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ヘレントスのワイルドステーキ
2話
しおりを挟む空腹が満たされて満足したので、冒険者ギルドに立ち寄ることにする。
ケイジュが立ち寄っているかもしれないし、リル・クーロに配達する荷物があるなら追加で請け負っても良い。
ヘレントスには冒険者が多いので、冒険者ギルドもいくつか種類がある。
実績と経験で、冒険者は上級、中級、下級とランク分けされていて、それに対応するギルドがそれぞれ三箇所。
そしておれのような在来生物狩りが専門ではないが殻の外で単身で活動する運び屋に対応する専用窓口もある。
運び屋専用の窓口は上級冒険者ギルドの建物に併設されているので、そちらに向かった。
確かケイジュも上級冒険者だったので、再会できるかもしれない。
上級冒険者ギルドは木造で、ダイナミックな彫刻が彫られた重厚な建物だった。
在来生物の王である竜と、それに立ち向かう戦士たちが躍動感たっぷりに彫り込まれた重い扉をあけると、外の通りよりも幾分落ち着いた雰囲気で冒険者達が屯していた。
どいつもこいつも強そうだ。
しかしそれなりに年齢層が高いこともあって、ちゃんと風紀は保たれているらしい。
おれが運び屋用の窓口で手続きをして、いくつか手紙と小包を渡し、リル・クーロ宛の荷物も追加で受け取った。
あとは直接手渡しする分の荷物を渡せば今日の仕事は終わりだ。
おれが踵を返すと、呼び止められた。
「セドリック、すまない、遅くなったな」
おれが振り返ると、ケイジュが少し足早にこちらに向かってきていた。
いつも通り外套のフードを深くかぶっているのだが、外套の色が変わっていたのですぐにはわからなかった。
「ここにいたのか、ケイジュ。おれはいま来たばかりだけど、ずっとここに?」
ケイジュはいまいち噛み合わない会話に首をかしげる。
「書き置き、見てないのか?」
「え、見てない……気づかなかった」
ホテルを出るときはケイジュのことから気をそらそうと必死になっていたので、ろくに部屋の確認もせずに出てきてしまったんだった。
おれの言葉にケイジュはちょっとうつむいた。
「置いた場所がわかりにくかったな。次は起こして声をかけるか、部屋の扉に貼り付けておくことにしよう」
「悪いな……ちなみになんて書いたんだ?」
「馴染みの店と自宅に寄ってくるから、起きたら運び屋ギルドの前で落ち合おう、と」
「そうか、おれもここにケイジュが来ると踏んで来たんだ。たまたまだけど合流できてよかった。というか、自宅あるんだな?近くか?」
「自宅というより、倉庫に近いがな。滅多に帰らないから、荷物置きにしか使っていない」
おれが好奇心に駆られてケイジュを見遣ると、ケイジュは仕方ない、というように小さく息を吐いて歩き出した。
「ちょうど用事もできたし、おれの自宅に行こう。セドリックの用事は済んだのか?」
「3時にはここの隣のカフェで貴族に荷物を手渡ししなきゃならない。自宅は近くか?」
「歩いても10分くらいだ。3時までには終わるから、付いてきてくれ」
おれはギルドの時計を見る。
まだ1時半だ。
おれはケイジュの後についてギルドをあとにした。
「ここか?」
「ああ、座る場所もないが、入ってくれ」
しばらく裏道を歩いた所にある古そうなアパートの一室に、ケイジュが入っていく。
ヘレントスにはよくある、増築を繰り返すうちに歪みながらも不思議ときちんと建っている3階建ての建物だ。
倉庫というのは謙遜ではなく、ありのままの事実だったらしい。
玄関の扉を開けるとすぐに大量の荷物が目に入った。
「ヘレントスを拠点にしていたときはここに寝泊まりしていたのか?」
