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荒れ地の麦粥
3話
しおりを挟むそうして日が完全に暮れる前には鍋の中はきれいに空になった。
ケイジュが魔法で生成してくれた水を鍋で沸かして飲みながら、しばし雑談する。
「すごく今更なことを言うようだけど、」
おれはそう前置きして、ケイジュの顔を見た。
「淫魔も普通に食事するんだな。精気?とやらがあれば飲まず食わずでも平気、というわけじゃないのか?」
ケイジュは触れられたくない話題かもしれないが、どうしても気になって聞いてしまった。
幸いなことに、ケイジュはことさら気分を害した様子ではなかった。
「精気で腹は膨れないからな。精神的には満足するし、しばらくなら精気だけでも生きていけるだろうが、いずれ栄養失調で倒れることになる」
嗜好品、みたいなものだろうか。けど、確か、
「けど、精気を摂取しないと、死ぬんだよな?」
「そうだ。正確に言うと発狂して死ぬ。生まれたときから中毒になってるようなもんだ」
ケイジュはやれやれと小さく肩をすくめて軽い調子で言った。
日々の食い物だけじゃなくて、精気にもありつかないといけないのは確かに難儀だ。
だとしたら、大丈夫だろうか。
どんなに急いでもドルンゾーシェに着くまで数日かかる。
それまでおれしか居ないわけだけど……
「その……頻繁に摂取する必要があるのか?ドルンゾーシェまではもう少しかかるし……」
「それは心配いらない。何もセックスしないと精気を得られないわけじゃないし、1ヶ月くらいは一切摂取しなくても平気だ」
「そうなのか……不思議だな……精気ってのは魔力の一種みたいなものなんだよな?」
そう尋ねるとケイジュは焚き火の炎を見つめながら思案した。
「そう……じゃないかもしれない。おれも今まで精気というのは魔力だと思っていたんだが、セドリックにも精気を感じる。だとしたら、魔力とは完全に別物なんだろうな……」
「えっ、おれにもあるのか?」
「ああ。もちろん勝手に精気をもらったりはしていないぞ」
「そんなに勝手にもらえるようなものなのか?」
おれの質問責めに、ケイジュは難しい顔になりながらも答えてくれた。
「精気というのは……匂い、に似ているかもしれないな。おれが後ろからこっそり匂いを嗅いでも、セドリックにはわからないだろう?」
「なるほど……じゃあ今もおれから精気が出てるのか?」
「まぁ、そうだな。人が興奮したり、好意を抱いたときに精気を吸い取れる。その最も効率がいい方法が性行為というだけで、必須な行為じゃない。おれはそういう淫魔らしいやり方は好きじゃないから、戦いの場に身を置くことで精気を得てきた」
「つまり、戦闘で興奮した人間からなら、問題なく精気を吸い取れる、と」
「そういうことだ。もちろん相手には了解を取っているし、体調に影響出るほどいただくこともない。ただ、何回も同じ相手から精気をもらっていると、やはり魅了状態にしてしまうことが多い。だから一人につき精気をもらうのは2回までと決めていた」
「淫魔ってめちゃくちゃ律儀だな……」
「こんな回りくどいやり方をするのはおれぐらいだ。殆どの淫魔は手っ取り早くベッドに連れ込もうとするから気を付けろよ」
「そうなのか……」
おれはすっかり感心して何度も頷いてしまった。
面白い。
おれとほとんど姿形は変わらないのに、ケイジュには全く違う世界が見えているんだな。
精気というのは何か味がするものなんだろうか。
匂いに似ているということは、いい匂いなんだろうか。
気になる。
気になるが、流石にこれ以上質問責めするのも申し訳ない。
おれは疑問を喉の奥に押し込めるかわりに、一つ提案をすることにした。
「もし、良ければなんだが……」
「なんだ」
「おれの精気をもらってくれないか」
ケイジュはその瞬間むせて咳き込んだ。
ちょっと言い方がまずかったな。
変な雰囲気になる前に言い訳する。
「雇い主としてじゃなくて、個人のお願いだから、ケイジュが嫌なら断ってくれ!ケイジュの自由意志を尊重する!
けど、もし嫌じゃないなら、興味をそそられたから試しに吸い取ってみてくれないか?
精気を抜かれる体験なんてそうそうできるものじゃないし……えー、その、変な頼みで申し訳ない……」
ケイジュは下を向いてしばらく咳き込み、その後体を丸めたまま笑い始めた。
「そん、な、ことを、ブフッ、言われたのは、初めてだ……くくく」
おれは膝を揃えて座ったままケイジュが落ち着くまでじっと待つ。
段々恥ずかしくなってきた。
たっぷり時間をかけていつもの真面目な無表情を取り戻したケイジュが、ようやくおれの顔を見る。
「おれとしてもその申し出はありがたい。今精気をもらってもいいか?」
「い、今か?」
「ああ。知らないことを知ってかなり興奮しているみたいだから、今が最適だ」
「そうか、じゃあ、やってくれ。おれはどうしたらいい?」
「おれの目を見るだけでいい」
ケイジュはそう言って、じっとおれの目をのぞき込んできた。
ケイジュの夜空色の瞳に焚き火の炎が映り込んでいる。
芸術品のように整った顔も相まって、酷く幻想的な光景に思えた。
おれがそのまま顔に見入っていると、ケイジュがふぅと満足そうなため息をついた。
「もらったぞ」
「えっ、もう?」
おれはなんとなく自分の体を見下ろして、手を握ったり開いたりしてみたが、何も感じない。
吸い取られる感覚もなかった。
「何なんだろう……精気って……」
「精気を抜きすぎると気絶したり、急に痩せたりするらしいから、血みたいなものなのかもしれないな」
「……確かに、急に眠くなってきたかもしれない」
おれは大きくあくびをした。
まぶたが重い。
今日は結構な距離を走ったし、腹も満ちている。
眠くなる条件は揃っているけど、それにしては急激だ。
「なら、そろそろ寝たほうが良いだろうな。見張りと火の始末はおれが受け持つから安心しろ」
ケイジュは心なしか顔色が良くなっているし、表情も朗らかだ。
精気の恩恵だろうか。ケイジュはおれの手からマグカップを取り上げると、おれをテントに行くよう促した。
「あ~、悪いな……あとで交代するから、起こしてくれ」
「気にするな。お前のおかげでおれの体調はかなり良い」
おれの脳裏に他にも言いたいことがよぎったが、眠気のせいでうまく形にならない。
おれはテントに潜り込み、外套に包まるとあっという間に眠りに落ちてしまった。
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