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イングラム家のパンプキンパイ
2話
しおりを挟む石畳の道の先に、立派な邸宅が見えてきた。
道の両側にも豪邸が立ち並んでいるけど、その中でも群を抜いて大きくて豪勢な作りの建物が、兄貴の別荘だ。
門の前までやってくると、ケイジュはフードをとって上を見上げ、少しため息をついていた。
ヘレントスの上級冒険者ギルドもかなり立派な建物だけど、やはり貴族の別荘となると威圧感が違う。
わざわざ東島のハカイムから取り寄せたという美しい乳白色の石材が使われていて、各所に優美な蔦模様が彫刻されている。
衛兵として門を守っている亜人は、確か全員人狼だったはずだ。
戦闘能力、協調性共に申し分なく、家を守ることに最も長けているんだとか。
おれは懐に入れていた昼食会の招待状を衛兵に見せる。
衛兵は背筋を伸ばしたままキビキビとそれを確認して門を開いた。
それを合図にドアマンがおれに頭を下げて恭しく扉を開く。
しばらく見ていなかった懐かしい光景だ。
おれは居心地の悪さで唇がむずむずしてきたが、根性で柔らかい微笑みを作る。
開かれた扉の向こうには、すでに兄貴とルイーズ義姉さんがおれを待っていた。
相変わらずな柔和な微笑みを浮かべたヴァージル兄ぃは、明るい青色の瞳を細めている。
艶のある茶色の髪を後ろに流して休日用のゆったりとしたコートに身を包んだ姿は、おれでさえ高貴さを感じた。
隣のルイーズ義姉さんはゆったりとしたシルエットの薄藍色のドレスを着ており、刺繍は控えめながら銀糸に彩られていて華やかだ。
ルイーズ義姉さんはヴァージル兄ぃとお似合いな優しげで繊細な美しい顔をしている。
赤みを帯びた金髪も、ヘーゼルの瞳も花の妖精のようなふんわりした雰囲気を助長している。
けど、こんな可愛らしい人なのに中身は大層男らしく、決断力と根性と情熱で公爵夫人の座を射止めた凄い人だ。
ルイーズ義姉さんの頼もしさに惚れ込んだ兄貴は尻に敷かれているらしい。
おれも当然逆らえない。
おれは兄の前で胸に手を当て頭を下げた。
優雅に見えるようにゆったりと頭を上げ、まずは儀礼的な挨拶を済ませておく。
「兄上、ご無沙汰しております。この度は私のためにこのような場を設けてくださり、幸甚に存じます」
「よく来た、セオドア。会えることを心待ちにしていたよ。そちらが護衛のケイジュ君かな?」
「はい。お言葉に甘え、彼も連れて参りました。上級冒険者で、ヘレントスで指折りの槍使いでもあります。頼りになる用心棒です」
兄貴は頷き、ケイジュに手を差し出した。
「弟が世話になっている。兄のヴァージルだ。この場には家族しかいないし、楽にしてくれ」
ケイジュは緊張を感じさせない静かな表情で兄貴と握手をした。
「スラヤのケイジュだ。同席を許してもらい、感謝している」
兄貴はにっこりと笑みを深くして、それからケイジュに何か耳打ちしたように見えた。
けど、ケイジュは特に動揺した様子もなく頷いていたので、おれはルイーズ義姉さんに会釈する。
「ルイーズ義姉さんも、ご無沙汰しておりました」
「ええ、1年ぶりかしらね?元気そうでよかったわ」
ルイーズ義姉さんは惚れ惚れするほど優雅にドレスの裾を少し持ち上げて膝を折る。
そして顔を上げると、勢い良く手を二度叩いた。
「さ!これで挨拶ごっこはお終いよ。昼食が冷えてしまう前にサンルームに行きましょう。ダイナとルチアもあなたに会えるのを楽しみにしているの」
その言葉に、玄関で待機していた使用人達もキビキビと動き始めた。
ヴァージルも貴族らしい笑顔を引っ込めると、兄貴の顔になっておれの肩を叩く。
「母さんは先にサンルームでお茶してるから、とりあえず話をしてやってくれ。しばらく音沙汰なかったから、かなり拗ねてるんだ」
