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番外編①

駆け出し冒険者曰く②

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 岩山は静まり返っていたが、ロノムスの痕跡はあちらこちらにあった。
糞や爪を研いだ跡が残っており、ヨルクとメルは気配を消して進む。
一番大きな岩まで近付いたヨルクとメルは頷き合い、メルが魔法の詠唱を始める。
背中に翼を持つ鳥人だが、羽ばたくだけでは飛ぶことはできない。
翼の大きさに対して身体が重いからだ。
しかし、鳥人は風魔法と翼を併用することで、自由に空を飛ぶことができる。
メルの周りに旋風が起き、広げた翼に風を受けてメルの身体がふわりと浮かび上がる。
そのまま静かに岩山の頂上まで旋回しながら上昇する。
見立てが正しければ、この岩山の反対側の陰に、ロノムスの群れが居るはずだ。
ヨルクも山羊の蹄で力強く岩を蹴り、軽々と山を登っていく。
そして二人が頂上にたどり着き、そっと岩陰を覗くと、そこには十匹程度のロノムスが休んでいた。
群れは若い個体が多く、今まさに群れを拡大している最中のようだ。
放っておけば大きな群れになり、付近の集落を襲うことになる。
ヨルクは上空のメルに手で合図を送る。
メルはそれを確認して、南西に待機しているセドリックとケイジュの様子を伺った。
二人も無事に所定の位置に辿り着いて、岩陰に身体を隠している。
メルは攻撃開始の合図となる魔法の詠唱を始めた。
メルの魔力量はそこそこ多く、修行を積めば魔術師になれるだろうとお墨付きももらっている。
まだ練習を始めたばかりなので、攻撃に使えるのは小さな雷を落とす魔法だけだが、当たれば一匹くらいは殺すこともできる。
メルは旋回しながら深呼吸して、丁寧に魔法を紡いだ。
飛ぶための風魔法との二重詠唱になるので、焦ると失敗してしまう。
そして無事に、魔法が発動した。
晴天を引き裂く一筋の稲妻が、一匹のロノムス目掛けて走る。
しかし、直前で何かを察したロノムスが素早く身体を翻し、雷を避けてしまった。
メルは唇を噛み締めたが、これを合図にヨルクも岩山を駆け下り始めている。
メルはもう一度同じ魔法を唱えはじめた。

 稲妻の光を目にしたセドリックとケイジュも、岩場を全力で駆けてロノムスの群れに攻撃を仕掛けた。
襲いかかってくる人間の姿に気付いたロノムスは次々に甲高い金属音のような遠吠えをあげ、寝ていた仲間たちを次々に叩き起こしていく。
セドリックは剣を、ケイジュは背中に背負っていた異形の槍斧を手に、ロノムスの群れに突っ込んでいく。
まず最初にロノムスを斬り伏せたのは、セドリックでもケイジュでもなく、岩山の上から強襲したヨルクだった。
勢いに乗った剣の斬撃に背後から襲われたロノムスは、耳障りな叫びをあげてのたうつ。
ヨルクは顔を顰めながらも剣を振り上げ、ロノムスにとどめを刺した。
背後の敵に気を取られたロノムスは、今度はケイジュの一撃で文字通り吹き飛ぶことになった。
エンジンの起動する高音が響き、ケイジュは親指でギアを操作する。
槍斧の柄に魔力の光が幾何学模様を描き、重厚な槍斧がまるで重さを感じさせない動きで振り抜かれる。
ズドン、と腹に響くような衝撃音と共に、ロノムスの身体は一刀両断された。
そのまたケイジュは振り向きざまに後ろに忍び寄っていたもう一匹のロノムスを屠る。
強すぎる敵に恐れをなして距離を取るロノムスに、ケイジュは迷い無く突撃する。
柄に取り付けられたレバーを引き、エンジンの排気口の向きを変えて一気に突きを放った。
光の筋を描くほどの速度で槍斧の切っ先がロノムスの硬い鱗を貫通し、キィンと耳に響く悲鳴を上げて絶命する。
ヨルクはその異様な戦いに度肝を抜かれていたが、とにかく今は集中しておかないと自分が死ぬ。
ヨルクは混乱状態にあるロノムスに切りかかり、爪の反撃を受けながらも強烈な蹴りをお見舞いする。
腹を山羊の蹄で蹴り抜かれたロノムスは悶絶し、その間に喉を掻っ切られて地面に倒れる。
メルは上空から逃げようとするロノムスを狙い、雷を落としていた。
何匹かには当たったが、何匹かは逃してしまい、それを逃さないように目で追う。
しかし、そうして群れからはぐれていくロノムスは、セドリックに討ち取られることになった。
緩慢な動きかと思えば、急に素早く剣を振り抜き、ロノムスの足を傷付けるセドリック。
その動きは独特で予測しずらく、ロノムスも翻弄されているうちに首を落とされて絶命していた。
ロノムスは着実に数を減らし、岩山が血で汚れていく。戦闘は長くは続かなかった。

