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冒険者ギルドの日替わり定食

2話

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 そこまで語ったあたりで貴族街を抜けたので、人通りが増えてきた。
おれはカバンの中に録音水晶板を戻して、目当ての店を目指して通りを横切った。
同じように忙しなく通りを行き交うのは相変わらず混沌とした人々だ。
獣の特徴を持つ獣人、おれの2倍くらいは背が高くて4倍くらい体の厚みがある鬼人、道端のとまり木には色鮮やかな羽を持つ鳥人が何人かたむろしており、賑やかに囀っている。
遠くが少しどよめいたかと思えば、角と甲殻を持つ馬が嘶いて、背中の蟲人を振り落としていた。
フォリオの空を縦横無尽に飛び回る配達羽トカゲが思ったよりも低空飛行してきたので驚いてしまったらしい。
おれはそれらを横目で見ながら魔導具店の前までやってきた。
前の仕事で壊れてしまったおれの仕事の相棒を、この店に修理に出している。
報酬の殆どをつぎ込んで改造もしてもらっているので楽しみで仕方ない。

「よぉ、修理終わってるか?」

看板も何もないただの民家にも見える店の扉を開けて声をかけると、先に来ていた客が振り返った。
冒険者ギルドで何度か見た顔だが、名前は知らない。
ちょっと会釈して店の奥に進むと、店主のダミ声が聞こえてきた。

「坊々か?ちょっと待っとれ」

家出して5年経った今でもボンボンと呼ぶのはここの店主、コルドぐらいだ。
だいぶ世間の荒波に揉まれてきたし、見た目もそれなりにたくましくなったからもう貴族のお坊ちゃんには見えないはずなんだけどな。
コルドを待つ間に、店の中に飾ってあった金属の盾の表面に自分の顔を映して眺める。
金髪と茶髪の中間みたいな色の髪と、灰色とも青色ともつかない中途半端な色の瞳。
髪は切るのが面倒なので伸ばして後ろでくくっているが、くせ毛なのであちこちに毛先が跳ねている。
顔立ちは母親似らしく、特にやや垂れた目尻と眉の形がそっくりだそうだ。
金髪碧眼はイングラム家の特徴らしいが、おれは兄弟の中では一番色味がぼんやりしている。
もう少しはっきりした色だったら、人の印象にも残りやすいだろうに。
おれが顔を眺めているうちにコルドがやってきて、先に来ていた客に何やらごつい魔導具を渡して精算を済ませた。
客が去ると、店主がくいとあごをしゃくってみせた。

「自分の顔に見惚れるのはもう終わりにせい色男。キッチリ直っとるぞ。外に置いてるから来い」

店主はおれの半分くらいの身長なのに、2倍くらい太い腕を組んで先に歩き出した。
モジャモジャに伸びた髭に、丸っこい鼻、小さめの目。
特徴的な外見が示す通り、コルドは鉱山生まれの石人だ。
暗がりでも目が見え、手先が器用で力もある、採掘と加工のために生まれたかのような種族。
ここの店主は魔導具を売ったあとの整備も仕事として受けてくれるので助かっている。
コルドは店の裏にまわり、すっかりきれいに修理されたおれの相棒と再会させてくれた。

「おお~会いたかったぜおれの自動二輪車……メチャクチャ綺麗になってるじゃねえか!」

傷だらけだった車体はピカピカに磨き上げられ、煤けていた機関部も銀色に輝いている。
おれはその格好良さを改めて噛み締めて、今すぐ頬ずりしたいのをこらえて車体を優しく撫でた。
おれが運び屋として成功したのは、この自動二輪車のおかげだ。一応石炭や魔法を使った自動車や汽車はあるものの、一般市民がおいそれと手を出せるものではない。
それに、そんな乗り物を使うくらいなら魔法を使って身体強化して走ったほうがよっぽど早い。
しかしおれは純粋な人間で、魔法は使えない。
代わりに精霊使いとして訓練は積んできたが、身体強化魔法は精霊たちでは再現不可能だ。
そういうわけで、精霊使いのおれでも使えるエンジンを搭載した二輪車を開発してもらったのだ。
魔法と違い、精霊術は繊細な操作できない。
代わりに火力は出る。
その火力を推進力に変換するこのエンジンは世紀の大発明と言っていいのだが、今の所おれの役にしか立っていないのが悲しいところだ。
今回の改造ではその精霊術の変換効率も更に良くなっているはずで、車輪も悪路に耐えられるように丈夫なものに変えてもらっている。
この自動二輪車のおかげで、おれは他の運び屋より格段に早く荷物を届けられるし、危険な在来生物からも逃げおおせている。
かなりお金を注ぎ込んでいるが、きっとすぐ取り返せるはずだ。