「あ~、そうか……また見合いの釣書をどっさり持ってきてたり?」
「いや、今回は持ってきてない。あんまり邪険にしてやるなよ、心配してるんだから」
兄貴は苦笑して、先に立っておれたちをサンルームに案内する。
廊下の途中で使用人達が待ち構えていたので、おれは外套や武器をすべて預ける。
ケイジュに目配せして同じように外套や武器を使用人に渡させた。
大人しく丸腰になったケイジュは兄貴や義姉さんの雰囲気が急に変わったことに目を白黒させている。
「普段はこういう感じなんだ。母さんと話してくるけど、付いてくるか?」
「ああ」
ケイジュは表情を引き締め、迷い無く頷く。
屋敷の南側には大きな温室があり、休憩できるように椅子やテーブルも置かれている。
今日は気温も丁度いいのでそこで食事をするようだ。
兄貴の後について温室に入ると、元気のいい声がおれを出迎えた。
「あーーっ!」
温室で遊んでいたらしい姪っ子たちが、おれを見つけて歓声を上げる。
姉のダイナは今年で7歳になる。
ルイーズ義姉さんとそっくりで、光の加減によっては桃色にも見える髪をふわふわと長く伸ばしている。
人形のように可愛らしい容姿だがかなりお転婆で、前に会った時はおれがヘトヘトになるまで肩車をさせられた。
妹のルチアは4歳で、ヴァージル兄ぃによく似ている。
というより、祖母であるおれの母さんに似ているんだな。
垂れ目のやさしげな顔立ちで、大人しく見えてしっかりしている。
まだ4歳ながら、将来社交界の女帝となる姿が見えるようだ。
その二人は腕にぬいぐるみを抱えていた。
この間おれが贈ったトロバイトのぬいぐるみだ。
丸っこい形とつぶらな瞳が可愛かったので選んだのだが、気に入ってもらえたようだ。
ダイナは目を輝かせながらおれに駆け寄ってきた。
容赦ないタックルが来るぞとおれは身構えたのだが、おれの手前でダイナは急停止し、ドレスをつまんで可愛らしいお辞儀をしてくれた。
「おじさま、おひさしぶりです!せんじつはぬいぐるみをおくってくださり、ありがとうございます!」
元気のいいお礼の言葉におれも思わず笑顔になり、丁寧なお辞儀を返す。
「ダイナ姫に喜んでいただけるなんて、これ以上の幸せはありません」
そこにルチアも追いついてきて、少し控えめに、ありがとうございます、と言ってくれた。
おれは膝を折って目線を合わせ、ルチア姫の小さな手を取り口付ける真似をする。
ルチアが照れたように笑ったところで、ダイナが小さい体からは想像もできないくらい強い力でおれの首元にしがみついてきた。
「もう!おじさまったらどこいってたの?ぜんぜんあえないからさびしかったわ!」
ダイナは抱きついたままぴょんぴょん飛び跳ねるので首が締まってちょっと苦しい。
おれが背中を叩いて許しを乞うと、拗ねた顔で離れてくれた。
「ごめんな、仕事で遠くまで行ってたんだよ」
「とおくってどこまで?」
「リル・クーロだよ。ここからずっとずっと北にある……」
「しってる!ゆきがたくさんふるんでしょ?」
「まだ雪は降ってなかったけど、綺麗な街だったよ。家が木で出来てて、屋根が赤くて、可愛い町並みだった」
「いいなぁ、わたしもいきたい」
「きっとお父さんが連れて行ってくれるさ」
「おとうさんといくとあっというまについちゃうからおもしろくないんだもん!」
「転送装置は便利だし安全だからね……大人になったら自分で行ってごらん」
ダイナを宥め、抱っこをねだるルチアを抱きかかえてご機嫌をとったあと、おれは二人をルイーズ義姉さんに預けた。
そして姪っ子達を怯えさせないためか気配を消していたケイジュを連れて、温室の奥の噴水に歩み寄る。
その傍らには揺り椅子と小さなテーブルが置かれていて、一人の貴婦人が優雅にティーカップを傾けていた。
「母上、お変わりありませんか?」
おれの母、ハリエット・リオ・イングラムは澄ました顔でカップをソーサーに置き、おれとそっくりな灰色の目でおれの顔をじっとりと見つめた。