 ゴオッ、と最後の咆哮をあげるケイジュの槍斧が振り下ろされ、ロノムスの頭を軽々と叩き切る。
生きているロノムスはそれで最後だった。
逃げ足の早い個体を何匹かは逃してしまったが、これでしばらくは人に害が出るほどの群れは作れないだろう。
ケイジュは槍斧を持ち上げ、魔力の供給をやめる。
高音が小さくなり、柄に輝いていた魔力の光も消えていく。
最後に蒸気を吐き出したエンジンは沈黙し、ケイジュは槍斧を見つめた。

「なるほど……少しは使い方がわかってきた」

「……何度見ても、凄い破壊力だな……」

セドリックはケイジュの隣に歩み寄り、声をかけた。
ケイジュは満足そうな顔で頷いていたが、血にまみれたエンジンを見て苦笑した。

「掃除が大変だな……」

ケイジュは槍斧に手を当てると浄化魔法を唱え、綺麗にしてから布を巻き直して背中に背負った。

「あとは専用の鞘と、背負い紐も欲しい。エシルガに言えば作ってくれるだろうか」

「頼んでみよう。どうせ明日、自動二輪車も引き取りにいくから、そのついでに」

普段通りに会話を続ける二人を、ヨルクとメルは呆然と見ていた。
もっと苦戦すると思っていたのに、蓋を開けてみれば瞬殺。
思った以上の数のロノムスを討伐できたし、本来なら抱き合って喜びたい所なのに、驚きすぎて身体が動かない。

「あれ、なんだよ……よくわかんねーけど、あの武器もケイジュもやばすぎだろ……」

ヨルクは思わず呟き、メルもこくこくと頷く。
重そうなのに恐ろしいくらい振りが速くて訳がわからなかったが、あの柄の短いハルバードのような武器は魔法を使った武器らしい。
それを簡単そうに振り回すケイジュ自身の技術も凄まじかった。
そして、上空から俯瞰で見ていたメルは、セドリックもかなりの数のロノムスを仕留めていたことを知っている。
ケイジュの戦いぶりに気を取られて目立たなかったが、セドリックの援護があったからこそこんなに早くに決着が付いたのだ。
足を引っ張るなんてとんでもない。
冒険者としても充分にやっていける実力を持っている。
ヨルクは隣のメルをちらりと見て、やっぱりメルの人を見る目は信頼できる、と改めて思った。
メル自身はまさかこんなに実力のある二人だとは思っていなかった為、ただただ驚くばかりでヨルクの信用のこもった視線には気付かなかった。
納刀して今度は腰からナイフを引き抜いたセドリックが、棒立ちになっているヨルクとメルに呼びかける。

「さぁ、ネウルラが集らないうちに尻尾を切り取っておこう」

二人はその声でようやく身体を動かすことを思い出して、討伐の証である尻尾を集める作業を始めた。

 今日討伐できたロノムスの数は全部で23匹だった。
尻尾を切り取ったあとの死骸は、在来生物を呼び寄せてしまわないように土の魔法で地面に隠し、4人はその場を後にした。
都合よく乗合馬車が通りかかることは少ないので、歩いて殻都まで帰還することになる。
フォリオからそんなに離れていないので、歩き続ければ真っ暗になる前にはたどり着けるだろう。
4人は歩きながら、報酬の分配について話し合う。
ヨルクは4匹、メルは3匹のロノムスを仕留めたので、本来ならその分の報酬だけを受け取れるはずだったが、ケイジュがそれに異を唱えた。
今回の討伐が上手く行ったのは、事前にきちんと下調べをして、地形も利用して自分たちに有利な作戦を立てたヨルクとメルのおかげだと主張し、報酬のほとんどをヨルクとメルに渡すと言ったのだ。
セドリックもその提案に賛成し、二人は恐縮しつつもロノムスの尻尾がぎっちり詰まった革袋を受け取ることになった。
まだちょっとビクビクと蠢いている革袋をヨルクに渡すとき、セドリックは気持ち悪そうに目を逸らしていた。
戦闘時はあれほど迷い無く剣を振るっていたのに、ロノムスの尻尾が動くのは気持ち悪いらしい。
ヨルクとメルはその様子に毒気を抜かれて、結局笑顔で戦利品を懐にしまい込む。
これをギルドに提出すれば、かなりの額が受け取れる。
行きの馬車代や今日の宿代を出しても、手元には結構残る。
ヨルクとメルは今日の晩御飯は何を食べようか、お祝いだからちょっと良い店に行こう、と話し合いながら足取り軽く帰路を辿った。
その二人を後ろから眺めていたセドリックとケイジュも、今回の目的は果たせたので満足そうだ。
セドリックの立ち回りや、槍斧を実戦で使ってみた手応えについて話し合い、次はこうしてみようああしてみようと熱心に意見を出し合っていた。
こうして今日一日だけのチグハグなパーティーは、ささやかにフォリオに凱旋を果たしたのだった。

