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番外編①

家出貴族と蛇男③

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 店を出た時まだ遅い時間ではなかったので、裏通りにもポツポツと他の飲み屋の明かりが灯っていた。
おれはシグの肩を支えながら歩き始める。
シグは千鳥足だったが道だけはしっかり覚えているようで、あっち、つぎはこっち、と指差した。
このヘレントス迷宮からはちゃんと出られそうだ。
しばらくすると大通りに出て、中級ギルドの建物も見えてきた。
ここまでくればおれでもわかる。
転げ落ちないように階段を慎重に下り、シグに鍵を開けさせてニャミニャミ堂の中に入る。
店の中は真っ暗だったけど、シグがようやく一人で歩き始めて魔力灯をつけてくれたのですぐ明るくなった。
静まり返った店内の景色に、気が抜けて急に頭がくらくらしてくる。

「あ゛~~、流石に飲みすぎたかも」

「大丈夫かよセドリックぅ……こっちに休憩室あるから、来て」

シグはふらふらしながらも棚にぶつかることなく店の奥に進み、顎をしゃくってみせた。
おれはその言葉に甘えて、会計のカウンターをすり抜けて奥の部屋に入らせてもらった。
案外広い。
簡易な台所もあるし大きな長椅子も置いてあって快適そうだ。
シグは棚からグラスを二つ取り出すと、頭をぐらぐら揺らしながらも魔法を使い、水で満たしてくれた。

「ふぃ~、あ~、いい気分」

水を一気に飲み干したシグは満足そうに呟きながら、おれにも水をくれたのでありがたく飲む。
シグはクラバットを解きながら長椅子にどさりと腰掛けた。

「酔いが覚めるまでここにしばらく居ろよ。今日泊まるところ決まってんの?」

「ん、ああ。ケイジュの家があるからそこで寝る。上級ギルドの近くにあるから、そんなに遠くない」

「酔っ払いが一人で歩いて大丈夫かぁ?」

「舐めんなよ、おれは酔ってても結構強いぜ……」

おれもシグの横に腰掛けて、だらしなく背もたれにもたれかかる。
シグも眠そうに顔を擦り、大あくびをした。
そのまま静寂が訪れ、おれも目を閉じて心地よい酩酊感に身を任せる。
どうせ明日の夕方まで予定もないんだし、少し寝てもいいか。
シグは信用できる男のようだし、店の扉にも鍵をかけていたし、ここは暗くて静かで居心地がいい。
少しだけ、酔いが覚めるまで寝るだけだ。
おれはそのまま気持ちよく意識を手放した。





 その頃、中級冒険者ギルドは喜びに沸いていた。
森に入った討伐隊が、今回の騒動の原因だった在来生物を見事討ち取ったとの知らせが入ったのだ。
終わりが見えなかった仕事がようやく一区切り付きそうなので、ギルド職員たちは涙を流して喜びあい、これから戻ってくる冒険者のために受け入れ体制を整える。
怪我をしている冒険者は診療所に誘導し、報酬を渡さねばならない。
ウォルフは最後まで気を抜いてはいけないと自分を戒めながらも、時計を確認してにやけてしまうのを我慢できなかった。
明日と明後日の二日間、ギルドは休業することが決まっている。
ここ一週間休み無しで働いてきたので、職員も限界に近い。
休業の判断を下したギルド長は賢明だ。
ウォルフはここ最近の恋人の献身的な支えもあって、他の同僚よりは体力に余裕を持ってこの騒動を乗り切ることができていた。
時間だけはどう頑張っても増やすことはできないので欲求不満ではあったが、今夜でそれも終わる。
まだ時刻は夜になったばかりで、問題なく冒険者達が帰還すれば真夜中には家に帰ることができそうだ。
今夜はギルドに泊まり込みになりそうだ、と覚悟していただけに嬉しくてたまらない。
拗ねたような表情になりながらも、毎日健気に待ってくれていたシグの顔を思い浮かべ、ウォルフは気合を入れる。
やがて、ぼろぼろになりながらも誇らしげな顔をした冒険者達が、ギルドに次々に帰還し始めた。

