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フォリオのファストフード

2話

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 しばらく後ろから騎士に呼びかけられたが、おれたちは無視して街道を駆けた。
ロカリスの死骸の影も見えなくなった頃、ケイジュが耳元で尋ねる。
 
「知り合いだったのか?」
 
おれは前を見据えたまま少し首を横に振った。
 
「いや、直接顔を合わせたことはないよ。ただ、あの騎士の甲冑に、フォリオの貴族の紋章が刻んであった。……確か……エランド子爵だったかな。ミンシェン伯爵宛に手紙を出してた貴族だ」
 
「……ということは……革命賛成派、かもしれないと?」
 
「そう。助けたのはたまたまだけど、これ以上ミンシェン伯爵と懇意にしてるって思われたくなかったからさ」
 
そうだな、と後ろでケイジュが頷く気配がする。
しかし、妙だな。
わざわざ家紋入りの目立つ馬車で殻の外を移動しているなんて不自然だ。
しかも物品だけを運んでいるにしては豪華すぎる馬車だった。
おそらく、あの馬車には貴族が乗っている。
貴族がわざわざ危険を冒して殻の外に出ている事がすでに異常事態な上、あの騎士たちの様子を見るに、殻の外での戦闘に慣れているとは思えない。
ロカリスに襲われた時はまっさきに身を隠すのが定石なのに、あんな街道のど真ん中で反撃してしまうなんて無謀にも程がある。
ロカリスの目的はあくまで食事なので、かわいそうだが馬を食わせて、満足して立ち去るまでじっと待つべきだった。
あんな金属の甲冑を着ていればロカリスも積極的に食おうとはしないので、馬車の影に隠れていればやり過ごすことは出来たはず。
恐怖のあまり反撃してしまったのだろうが、殻の外の立ち振舞いとしてはあまりにも衝動的すぎる。
目立つ馬車を使って、在来生物との戦いに慣れていない騎士を連れてこんな真っ昼間に移動するなんて、突発的な行動としか思えない。
もしかして、家出か?
もしくは駆け落ち?
だとしてもちょっと考えなしに動きすぎだとは思うが、まあ、とにかく死人が出る前に間に合ってよかった。
ロカリスはその凶暴性から他の在来生物からも恐れられる存在だ。
2日か3日くらいは、たとえ死体でも他の在来生物を遠ざけてくれる。
幸いここまでくればフォリオまであと3時間程度で到着するので、ネウルラが死骸に集る前に救援が間に合うだろう。
おれはアクセルを強く握り、再び速度を上げた。
 
 太陽が西にやや傾き始めた頃、フォリオの殻壁が見えてきた。
一ヶ月ぶりの故郷の姿に安堵がこみ上げる。
白銀の壁と、密集して立ち並ぶ建物、荘厳な雰囲気を漂わせる巨大な城。
フォリオの城は他の殻都よりも立派だ。
昔から商業が盛んな金持ちの都市だったからと言うのもあるが、海に面した平原という比較的安全な土地のおかげで神話時代の建造物が多く残っているのだ。
屋根の色も形も様々、建物に使われている建材も様々で、他所の殻都の文化が入り混じった混沌とした都市部を形成している。
それでいて懐かしくも感じるのは、おれがここの育ちだからだろうか。
おれはゆっくりと感慨に浸りたくなったが、そういうわけにもいかない。
とにかく急いでギルドに救援要請しよう。
おれは検問所が見えてくる前に一度自動二輪車を停車させて、荷物から紙とペンを引っ張り出す。
そこに思い出せる限りの情報を書き連ねた。
場所と、時間、馬車の様子や人数などを記しておく。
同じ内容をもう一枚に書き写して、ケイジュに手渡した。
 
「一枚は検問所の憲兵に、もう一枚はギルドの職員に渡してくれるか?おれが直接この件に関わったんじゃなくて、だれか他の冒険者に託されたことにしたいんだ。ロカリスの討伐のことも、しばらくは秘密にしてほしいんだけど……おれの保身に付き合わせて悪い……」
 