「これで心置きなく仕事ができる……助かったぜ」

「フン!お前は使い方が荒過ぎる!まだまだエンジンは試作途中なんじゃから少しは労れ!じゃないとまた街道からここまでえっちらおっちら押して歩いてくるハメになるからな!」

コルドの細々とした注意を聞き流しつつ、おれは握り慣れたグリップの感触を確かめたり、エンジンをふかして音を楽しんだりした。
コルドと談笑して自動二輪車を愛で、魔導具店を後にする。
殻都の居住区中では自動二輪車に乗れないので、押しながら次は冒険者ギルドを目指した。
おれは冒険者ではなく運び屋なのだが、殻の外に単身で出るようなやつはみんな冒険者!という雑な分類により、商人ギルドではなく冒険者ギルドに所属している。
ギルドに近づくと、だんだん荒っぽそうな冒険者の集団やフードを被った怪しげな魔術師が増えてきた。
身なりが綺麗で長いローブを着ているのは、東島から渡ってきた聖職者だろう。
冒険者まがいのことをして路銀を稼ぎながら、布教の旅に出るのだ。
ご苦労なことだ。
自動二輪車が他の冒険者の足だったり使い魔だったりを踏みつぶさないように注意しつつ、ギルドの横手にある馬繋ぎ場に自動二輪車を停める。
何人かは物珍しそうにおれを見てきたが、仕方ない。
おれが稼いだらこのギルドにおれの二輪車専用の駐車場を作らせてやる。
今日、ここに来たのは荷物の受け取りと傭兵を雇うためだ。
いつも一人で旅をして、比較的安全な街道を使って隣の殻都まで行ったり来たりする仕事をしていたが、今回受けた仕事はなんと最北の殻都リル・クーロまで手紙を届ける仕事だ。
今までにない長旅になるので、頼りになる用心棒が見つかればと、休暇に入る前に募集しておいた。
もう何人かとは面接していたのだが、腕に不安があったり人格に問題があったりでなかなか決まらなかった。
まぁ、旅の途中で雇ってもいいんだし、おれ一人でもなんとかなる気はするので、今日見つからなかったら諦めて一人で出発するとしよう。
先に荷物を受け取ろうとギルドのカウンターに近付く。
4本の腕と真っ黒な複眼がチャームポイントの蟲人の女性職員、タリアがおれを見つけて、何か言う前にカウンターの上に手紙の束と小包をいくつか置いた。

「ようやく働く気になったようね。これ、今回の分。急に休んだりするから、結構溜まってるわよ。それから用心棒になりたいって人が昨日来てた。これ履歴書ね」

4本の腕が淀み無く動いて、おれの前に履歴書と仕事の契約書を並べていく。
いつ見ても感心するんだけど、よく4つの腕をあんなに器用に動かせるよな。
おれだったら腕同士がぶつかって絡まりそうだ。

「タリアは相変わらず仕事が早いな。ありがとう」

「これぐらい普通よ」

タリアはツンとすました表情のままだったけど、鋭い鉤爪になっている指先をもじもじさせていた。
おれがトランクを開けて荷物を詰め始めると、タリアは緩衝材代わりの干し草をわざわざ持ってきてくれたので、悪い気はしなかったらしい。
その後、殻の外に出るための書類やら他の殻都に入るための許可証やらに流れ作業で記入し、いつもよりずっしり重くなったトランクを抱えて、とりあえずギルドに併設されている食堂に向かった。
カウンターで渡された履歴書には、今日の昼頃にまたギルドに来るので、面接するならその時に声をかけてほしいと書いてあった。
まだ昼までには時間があるので、腹ごしらえでもして待っていようと思う。
冒険者ギルドの食堂は安くて味もそれなりなので昼時はかなり混雑する。
けどまだ昼前なのですんなり席を確保して注文もできた。
おれはいつもここでは日替わり定食を頼むことにしている。
交易都市ならではの、ちょっと珍しい食材を使った料理が出てくるのだが、アタリハズレは激しい。
前に来たときはリル・クーロ産の獣肉のシチューとやらが出てきたのだが、あまりに獣臭いのでずっと鼻をつまんで食うことになってしまった。
さて、今回はアタリか、ハズレか。
待っている間に履歴書に目を通しておいた。
名前はスラヤのケイジュ、ね。
こういう名乗りをするのは殻の外の集落出身者が多い。
そして外育ちの奴は大抵強い。
経歴も、でかい商団の護衛をやったり、傭兵団のリーダーをやったり、華々しいものばかりだ。
けど、長く同じ場所には留まれない気性なのか、どの役職も1年経たずに辞めている。
もしくは問題があるから追い出されたのか。
武術大会の槍部門で優勝経験もあり、魔法も使えると書いてあるし、能力だけ見れば大当たりだろうけど、どんなやつだろう。
履歴書の文字は貴族のおれと変わらないくらい綺麗で、几帳面そうな文字が並んでいる。
ホラ吹きの字ではない。
こちらもアタリなのか、ハズレなのか。
おれがじっくり履歴書を眺めていると、食堂のおばちゃんから呼ばれた。

