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リル・クーロのホワイト&ホワイト

1話

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 藍月2日、午後。ついにリル・クーロに到着した。
フォリオを発ってから実に17日、色々なことがあったが、ようやく辿り着いた折り返し地点だ。
今、おれはリル・クーロの冒険者ギルドの待合室にいる。
とりあえず配達物をギルドの受付に届け終わって、次はフォリオに配達する荷物がないか問い合わせてもらっている所だ。
フォリオやドルンゾーシェなら顔も知られているので、仕事を受けるのも簡単だったが、ここリル・クーロではおれは新顔だし、妙な魔導具を所持しているし、怪しい奴扱いだ。
気の荒い冒険者たちに絡まれないよう人の少ない待合室に移動したのだが、暇なのでこうして記録を残すことにした。
今ケイジュには消耗品の買い出しに行ってもらっている。
ケイジュはリル・クーロにも何回か来ているらしく、どこに何を売っているかを大体把握しているそうだ。
本当に頼りになる。
 
 蒼月30日に風邪から復活して再出発したおれたちは、途中休憩を多めに挟みつつ、夕方には街道から少し離れた集落に辿り着いた。
雨が降りだして体調が悪化していなければ辿り着いていたはずの、あの集落だ。
最近開拓された新しい村で、住んでいるのは鬼人と大型の獣人だった。
在来生物をものともしない逞しい村民たちは、旅人のおれたちも快く村に泊めてくれた。
そんじょそこらの冒険者よりもよっぽど強そうだったので、怪しげな旅人程度恐るるに足りず、という感じだ。
殻都の話を聞きたいという村長に招かれて家にお邪魔したのだが、建物も家具も鬼人サイズで大きいので、まるで自分が小人になってしまったようだった。
そこで強請られるままフォリオで流行りの料理や、ドルンゾーシェの新しい技術や、ヘレントスの冒険者事情なんかを話し、大いに盛り上がったので夕食までご馳走になった。
槍術に優れ、狩人としても優秀なケイジュは村長の息子にえらく気に入られ、酒を飲んだあとに余興として手合わせまでしていた。
流石に力押しされるとケイジュも手も足も出ないが、三回手合わせして二回はケイジュが村長の息子を地面に転がすことに成功し、最後の方は村人総出のお祭り騒ぎになった。
料理は焼いた肉と在来植物が中心で、粗野ながらも美味しかった。
おれはまだ病み上がりなので大人しくしていたが、元気なときにまた訪れることができたら、今度はおれも鬼人との手合わせに挑戦してみたいものだ。
その晩はそのまま村長の家に泊めてもらい、翌朝、おれたちは丁寧に礼を言って村を出た。
鬼人や大型の獣人たちは外見や腕力から恐れられることも多いが、あの村の人々はみんな親切かつ穏やかで、なにより純朴だった。
また土産話をたくさん持って訪れようと思う。
 
