仲睦まじく寄り添って貝殻で作った首飾りを見物する裕福そうな男女、獲れたばかりの魚を豪快に串焼きにして客を呼び込んでいる屋台の魚人らしき親父、くたびれたマントを羽織った旅人風の鳥人など、フォリオやヘレントスに負けず劣らず様々な人々が行き交っているが、誰もがのんびりしているように感じられる。
これが南国の力なのかもしれない。
屋台に並ぶのも見たことない南国の果物であったり、氷漬けにされた色とりどりの魚であったりするので、おれもついつい歩く速度が遅くなる。

「その仮面が珍しいのはわかるが、いちいち立ち止まっていたら日が暮れてしまうぞ」

ケイジュがおれを振り向いて苦笑する。
極彩色で彩られた珍しいお面からなんとか視線を外したおれは、慌ててケイジュの隣に並んだ。

「悪い、ユパ・ココを歩くのは初めてだからつい……」

おれが言い訳すると、ケイジュはフードに顔を半分隠したまま笑みを深くして、おれの手をさらう。
そのまま指を絡めて握られてしまった。

「仕方ない。捕まえておくぞ」

ケイジュはそのまま手を引いて歩き始めてしまったので、おれは赤面した。
こんな街中で手を繋いで歩くなんて、まるで十代の若い男女みたいだ。

「ケイジュ、よそ見しないから、手を、」

「悪いが離さない。大丈夫だ。ほら、手を繋いで歩くぐらい珍しくもないだろう」

ケイジュの視線を追うと、そこにはほとんど下着のような格好で肌をくっつけて歩いている魚人の男女がいた。
日に焼けた小麦色の胸元を惜しげもなく晒した女性は、逞しい男性の胸板に抱きつくような格好になっている。
そのまま甘い言葉をささやきあっているらしい恋人たちは、道のど真ん中で恥ずかしげもなくキスまでしている。
おれは視線をそらした。
南国の力はすごい。
温かくて太陽が照りつけているだけで人はこんなにも開放的になれるのか。
ケイジュはおれの手の甲を親指ですりすりと撫でながら歩き続けていた。
ケイジュもちょっと積極的になってる気がする。
おれはケイジュの狙い通り、もうよそ見をする余裕はなかった。

 ユパ・ココの冒険者ギルドは巨大な骨を組み立てて建てられており、野趣溢れる造りになっていた。
緩く湾曲した白い巨大な骨を支柱にして白い幌が張られていて、歪な形の半球になっている。
ユパ・ココの冒険者たちは半分漁師でもあるようで、鱗を持つ魚人が多く、服の面積も小さい。
古傷が刻まれた身体を自慢気に晒しているので、他所のギルドよりも更にむさ苦しい雰囲気だ。
幌をくぐって中に入ると、かなり簡易な受付があり、そこではのんびりと蝶の羽をはためかせる蟲人の女性ギルド職員が書類をめくっていた。
おれはようやくケイジュから手を解放してもらうと、懐から冒険者の身分証を出しつつギルド職員に話しかけた。

「今朝、ギルド長宛に伝言を出した運び屋のセドリックだ。話は通ってるか?」

日に焼けた褐色肌の男性が多い中で、受付の女性は真珠色の肌を見せつけるようにおれを見上げてきた。
黒い瞳は長い睫毛に彩られていて、それが上下するたびにバサバサと音がしそうだ。
ゆったりとした動作でおれの身分証を確認した女性は、嫣然と微笑んだまま頷く。

「ええ、手紙は朝一番でギルド長に渡しましたわ。ギルド長からの伝言も預かっております。こちらよ」

白くて細い指が優美に動いて一枚の紙をおれに手渡す。
使っていない残りの三本の腕は、豊かな金髪を撫で付けたり意味ありげに自分の胸元を撫でたりしている。
ギルドの受付嬢もその土地の色が出ているようで面白い。
おれは紙を受け取り、急いで読み始めた。
男らしい字で書きなぐってあったので多少読みにくかったが、そこにはこう書いてあった。

 ポーター・セドリック殿

手紙を読ませてもらった。
イングラム公爵からの手紙となれば、確かに直接面会して渡すのが良いだろう。
面会の申し入れがあったことは、手紙を受け取ってすぐに伯爵本人に伝えた。
だが、ネレウスは今日どうしてもやりたいことがあるからと言って城を飛び出してしまった。
立場があるから大人しくしろと言ったのだが、引き留められなかった。
おれの力不足だ。
すまない。
もし君が午前中にこの伝言を読んだのなら、まだネレウスは港にいるはずだ。
もし急ぐのであれば、すぐに港に向かえ。
運が良ければ間に合う。

 ユパ・ココ冒険者ギルド長 ヤト・イスルス

おれは顔を上げて、ギルド職員に尋ねた。

「これは、どういうことだ?今ギルド長はどこに?」

「今ギルド長はパラディオ伯爵様と共に出港の準備をしておりますわ。まだ港にいるかと……」

「出港!?」

「ええ、伯爵様、ネレウス様の趣味は航海ですの。ギルド長とは古くからのお友達で、よく駆り出されていますのよ。今回の航海はナイエア島に行くだけとおっしゃってましたから、早ければ明後日までには帰ってきますわぁ」

「あさって、って……」

趣味が航海で城に居ないなんて、型破りな領主だ。
おれは慌ててギルド職員の女性に礼を言うと、ギルドを飛び出した。

「セドリック!どうした!?」

待っていたケイジュがおれの剣幕を見て急いで歩み寄ってくる。

「話は後だ!とにかく急いで港に向かう!早くしないと伯爵が出港してしまうらしい!」

ケイジュは一瞬目を見開き、すぐに港の方に身体を向けた。
こういうときに限って自動二輪車はホテルに置いたままだ。
今からホテルに戻って自動二輪車を取りに行くのと、走って港に向かうのではどちらが早いだろう。
おれはとりあえず考えを横に置いて走り出した。
ケイジュもすぐに走り出し、おれの後ろをついてくる。
さっきのんびり歩いてきた道を、今度は全力で走り抜けることになった。



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