「ああ、一人ぐらいなら寝れる。ここには換えの武器やら防具やらをとりあえず放り込んでいるんだ。明日からまた更に北上するから、セオドアの装備も見直す必要があるなと思ってな」
セオドアと呼ばれたことで二人きりであることを自覚してどきりとしながらも、ケイジュの外套を改めて観察する。
灰色のローブよりもやや厚手になっている。色は濃紺で、ケイジュの髪と目の色にぴったりだ。
「リル・クーロはやっぱり冷えるのか?」
「ああ。その外套でもなんとかなるだろうが、寒さを甘く見ていると痛い目に遭う」
ケイジュは所狭しと置かれている武器や在来生物の素材、箱買いしている薬なんかを器用に避けて奥まで進むと、クローゼットを開けて中からビターチョコレート色の外套を引っ張り出した。
裏地もしっかりしていて見るからに暖かそうだ。
「これなら暖かい。セオドアなら問題なく着られるだろう」
「貸してくれるのか?」
「ああ。それは予備として買っていたんだが、滅多に使うこともなくてクローゼットの肥やしになっていた。そのまま貰ってくれて構わない」
おれは今着ている朽葉色の外套を脱ぎ、ケイジュから服を受け取った。
厚手なのでしっかりと重みがあるが、丈夫そうだ。
羽織るとかすかにケイジュと同じ爽やかな森の匂いがして嬉しくなる。
内側にも大きなポケットがついているし、サイズはやや大きめに感じるが、違和感があるほどでもない。
一歩引いた所でおれの姿を確認したケイジュは一つ頷いた。
「大きさは問題ないな。身長がさほど変わらなくてよかった。どうだ?問題なさそうか?」
「いい感じだ。結構いい値段しそうなのに、本当に借りてもいいのか?」
「ああ。このまましまいこんでいても役には立たないしな。それにその色、よく似合っている」
ケイジュは言いながらおれの襟元に手を伸ばして形を整えた。
ケイジュの目元が満足そうに緩む。
おれはそれに目を奪われないように必死に意識をそらして、笑顔を作った。
「じゃあ有難く使わせてもらうよ。寒さのことなんて頭からすっぽ抜けてたから助かった」
ケイジュは頷く。その後すぐに積み上げてある箱を開けてごそごそし始めた。
「なら、次はこれだ」
ケイジュが次におれに差し出したのは剣の柄だった。
差し出されるままにそれを受け取り、ゆっくりと上に掲げて確かめる。
細身で、長さもそれほどない、驚くほど軽いショートソードだ。
銀色の鞘には控えめに装飾が施してある。
刀身が先端に向かってやや湾曲しているので、これはファルシオンとか、ハンティングソードと呼ばれるものだろうか。
「これを、おれが使うのか?」
「剣を使ったことがあるなら使ってもいいが、基本は威嚇用だ」
「剣か……一通り習ったけど、実践で使い物になるかどうかはわかんないぜ?」
「実際使えなくても、一応持っておくべきだ」
ケイジュはおれに帯剣ベルトも差し出してきたので、おれはケイジュに教わりながらベルトを締め、そこに剣を吊り下げる。
こうするだけでなんとなく強くなった気がする。
今までは外套の下のナイフだけでやりくりしてきたけど、冒険者の街ではこういうわかりやすい威嚇も必要なのだろう。
「軽いな。ケイジュは剣を使わないのか?」
おれは少しだけ鞘から刀身を抜き、その鋭さを確認しながら問いかける。
ケイジュは背中の短槍に手をやって答えた。
「おれにはこれだけで充分だ。この辺の冒険者ならおれの腕も承知しているしな」
そうか、確かヘレントスの武術大会でも華々しい成績をおさめるくらいなんだから、わざわざ喧嘩をふっかける相手もいないか。
おれも徒手空拳ばかりじゃなくて、武器も扱えるように訓練するべきだろうか。