おれがうつむきつつそう言うと、ケイジュはあっさりと頷いた。
 
「わかった。街道の途中ですれ違った冒険者から受け取ったと言えば良いんだな。ロカリスの懸賞金も受け取らないほうがいいか?」
 
「いや、2、3日経てばこの件とは無関係だと言い張れるから、それまで待ってくれるだけでいい」
 
「それなら何も問題はない」
 
ケイジュはロカリスを討伐して人を救ったという栄誉には全く興味がないらしく、淡々と2枚の紙を懐にしまった。
おれはほっと胸を撫で下ろして、再び自動二輪車を発進させた。
北門を目指す旅人たちを何人か追い越しつつ、検問所に飛び込む。
 
「そこ、止まれ!殻壁の中では乗用魔道具の使用は禁止されてる」
 
自動二輪車に跨ったままだったので、案の定憲兵に止められてしまったが、気にせず身分証を取り出して憲兵に見せた。
 
「ああ、知ってる。けど緊急事態なんだ。このままギルドに向かわせてくれ。街道で身動きが取れなくなっている一団がいた」
 
おれの言葉に、憲兵の顔色が変わる。
ケイジュが先程のメモを憲兵に渡した。
 
「すれ違った冒険者からこの紙を預かった。ロカリスに襲われている一団と遭遇して、討伐に手を貸したらしい。だが、馬を殺されて身動きが取れなくなっているそうだ。ロカリスを討伐した冒険者はそのままドルンゾーシェを目指すと言って立ち去り、すれ違ったおれたちに救援要請を依頼した。おれたちの方が先に殻都に到着できるだろうから、憲兵とギルドに知らせてくれと。おれたちもその立ち往生している馬車とロカリスの死骸を見かけた。しばらくは在来生物も近付かないだろうが……怪我人の状況はわからない」
 
ケイジュは涼しい顔で憲兵に説明する。
憲兵は馬車の特徴を読むと目を見開いた。
 
「なんだと!?くそ、やっぱりか……貴族の大事な荷物だとかなんとかで強引に突破されてしまったが、危なっかしいと思ってたんだ」
 
壮年の犬耳の憲兵は苛立たしげにそう吐き捨てる。
どうやらあの馬車はこの北門をくぐって外に飛び出したらしい。
 
「わかった。こちらでも救援隊を編成するが、ギルドのほうが早く動けるだろう。行け」
 
憲兵は手早く二人分の身分証を確認して道を開けてくれた。
おれは自動二輪車の音に驚く商人たちの間を縫うようにすり抜けて、ギルドに続く大通りを走り抜けた。
 
 まだ昼間なので人通りが多く、少し苦労したがなんとかギルドに辿り着く。
ケイジュはギルドの職員に紙を手渡し、先ほどと同じ説明を繰り返す。
あの貴族の馬車の一団が無事にフォリオに帰還できたなら、おれとケイジュの顔は見られているし、自動二輪車に乗っている人間なんておれしかいないし、すぐに嘘はバレてしまうだろう。
けど、追求されても紙を預かっただけですと言い張れば向こうも諦めるだろう。
悪事を働いたわけではなく善行なので、罪に問うことも出来ないはずだ。
おれはにわかに慌ただしくなったギルドの様子を眺めながら、深くため息を吐いた。
中立を保つというのは案外難しいな。
何もしないのが一番なんだろうけど、人が危険に晒されているのに無視できるほど冷徹にはなりきれない。
ギルドの職員が緊急クエストを掲示板に張り出し、その報酬を確認しに来た冒険者達がにぎやかに騒ぎながら受付に殺到していく。
馬車の特徴から、かなり身分の高い人間が乗っていることはすぐに分かる。
救出できれば謝礼金にも期待できるので、皆乗り気だ。
この調子ならすぐに足に自信のある冒険者が向かってくれるだろう。
 