 藍月1日も体調を気にかけつつの移動になったが、不調を感じることはなかった。
薬をきちんと飲み続け、休息もしっかりとっていたのが功を奏したようだ。
本当ならこの日にリル・クーロに辿り着くことも可能だったのだが、ケイジュが焦らずに進むべきだと言うので街道沿いの平原でテントを張って早めに休むことにした。
そうして今朝からまた移動し、こうして昼過ぎにはリル・クーロに到着したというわけだ。
リル・クーロは紅葉し始めた森に囲まれた、雪国らしい殻都だった。
殻壁は他所の殻都と変わった所はないが、その中の建物はどれも頑丈そうな造りで、屋根にはきつい傾斜がついている。
ブリベスタは深緑の屋根で統一されていたが、リル・クーロは温かみのある赤色で、どことなく可愛らしい雰囲気だ。
太い木材を組んで作った家もその雰囲気を助長している。
けど、そこに住む人々は総じて逞しかった。
他の殻都よりも体格の良い人が多い気がする。
寒い所では身体が大きいほど有利なので、自然と身体の大きな亜人たちが住むようになったと言うことだろうか。
更に体格だけでなく、リル・クーロの人々は気も強かった。
フォリオではそれなりにゴロツキを威圧できていたおれでも、ここでは生白いなよなよした兄ちゃん扱いだ。
屋台で工芸品を売っていた婦人に、そこの弱そうな兄ちゃん、と呼び止められたので思わず婦人を二度見してしまった。
ご婦人は実に立派な筋肉と装飾品を見せて、お土産にどうだいと勧めてきたのだが、丁重に断っておいた。
風邪で死にかけているので、なよなよした兄ちゃん扱いを否定できないのが悔しい。
そんな屈強な人々が多いリル・クーロだが、ここの特産品は繊細な工芸品だ。
冬の間は雪に埋もれて何もできなくなるので、装飾品や木の彫刻などをじっくり時間をかけて作るらしい。
ドルンゾーシェで採掘された宝石や魔石、ヘレントスで採取された在来生物の素材、そういうものを輸入してここリル・クーロで加工する。
そうして生み出された宝飾品は再びヘレントスやドルンゾーシェを経由して、フォリオに運ばれるのだ。
貴族の間でも、リル・クーロで作られた宝飾品は有名で、おれも財産としていくつか持っている。
厳しい寒さと資源の少なさを見事に乗り越えてきた、北国の強かさを感じる。
食文化に関しては、リル・クーロの料理はとにかく栄養価を重視する。
冬の寒さを乗り越えるために、とにかくカロリーが高い食べ物が多いのだ。
寒さにも負けないもこもこの厚い毛皮をまとった長毛牛の乳をふんだんに使ったシチューや、在来生物の肉が凍らないように油に漬けた保存食、雪の中で育てることで甘く育つ野菜類。
食べるのが楽しみだ。
ギルドでの手続きが終わったあとは明日の出発まで時間があるので、たっぷり食べ歩きをしたいと思う。
 
「ポーター・セドリック。ここにいるか?」
 
おれは呼ばれて立ち上がった。録音を切ってギルドの職員に歩み寄る。
 
「ああ。おれだ」
 
「フォリオ行きの荷物はつい昨日集荷してもらったばかりだから大きな荷物しか残っていない。明日の午後まで待てば何か依頼があるかもしれないし、手紙の返事も届くだろうから、それまで滞在していったらどうだ」
 
立派な鹿の角を生やしたギルド職員は、厳つい顔ながらも親切にそう言ってくれた。
また旅の日程がズレてしまうが、ケイジュには後で話しておくことにしよう。おれは頷いた。
 
「わかった。ありがとう。正式に集荷の張り紙をしたほうがいいか?」
 
運び屋は届ける荷物を募集する時にギルドの掲示板に張り紙をする。
どこからどこまで、いつまでに届けます、と仕事内容を告知しておくのだ。
たった一日告知しただけじゃ効果はないかもしれないけど、やらないよりは良いかもしれない。
しかし、鹿角のギルド職員は首を横に振った。
 