 そして深夜、清々しい気持ちで仕事を終えたウォルフは、意気揚々と中級ギルドを後にした。
まだ日付は変わっておらず、冒険者たちも全員が帰還したわけではない。
しかしウォルフは、この一週間の働きぶりを見ていた同僚たちに後は任せろと言われて、一足先に帰宅できることになったのだ。
まだシグは店に残っているかもしれないと、ウォルフは一応ニャミニャミ堂の様子を確認することにした。
普段なら真夜中まで店を開けているのだが、扉には営業終了の札がぶら下がっている。
客が少なかったので早めに店じまいしたんだろうか、と少し首を傾げながら、ウォルフは合鍵で店の扉を開けて中も一応確認した。
先に家に帰っているんだろう、と思いながらも、何故か胸騒ぎがしたのだ。
すると、店の中には明かりが灯っていた。
ウォルフは更に不審に思いながら店の中に入り、奥に向かって呼びかけた。

「シグ!居るのか?」

答えはなく、ウォルフは棚の間をすり抜けて奥の休憩室に向かう。
待ちくたびれて寝てしまっているのかもしれない。
ウォルフは早くシグに甘えたい一心で休憩室を覗き、そこで衝撃的な光景を目にした。
いつもシグと睦み合っている長椅子で、二人の男が気持ちよさそうに眠っていた。
一人はシグで、無防備に顔を晒し、解きかけたクラバットが首にぶら下がって白い首筋もあらわになっていた。
その隣で眠っているのは、見慣れない男だった。
しかも二人は仲良さそうに寄りかかっていて、ウォルフがやってきたことにも気づかずにすうすう寝息を立てていた。

「し、ぐ……?」

ウォルフは顔面蒼白になりながらも長椅子に歩み寄り、シグの前でがくんと膝をついた。

「嘘、だ……」

二人の着衣に乱れはないが、吐息が酒臭い。
まさかシグは、放って置かれたことで浮気に走り、よその男と酒を飲んでここでいちゃついていたのだろうか。
ウォルフの顔から表情が抜け落ちる。
見知らぬ男は淡い色の茶髪を頬に貼り付けながらよく眠っていた。
顔立ちは整っていて、手足も長く、身なりもいい。
ウォルフから見ても彼は男前だった。
ウォルフの目に徐々に涙がたまり、眉がつり上がっていく。

「シグ……貴様、おれを、裏切ったのか……?おれが、いない間に?」

ウォルフの声は震えていて、目には烈火の如き怒りがあった。

「起きろ、シグ!!!そして答えろ!この男と何をしていたんだッ!?」

シグの胸ぐらをつかんでいきなり怒鳴る。
酩酊状態でそのまま深い眠りに落ちていたシグは、その声に叩き起こされて奇声を上げた。

「のわぁあぅううぉ、うぉ、ウォルフ!?」

「どうせ今夜も帰ってこないからと、男を連れ込んだのか!?言え!こいつはどこのどいつだ!?」

叩き起こされてすぐにウォルフの泣き顔と怒声に対面することになったシグは、凄まじい速さで状況を把握した。
ウォルフが予定よりも早く帰ってきて、今の状態を見られてしまった。
休憩室で水を飲んだところまではおぼろげに記憶があるが、その先は一切ない。
その後寝てしまったのだろう。
セドリックも同様だ。
ウォルフが帰ってきてくれたことは嬉しいのだが、今の状況ではお帰りと言うこともままならない。

「ウォルフ、誤解だ!こいつはセドリックっていうただの客で、」

「客に手を出すほど飢えていたのか!?おれが、いるのに、」

ウォルフの頬を涙が伝い、胸ぐらを掴んでいた手も震える。
シグはとりあえずウォルフを刺激しないように棒立ちになったまま、ウォルフの顔をじっと見た。

「とりあえず説明させてくれ……お願いだから」

シグは酔いも一気に吹っ飛んでいたので、これまでの経緯を淡々と説明した。
客が来なくて暇していたこと、そこにセドリックがやってきて、少し会話をしたこと。
セドリックには同性の恋人がいて、かつ、この騒動のせいで恋人と別行動を余儀なくされ、途方に暮れていた。
あまりに境遇が似ていたので意気投合し、一緒に飲みに行こうと誘ったこと。
そこにやましい気持ちは全く無く、ウォルフが居ない時間をなんとか早くやり過ごせないかと必死になっていたことをシグは力説した。
しかしヤケクソになっていたこともあって飲みすぎ、千鳥足で店までたどり着いて、うっかり寝てしまった、とシグは話を締めくくった。

「……おれにそれを信用しろと?二人で仲良く寄り添って寝ていたのに、その前には何もなかったと言い張る気か?」

ウォルフは未だに鋭い目つきでシグを睨みつけている。

「本当に何もなかったって……ちょっと居眠りするつもりが思いの外深く寝ちまって、たまたまああやって寄りかかる形になっただけで……セドリックもなんとか言ってくれよ、って、あれ?」