 すでに日が暮れて暗くなっていたが、夜が始まったばかりのフォリオはまだ活気に溢れていた。
他の殻都のギルドではこのぐらいの時間にはすでに受付を終了しているのだが、昼夜問わず人の出入りが激しいフォリオではまだ営業している。
ヨルクとメルは早速ギルドでロノムスの尻尾を換金し、初めて冒険者として報酬を受け取った。
セドリックとケイジュもささやかな額の報酬を受け取り、4人はギルド前で解散することになった。

「セドリック、ケイジュ、今日は、ありがとうございました。二人と一日だけでもパーティーが組めて良かったです」

珍しく丁寧な言葉でお礼を言うヨルクに、セドリックは穏やかに微笑む。

「おれたちも君たちとパーティーが組めて良かったよ。おかげで実りの多い1日になった」

ヨルクは馬車の中で村の話を楽しそうに聞いてくれたセドリックの表情を思い出し、少し言葉に詰まる。
また一緒にクエストを受けてくれませんか、と言いたかったけど、それにはまだまだ自分の実力が足りない。
今日だって一番ロノムスを倒したのはケイジュだ。
ヨルクは拳を強く握りしめ、眉を吊り上げてセドリックとケイジュを順に見た。

「いつか、おれたちがもっと強くなったら、また、一緒にクエストを受けてほしい。今回の借りは、絶対返す」

セドリックはヨルクの若い情熱に燃える山吹色の瞳を見て、眩しそうに目を細めて応える。

「わかった。楽しみにしてるぜ」

ケイジュは顔をフードで隠したままだったが、ちらりと覗いた口元は楽しそうに弧を描いていた。

「慢心せず、地味な下準備を厭わず戦え。何より死ぬな。死なずにいれば、自然と結果もついてくる」

ケイジュは静かな声で二人を激励する。
地図を褒められたことを思い出したメルは、懐にしまった地図を服の上から撫でる。
きっとこの地図を開くたびに、ケイジュの言葉を思い出すことになるだろう。
ケイジュの経験の重みを感じる言葉に、ヨルクとメルは神妙な顔で頷いた。
それを見届けたケイジュはあっさりと若き冒険者に背を向ける。
セドリックも軽く手を挙げ、二人に別れを告げた。

「じゃあ、またな」

「はい、また!」

メルは力いっぱい尾羽をピコピコ動かしながら大きく手を振り、ヨルクはむっと唇を引き結んだままで照れ臭そうに手を振る。
セドリックとケイジュは振り返ることなく、街の人々に紛れて見えなくなった。
広場に残された二人は手を下ろし、顔を見合わせる。
そして同じタイミングで気の抜けたため息を吐いた。

「なんか、今日はすごかったな……おれ、一生忘れられない気がする」

「……そうだね……ヨルクはあのセドリックってお兄さんにデレデレだったもんね?」

メルはじっとりとヨルクを見据えて言う。
ヨルクは顔を引きつらせ、慌てて言い返した。

「っ、メルも、ケイジュにぼけっと見惚れてただろ?!ケッ、どーせおれはケイジュほど格好良くもねーし、強くもねーよ!」

ヤケクソで言い放ったヨルクは、そのまま広場を横切って歩き出す。

「ヨルク、待ってよ!」

「いーや、待たない。めちゃくちゃ腹減ってるんだ。早く店に入ろうぜ?ほら、前に気になってるってメルが言ってた所あっただろ?今日は金あるし、そこ行ってみようぜ」

ヨルクは言葉とは反して少し歩く速度を落としながら、飯屋が立ち並ぶ通りに足を向けた。
メルはヨルクの隣に並ぶと、つん、とヨルクの服の裾を摘んだ。

「ぼくにとって、一番格好いいのはヨルクだよ」

ヨルクは前を見据えたままぐっと眉をしかめた。
しかしその頬はほかほかと赤く染まっている。

「調子のるから、そんなこと言うなよ……」

二人はそれきり沈黙したが、足取りはぴったり揃っている。
やがて二人の駆け出し冒険者の姿も、人混みの中に消えて見えなくなった。







駆け出し冒険者曰く (了)

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