「いや、張り紙はおれが作って告知しておく。ヘレントス、ドルンゾーシェ、フォリオ行きの荷物で、手紙か小包のみ、フォリオに到着するのは藍月の25日で間違いないか?」
 
ギルド職員はおれがさっき書いたメモを読みながら確認する。
 
「間違いない。ありがとう、じゃあ明日の午後にまた来る」
 
おれが少し頭を下げると、ギルド職員は軽く手を上げて立ち去っていった。
ギルドの掲示板は殻都によってそれぞれ書き方が微妙に違うらしいので、代行してもらえて良かった。
これで、おれたちは明日の午後までここに滞在することが決まったわけだ。
荷物を受け取ってからすぐに出発してもいいけど、日が暮れるから大して距離は稼げないだろう。
だったらもう一泊して、藍月の4日の朝に出発するか。
おれは予定を立てつつギルドの建物を出た。
馬繋場で自動二輪車を回収し、軽くなったトランクをくくりつける。
冒険者ギルドの前は広場になっており、冒険者相手の屋台がいくつも並んでいる。
そう言えば襟巻きや手袋や、冬用のテントも欲しいんだった。
ケイジュと合流できたらどこに売ってるか聞いてみよう。
意外と問い合わせに時間がかかってしまったので、日がもう傾き始めていて淡いオレンジ色に街が染められていく。
秋の空の深い蒼と相まって、なんとも幻想的だ。
この街が雪に覆われて真っ白になった所もきっと綺麗なんだろうな。
おれが異国情緒に浸っていると、広場の向こうから歩いてくるケイジュを見つけた。
顔はフードで隠しているが、濃紺の外套の裾を颯爽と翻して歩く様がかっこいい。
両手に紙袋を抱えてなければ更にかっこよかっただろう。
おれは自動二輪車を押して早足で歩み寄った。
 
「ケイジュ、おつかいありがとう。荷物、自動二輪車に載せてくれ。一旦宿をとって荷物を預けよう」
 
ケイジュは重そうな紙袋をどさりと後部座席に置いた。
 
「食料と、薬と、他の雑貨も全部買ってきた。仕事はあったか?」
 
「いや、それが昨日別の運び屋が出発したばかりらしくて、まだ荷物がないらしい。明日の午後まで待ってみるつもりだ。またちょっと護衛の期間延びるけど、問題なかったか?」
 
「大丈夫だ。これからずっと一緒に仕事をするんだから、延びるも何もない」
 
ケイジュはさらりと言いのけてフードの奥からおれに柔らかく微笑みかける。
おれはひゅっと息をのんで慌てて笑顔を取り繕う。
あくまで仕事の相棒として言ってくれているだけで、他には何も意図はないはずなのに心臓に悪すぎる。
荒野の真ん中でつきっきりで介抱してくれてから、ケイジュの態度は更に柔らかくなった。
おれは早まったことを言わないようにするだけで手一杯で、色々考える余裕もない。
急に好きだと言い出さないうちに、ちゃんと探りを入れておかないといけないのに。
 
「そう、だったな!まだ実感なくて、うっかりしてた」
 
おれは自動二輪車を押して歩き始める。
ケイジュも横を歩きながら、買ってきたものを少し見せてくれる。
瓶詰めの保存食らしきものが、紙袋にゴロゴロ入っていた。
 
「リル・クーロは保存食の種類が豊富だから、選んでいたら遅くなってしまった。だが、しばらくこれで夕食が豪華になる」
 
ケイジュはちょっと嬉しそうだ。
聞けば、食べてみたいとは思っていたけど、持ち歩くときに重いので瓶入りは避けていたとのこと。
自動二輪車なら多少重くても問題ないので、気になっていたものを片っ端から買ってしまったらしい。
魚の油漬けや豚の肝臓の練り物、リル・クーロ産の苺のジャム。
珍しいものだと原生生物の肉の油漬けや在来植物の実を甘露煮にしたものなど。
食べるのが楽しみだ。
おれとケイジュは目星をつけていた宿に辿り着いた。今は荷物を何も預かっていないので安宿を選んだのだが、今の時期は客が多いので部屋はすでに埋まっていた。
これ以上安いところを選ぶと自動二輪車を預けるのも心配なので、結局少し高級な宿に向かうことにした。
しかし、こちらも二人部屋は埋まってしまっていて、残っているのは夫婦用のダブルベッドの部屋だけだと言われた。
値段もさほど変わらないし、ベッドは大きいので二人で並んで寝れば問題ないのだが、おれはおそるおそるケイジュの方を窺った。
この状況で同衾するのはおれの精神力的にきつい。
けど、ケイジュはあっさりと頷いてしまった。
 
「二人寝れる広さがあるなら問題ない。その部屋に泊まろう」
 
「わ、わかった。じゃあそのダブルベッドの部屋を頼む。あと、荷物を預けたいんだが」
 
おれは上の空で自動二輪車と買ってきたものを宿の受付に預けた。
2週間くらい前だったら、ダブルベッドに二人で寝るくらいなんとも思わなかったのに、今は安眠できる気がしなかった。





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