「今まで貴族であることを明かせば、相手が勝手に精霊術を恐れて引いてくれたけど、それも通用しないくらい強いやつもヘレントスならゴロゴロ居るんだろうな」
「そのことなんだが……」
おれの言葉にケイジュは微妙な顔をした。
「これからは、子爵家の放蕩息子以外の設定も必要だとおれは思っている」
おれは思わず面倒くさいという顔をしてしまった。
そもそも嘘を吐くのが下手なおれのことだ。
これ以上設定を増やすと、辻褄の合わないことをうっかり言ってしまいかねない。
ケイジュはおれの顔を見て、言い聞かせるような声色で話を続けた。
「一つ確認したいんだが、セオドアが純粋な人間であることを隠さないのは、威嚇の意味もあったんだな?」
「ああ。魔法は使えなくてもこっちには精霊術があるぞって、脅してるつもりだったんだけど……フォリオの連中にはそれが通じてたし……」
「そうか……フォリオには豪商も多いし、そういう貴族の情報が広まりやすかったんだろう……だが、ここヘレントスやリル・クーロでは、そこまで貴族の情報は出回ってない。殻の外で育ったおれは、純粋な人間なんておとぎ話にしか出てこない存在だと思っていた。魔力がないことも、精霊術が使えることだって知らなかった。おれが特別に知らなかったんじゃなくて、大体の人間がそうだろう」
おれは最初にケイジュと話したときのことを思い出した。
確かにあのときケイジュは旧人類なんて初めて見たと言っていたし、精霊術のことも知らなかった。
「そ、そうなのか……じゃあ、この辺の冒険者におれは純粋な人間だって言っても珍しいって思われるだけか……」
「そうだ。更に貴族の息子だとバレてみろ。良からぬことを考える奴も出てくる。抵抗する手段もないお坊ちゃんだと思われてるからな」
確かにそれはまずい。
おれは下を向いて考え込んだ。純粋な人間であることを隠す身分か……けど、おれの知識では説得力のある設定が思いつかない。
「ケイジュは、どんな設定がいいと思う?」
おれが降参してケイジュを頼ると、ケイジュはすでに考えていたのかすぐに答えた。
「森人と獣人の混血と言えばいいだろう」
「けど、おれは魔力もないし、亜人としては不自然じゃないか?」
「大丈夫だ。人の魔力量を推し量るにはそれなりに魔法に精通している必要がある。出来たとしても、魔力量を勝手に覗き見るのはマナー違反だとされている。最初から喧嘩を売るつもりのやつしかやらないことだ」
「へぇ、知らなかった……けど、森人と獣人の混血って、それこそ珍しくないか?」
「まぁ、珍しいが、純粋な人間よりは見かけるからな。森人みたいに耳が尖っていないのは、丸耳の獣人の特徴を受け継いだといえば通じると思う。魔法を使えないのも、獣人の中には魔法が得意じゃない者も時々居るし、言い訳がつくだろう。髪の色と目の色は森人の血が流れているからだと言えばいいし、顔の造形も森人由来にしておけば問題ない」
おれは通りで見かけた森人の女性を思い出して頭を掻いた。
「さっき本物の森人を見かけたけど、おれはあんな綺麗な顔してないぜ?おれのアニキなら通用したかもしれないけどさ」
ケイジュはちょっと不満げに眉をしかめた。
「……前にも言ったが、セオドアの容姿は美しい方だ。確かに森人の容姿は作り物めいた綺麗さで、セオドアの温かさを感じる顔立ちとは違うが、それでも通用しない嘘じゃない」
ぼそぼそと続いた言葉を聞いて、おれは片手で顔を覆った。
ケイジュに顔を褒められると照れ臭くて仕方ない。
「わかった、じゃあそれでいこう」
おれはこれ以上食い下がるのは諦めてそう言った。
それから頭の中で新しい設定を組み立てる。
「じゃあ、おれは獣人の父と森人を母に持つ、混血亜人のセドリックだ。耳の形と魔法が苦手なのは父親譲り、髪と目の色は母親譲り。自動二輪車は最新の魔導具で、魔力はそれに使い切ってるから、体術と剣で武装してる。これでいいか?」