「出来たわよ~!今日はエビフライ定食よ~!」

お、今日の定食はアタリだな。
おれは意気揚々と定食を受け取りに行った。

「で、でかくねぇかこのエビ?」

受け取ったトレーの上には、エビフライと、野菜の千切り、具が少しだけ浮かんだスープに、少し固くなったパンが乗っている。
その中でも目を引くのは人の掌くらいはありそうなエビフライだ。完全に皿からはみ出ている。
ジュワジュワと音を立てるきつね色の衣を、タルタルソースが流れ落ちて行く光景は犯罪的に食欲をそそった。

「このエビ、外海で獲れ過ぎたんですって。だから数量限定で出すことにしたのよ。あんた運が良かったわね!」

おばちゃんの言葉におれは深く頷いて、いそいそと席に戻って手を合わせる。
食前の祈りもそこそこに、おれは巨大エビフライにかぶりついた。
小気味いい音を立てて崩れる衣に、ぷりっぷりのエビの身。
そこにまろやかなタルタルソースが絡みつき、まさに至福の瞬間だ。
あまりに熱くてはふはふと口の中で湯気を逃すと、香ばしい衣の風味とソースの卵の風味、そしてエビから染み出した肉汁の味が渾然一体となっておれの口の中で素晴らしいマリアージュをしてくれた。
飲み込んでしまうのが惜しいほどだが、舌が貪欲に次を求めるので次の一口を頬張る。
あとで口の中が火傷でヒリヒリするかもしれないが構わない。
揚げ物は火傷するくらい熱いのが一番美味い。
基本的に殻都で食える食べ物というのは、全て人間が育てたものだ。
エビや魚もほとんどが養殖。
何故なら、野生の生き物とはすなわち在来種、人間がこの大地にやってくる前からこの大地に生きていた生き物だからだ。
在来生物はまだまだ未知の部分が多くて、迂闊に食えば何が起こるかわからない。
だから、殻都に住む人間は、人間とともにこの大地にやってきた生き物、牛とか、豚とか、鶏とかの家畜を食って生きている。
けど、このエビは、外海産。
つまり数少ない食べても安全な在来生物というわけだ。
エビとは言うけど、見た目と味が似ているだけで、きっとエビとは全く違う生き物なんだろうな。
おれが感慨深くなりながらじっくり味わっていると、殻都産のエビには感じられない風味を感じて胸が熱くなった。
これが、外海の味か。
まだまだおれには知らない味があるんだな。
いつか実際に水揚げされるところも見てみたい。
今回の仕事は北に行かなきゃいけないけど、次の仕事は南のユパ・ココに行きたい。
海沿いの観光都市らしいから、きっと美味しい魚が食えるはずだ。
おれはまだ見ぬ土地に思いを馳せながら、定食を平らげた。
大満足でふくれた腹を撫で、食後のコーヒーを楽しむ。
今日の定食は大当りだった。
この調子で、用心棒の件も大当りしてくれるといいんだけど。
食堂に人が増えてきた。
そろそろ履歴書の相手も来るはずなんだけど、席を空けたほうが良さそうだ。
待合室にでも行くか。
おれがトレーを返却していると、ギルドの職員に声をかけられた。

「ポーター・セドリック」

これはギルドにおけるおれの名前だ。
ギルドにはいろんな奴らが来るので、そんな場所で高らかに大貴族の名前で呼ばれてたらいらぬトラブルを招く。
だから表向きは子爵家の放蕩息子で、勘当されたから運び屋をやっているセドリックだと名乗っている。
ギルド長には真実を話して、偽名で活動することも許可を得た。
イングラム家は代々フォリオの元老院議長でもあるから、あまりいい感情を抱いていない市民も多い。
おれには精霊術があるし護身術も嗜んでいるので、大抵のゴロツキには負けないけど、それでも諍いは少ない方がいい。

「お前に客が来てるぞ。訳ありらしくて外で待ってる。灰色のフードの男だ」

「わかった。すぐ行く」

例のスラヤのケイジュだろう。
おれはしっかりとトランクを持ち直した。
雇い主なんだし、舐められないようにしないとな。

「今から商談か?だったら口の周りは拭いたほうがいい」

ギルドの男性職員はありがたいことにそんなアドバイスをくれた。
タルタルソースが付いていたらしい。


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