「おれたちがすれ違ったのは二人組の冒険者で、フードで顔を隠していたので人相はわからないが腕は立ちそうだった。そうだったな?」
 
ギルド職員との受け答えを終わらせたケイジュが隣に戻ってきておれに言う。
 
「ああ、その通りだ」
 
おれは真面目な顔で頷いた。
真面目なケイジュに嘘を言わせるのは気が引けるけど、ケイジュの冷たい美貌とぶっきらぼうな口調は嘘を隠すのに大いに役立っている。
おれだったらちょっと想定外の質問をされるだけで焦って辻褄の合わないことを言ってしまいそうだ。
ケイジュは小さくため息を吐いた後、おれを見て薄く微笑んだ。
 
「予定外のことが起こって慌ただしかったが、無事に帰還できたな」
 
おれはケイジュの優しげな笑みが周りを引きつけてしまわないか急に不安になってあたりを見回した。
幸い誰もこちらを見ていなかったので、ほっとして笑い返す。
 
「ああ。ケイジュのおかげで、今回の仕事もやり遂げることが出来た。これからも護衛を依頼するけど、一旦仕事は終わりだ。この騒ぎが終わったら、受付で報酬を受け取って、ケイジュにも給料を渡すよ。それからもう一度仕事の契約も見直そう。次の旅にも同行してもらうから、報酬とか契約期間も変更しないとな」
 
「わかった。面倒なことは今日のうちに終わらせてしまうか……手続きが終わったらどうする?」
 
おれは指を折りながらやることを羅列していく。
 
「あとやることは……自動二輪車を整備に預けて、買い物をして……ついでに食事もしとくか。腹、減ってるよな?ああ、それから、ケイジュが貴族街に入るための申請をしないといけないな。次の仕事が決まるまで宿屋に泊まってもいいけど、何日も泊まってたら金がもったいないし、おれの家に寝泊まりしてもらいたいんだ……おれの家は貴族街の中にあるから、申請が必要になるんだけど……嫌だったら、貴族街の外に家を借りようか?」
 
貴族街なので当然他の貴族も住んでいる。
貴族に仕えている亜人も住んでいるので肩身は狭くないだろうけど、魔人は見かけたことがない。
そんな場所で寝泊まりしたくないのなら、それも仕方ないだろう。
しかしケイジュは迷う素振りもなく、わかった、と頷いた。
 
「セドリックがゆっくり休めるのなら、おれはどこでもいい。その申請はギルドですれば良いのか?」
 
一瞬きょとんとしてしまって、慌てて表情を取り繕う。
そうだ、他の冒険者も居るんだからおれは今ポーター・セドリックだ。
それにしても、ちょっと緊張してきたな。
ケイジュが、おれの家に泊まる。
効率を考えて何気なしに言ってしまったけど、結構大胆発言だったかもしれない。
フォリオに帰り着いたら、とケイジュもおれも待っていたんだ。
早とちりな心臓が早くもバクバクと鼓動を刻む。
おれは動揺を押し隠して答えた。
 
「いや、貴族街の検問所でやらないといけない。ギルドの身分証があれば、明日の昼までには通行証が発行されると思う」
 
「そうか……ということは、今夜は宿を取るか」

「そうだな……先にそっちを決めた方がいいかもな。ギルドはしばらく混むだろうから、一旦出るか」

おれは当然一緒に宿に向かうつもりでいたんだけど、ケイジュは首を横に振った。

「今夜は別々に泊まろう。ひとまず長旅の疲れを癒やすべきだ。この後も色々やることはあるしな。今夜同じ部屋にいたら、寝かせてやれないと思う」

ケイジュはさらりととんでもないことを言った。おれは返す言葉も思いつかず、結局もごもごしながら頷いた。
1ヶ月ぶりの自宅は埃っぽくなっているだろうから、先に掃除もしておきたいし、都合はいい。
寂しいけど、今夜は一人で自宅に帰るか。

「じゃあ、おれは先に宿を探してくる。セドリックはギルドで手続きをしててくれ」

「わ、わかった」

おれは照れ臭さを隠しきれないまま返事をして、ケイジュを見送った。




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