「ええ、折角わたくしが心を砕いて何度も何度も便りを送ったのに、あなたからの返事がなくて心配でやつれた以外は、今まで通りよ」
とは言いつつ、豊かな茶髪にも優雅な所作にも翳りは見えない。
フォリオの女性貴族の頂点に立ち、他の殻都の貴族の婦人方にも多大な影響力を持つ母は、かつては豊穣の女神にも例えられたという。
もう50歳を超えているのに若々しい美貌を保ち、母の振る舞い一つで服や菓子や装飾品の流行は大きく左右される。
美しいだけでなく勘も鋭く、様々な思惑が渦巻く社交界を悠々と渡り歩いてきた女傑だ。
おれに対しては案外普通の母親で、色々心配をかけてしまったので若干過干渉な所がある。
おれが家出した後も、おれが貴族の令嬢と結婚して家庭を持つことを諦めていないらしく、定期的に見合いの釣書を送りつけて来るのだ。
ヴァージルも親父もとうにおれの結婚のことは諦めているのに、母さんだけは頑なに結婚を勧めてくるので、おれとしては厄介な相手だ。
「心配かけてすみません。けど、おれは何度言われても結婚はできません。ご存知でしょう?」
「わたくしはなにも、今すぐに結婚しなさいとは言っておりませんわ。会ってみて、話してみて、気が合いそうなら結婚も考えてみては、と提案しているだけなのです」
「……相手の令嬢に失礼ですよ。おれに結婚する気がないのに……」
「ええ、ええ。それも何度も聞きました。ですから、相手のご令嬢にも、ある程度の事情は話してあります。それを込みで良いと言ってくださる方を選んでいるのよ?……ふぅ、一旦この話は終わりにしましょう。そちらの方は?」
母はここで不毛な言い合いをすることを早々に諦め、後ろのケイジュに視線を向ける。
ケイジュは静かに歩み出て会釈した。
「スラヤのケイジュだ。今、セオドアと共に仕事をしている」
「まぁ、そうなのね」
母はゆったりと微笑み、椅子から立ち上がると優美に礼をする。
「セオドアがいつも迷惑をかけていないかしら?」
「いや、そんなことはない。むしろおれの方がセオドアに支えられている」
おれは思わず照れて少し顔を逸らしてしまった。
母は柔和な微笑みを浮かべ、ケイジュの顔をじっと見つめている。
その表情からは歓迎の気持ちが読み取れたけど、実際はわからない。
人と会って話すことが母の仕事なのだ。
唇のちょっとした角度や目の細め方が人にどんな印象を与えるかを熟知している。
母の視線がちらりとだけケイジュの耳に向けられた。
「あなたは、魔人ね?あまりにも美しいから、キリアコスの彫刻が動き出してしまったのかと思ったわ」
ケイジュが戸惑うように口を噤んだので、キリアコスは有名な彫刻家だと耳打ちした。
ケイジュは控えめに首を横に振る。
「おれにとっては無用の長物だ」
「ふふふ、そんな勿体無いことを言ってはいけないわ。美しさはどんな時でもあなたを裏切らない武器になるのよ」
母さんが言うと説得力があるな。
ケイジュは気迫に圧されたように曖昧な表情で頷いていた。
「では、そろそろ席につきましょう。ケイジュさん、どうか気を楽にしてね。ここには身内しかいないのだから、堅苦しい礼儀は無しよ」
温室の中央にはいつの間にか大きなテーブルが運び込まれており、椅子やカトラリーもすでに用意されていた。
中央には秋桜が飾られ、クロスは秋らしく海老色だ。
兄貴一家は既に着席していた。
給仕が椅子を引いたのでケイジュと隣り合って座る。
左隣りには母が、正面にはダイナが座る形になった。
ケイジュは若干表情が強張っていたものの、姿勢が良いので案外場に馴染んでいる。
おれたちの着席を見計らって、給仕がワゴンで運んできた料理をテーブルに並べ始めた。
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