シグはようやくそこでうんともすんとも言わないセドリックに気付いた。
支えを失ったセドリックは長椅子に倒れ込んで眠り続けている。
こんなに大騒ぎしても起きないのだから、そうとう眠りは深い。
あれだけ飲めばそりゃそうなるよな、とシグはため息を吐いた。

「店中の酒を飲み尽くす勢いだったからな……ウォルフ、ほら、セドリックはきちっと服着たままだし、おれも全裸で寝てたわけじゃないんだから、信じてくれよ……ウォルフだって何回かあるだろ?ギルドの飲み会で飲みすぎて同僚に抱えられて帰ってきたり、ギルドの床で男と雑魚寝してたり……」

それを言われてしまうとウォルフも弱い。
言葉に詰まったウォルフは、これ以上追求するのを後回しにして、赤くなった目をゴシゴシ擦った。

「……あとで、質問に答えてもらうからな」

「いくらでも答える。とにかく、おかえり。おつかれさま」

シグはようやく安心したように微笑むと、ウォルフに軽く口付けた。
ウォルフはまだ不機嫌な顔をしていたが、拒否することはなくそれを受け入れる。
ようやく落ち着いたので、シグはずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「それにしても、早く帰ってこれたんだな。もう討伐の件は大丈夫なのか?」

「ああ。元凶の在来生物は討伐できたそうだ。もう冒険者たちもほとんど帰還している。ギルドも明日は臨時休業になるそうだ」

「本当か!?休み!?やった、明日の店番親父に変わってもらおう!」

シグははしゃいでウォルフに抱きつきそうになったのだが、重要なことを思い出した。

「はっ……帰還してる?それって、全員、だよな?」

「ん?ああ。死骸の処理は夜が明けてから行うそうだ。だからみんな今夜は引き上げてるはず」

「じゃ、じゃあ、セドリックの恋人も……」

「この男の恋人は冒険者なのか?」

「ああ、そうだ。しかもそこらの冒険者じゃない、氷槍の死神だ……!」

「スラヤのケイジュか!?あの!?」

ウォルフは驚いてセドリックの方を見る。
ウォルフとスラヤのケイジュとは少し世代が違うので、ギルドでたまにすれ違う程度だったがその存在は知っていた。
若くして上級冒険者になった槍の名手で、恐ろしく強いらしい。
氷魔法と即死魔法も使いこなし、在来生物を一撃で屠るその姿は死神と評された。
メチャクチャな美形だが、どうやら人間嫌いらしく、パーティーを組むことはあまりない。
一時期傭兵団を立ち上げていたが、一年あまりで解散。
噂では、スラヤのケイジュは冷酷で、仲間たちが懇願するのも無視して強引に解散させたらしい。
そんな男の恋人が、今ここで呑気に寝転がっているセドリックだという。ウォルフははっとしてシグを見た。

「ということは、スラヤのケイジュが戻ってきてたら、この男を探す、よな?」

「ああ。相当大事にされてるみたいだから、間違いなく探してる。セドリックは今夜は氷槍の死神の自宅に泊まるって言ってたから、多分そっちに……」

「くそ、冒険者の住所なんておれは知らないぞ……」

「とりあえずセドリックを起こして自宅に送り届けよう。死神のご機嫌を損ねたら、おれが氷漬けにされかねない」

シグはセドリックの肩を掴んで容赦なく揺さぶったが、全く起きる気配がない。
呻くことすらなく安らかに眠っている。

「セドリック!起きろよセドリック!お前のおっかない恋人が今頃探してんだぞ!くそ……」

シグは大事な恋人を酔い潰した挙げ句家に連れ込んだ自分がどんな目に遭わされるか想像して青ざめる。
セドリックが起きるまで待てばいいか、と悠長に構えるには、ケイジュの噂は物騒すぎた。

「……仕方ない……ギルドに羽トカゲで伝言を飛ばそう。セドリックはニャミニャミ堂にいると。伝言が間に合えば、こっちまで迎えに来てくれるはずだ」

「そんなことしたらこの店ごと凍らされるかもしれないだろ!」

「シグが自分で蒔いた種だ!諦めろ!」

ウォルフは厳しい口調でシグを叱りつけ、そのまま急いで中級ギルドにとんぼ返りした。
不思議そうな顔をする同僚たちを無視して、上級ギルドに羽トカゲを飛ばす。
伝言の内容は、スラヤのケイジュは至急中級ギルド前まで来てくれ、だ。