ケイジュは深く頷いた。
「よし。それ以上のことを詮索してくるやつが居ても何も答えなくていい。いざとなったら剣をちらつかせるか、おれを呼べ」
ケイジュの頼もしい言葉におれも頷き返した。
自分の素性に関しては、これからなるべく黙っていることにしよう。
それならボロも出にくいだろうし。
流石に貴族を相手にするときには、今まで通りの貴族のセドリックだと名乗るしかないが、そこは不可抗力だ。
おれが頭の中を整理し終わって顔を上げると、ケイジュと視線が重なって心臓が跳ねた。
ケイジュはどこか遠慮がちに、しかし熱のこもった目でおれを見ている。
「それから、仕事の前に申し訳ないんだが……精気をもらってもいいか?」
おれは動揺して変な声を出してしまいそうになったのを必死に飲み込んだ。
最後に吸精されたのは、確かドルンゾーシェに着く前日の夜。
まだその時はケイジュに対して拗らせた感情はなかったので問題なかった。
けど、今、ケイジュがそれを言い出すということは、おれが自覚した好意を感じ取ってしまったということだろうか。
普通の友愛とは違う、独占欲やら性欲やらも内包した欲望まみれの好意だ。
ケイジュは、おれが魅了されてると勘違いしたりしないだろうか。
けど、ここで拒否したら余計疑われそうだし、おれは慌てて返事をした。
「ああ!すっかり忘れてたな。そういえば、ドルンゾーシェに着いた日からずっとしてなかったし、いいぜ。ただ、眠くならないように手加減してくれよ?」
「もちろんだ」
ケイジュは言いながら一歩おれに近付いて、じっと目をのぞき込んでくる。
おれは顔が赤くなっていそうで慌てたが、ケイジュはいつも通り数秒視線を合わせてきた。
その後すぐに目をそらし、終わった、ありがとうと言いながらおれから離れていく。
特にケイジュの態度に変化はない。
あくまで、好意のあるなしがわかるだけで、その内容まではわからないのだろうか。
「体調や心境に変化はないか?」
ケイジュはおれを訝しんだ様子もなく、普段通りの落ち着いた表情でおれを見ている。
良かった。バレてないみたいだ。
「ああ。眠くもなってないし、大丈夫だ」
気が抜けてへらへら笑いながらおれが答えると、ケイジュも安心したように表情を緩めていた。
精気のおかげか、血色が良くなっている。
「良かった。じゃあ少し早いがカフェに移動しよう。おれが同席するのは許されるのか?」
おれはぼんやりとケイジュの顔に見入ってしまいそうなのをなんとかこらえて、無理やり思考を仕事に引き戻した。
「いや、相手は貴族だから難しいだろう。荷物を渡してくるだけだし、先にホテルに戻っているか、街を歩くか、好きにしててくれ。ただ、今日の晩飯はワイルドステーキが食いたいんで、いい店があったら教えてくれると助かる」
「ふむ……おれは一度、宿に戻ることにする。店については良い所を知っている。仕事が終わったら宿に戻ってきてくれ。案内する」
晩飯が俄然楽しみになってきたおれは、背筋を伸ばして気合を入れた。
「じゃあ、行くか。仕事はさっさと終わらせて、美味い飯と酒で乾杯しよう」
おれの朽葉色の外套はケイジュが宿に持ち帰ってくれるというので預けることにした。
忘れずにポケットに入れていた手紙や小包、貴重品なんかも新しい外套の内側に仕舞い込む。
それからケイジュの道案内で無事にカフェの前まで戻り、そこで一度解散する。
まだ時間は早いが、遅れるよりいい。
コーヒーでも飲んでのんびり待つことにしよう。
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