 こうして送り出された羽トカゲは無事に上級ギルドにたどり着き、ギルド職員はなんとか帰り際だったケイジュを引き止めることに成功した。
ケイジュは報酬も受け取ったのですぐ家に帰って、留守番をさせて拗ねているだろうセオドアのご機嫌取りをするつもりだった。
予定よりかなり早くケリが付いたので、きっとセオドアも喜んでくれるはずだ、とケイジュは見た目ではわからないがかなり上機嫌だった。
それなのに帰り際に呼び出されたので、ケイジュは若干苛立ちながら伝言に従って中級ギルドに立ち寄る。
そこで待っていたのは、犬耳の実直そうなギルド職員、ウォルフだ。
ウォルフは酷く疲れた顔でケイジュに話しかけてきた。

「スラヤのケイジュだな?詳しい説明は省くが、あんたの連れを預かっているんだ。一緒に連れ帰ってくれないか?」

ケイジュは予想だにしていなかった話に一瞬ぽかんとしてしまった。

「連れ?セドリックのことか?」

「ああ、そうだ。詳しいことは当事者に聞いてくれ。こっちだ」

ギルド職員は先に歩きだして、ギルドの向かいにある建物の階段を降りていく。
訳も分からず店らしき場所に通されて、その奥の部屋に案内される。
そこには一人の蛇人の若い男が緊張した様子で立っていた。
そしてその横の長椅子に、セオドアはぐったりと横になっていた。
ケイジュが纏う空気が一気に冷気を帯びる。

「どうしてこんな事になったのか、説明してほしい」

ケイジュの低くて威圧的な声色と冷ややかな一瞥に、シグは背筋をピンと伸ばして答える。

「た、たまたま知り合って意気投合したから一緒に飲みに行ったんだけど、ちょーっと飲みすぎたみたいで……その、全然起きなかったから、セドリックの連れに迎えに来てもらおうって話になりまして」

貫くような鋭い視線をシグに送っていたケイジュだったが、その言葉を聞くと少し表情を和らげた。

「酒には強かったはずだが、今夜は自分の限界を見誤ったようだな……迷惑をかけてすまない」

「い、いや、こちらこそ勝手に連れ回して悪かったよ……誓って、健全な飲み会だったから安心してくれ」

ケイジュは少し俯き、ため息を吐いた。

「……おれのような魔人は、人の精気の状態でどういう行為があったのかある程度は予想できる。セドリックにもお前にも痕跡がない」

シグはあからさまにほっと肩を落として息を吐いた。

「そうか、そんなことまでわかるのか……よかった」

後ろでそのやり取りを眺めていたウォルフも安心したように表情を緩めていた。
ケイジュはよく眠っているセオドアの肩を支えて起き上がらせる。

「う、うう~」

「起きろ、帰るぞ」

「けい、じゅ……?」

「ああ、そうだ。背中に掴まれるか?」

「ん~~~」

セオドアは唸りながらものそのそとケイジュの背中にしがみついたので、ケイジュはそのままセオドアを背負って立ち上がる。

「世話になったな」

「いや、こっちこそ助かった」

両手がふさがったケイジュのために、シグは慌てて店の扉を開ける。

「暗いから足元気をつけろよ。セドリックが目を覚ましたら、楽しかったって伝えといてくれ」

ケイジュは、ああ、と短く返事をして、声を落として囁く。

「……恋人を不安にさせたくないなら、次は酔いつぶれる前に止めておくことだな」

「えっ」

ケイジュはシグの後ろのウォルフにちらりと視線を向けると、軽く会釈して外に出た。
そのままセオドアの体重を物ともせずすたすたと階段を上っていく。
あとに残されたシグとウォルフは顔を見合わせて、気が抜けたように笑い合う。

「……思ったより、穏やかな人で助かったな」

「そうだな……それに、シグの言っていることは本当だとわかった」

「だから言っただろ、なんもやましいことはなかったって……淫魔の恋人が居たら、まず浮気なんてできないな」

「あれだけの美形なら浮気しようなんて気もなくなるだろ」

ウォルフの言葉に、シグはちょっと唇を尖らせる。

「そっちの方が問題発言だ……ウォルフはああいう顔が好みなのかよ」

「そうじゃなくて、一般論だ」

二人は言い合いながらも仲睦まじげに寄り添い、ニャミニャミ堂の扉が閉じられる。
こうして、深夜のヘレントスは静けさを取り戻した。
この後セオドアとシグがどのような夜を過ごしたのかは、それぞれの恋人以外に知る者は居ない。






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