美月 ~芸能界の物語~

鎌倉結希

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【芸能界 デビュタント編】 第五章 ツバサプリンセス

44 矢野監督とのブランチ(発言注意)

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怪しく見られないために私は持ってきた『成功する人は毎朝ドーナツ一個を食べる』という本を読んでいた。距離ですべての話は聞き取れないが、その間子どもたちはソワソワしていたので矢野さんの奥さんは彼らを連れて周りを散歩しに行った。すると矢野さんはドラマの話に戻った。「浅井さん、もうちょっと撮影現場を見学するのはどうですか?」
  「見学ですか?」
  「僕は浅井さんの演技レッスンの動画を見て十分だと思ったけど、このドラマで浅井さんの出演時間は長くて、現場でいろんなことが起こると思うんです。浅井さんの主役デビューだから、できる限り経験をした方がいいと思うね」
  「……私はどうしたらいいですか」
  「学生だから、土、日、空いてる?」
  「あ、ツバサタウンの公演がない日なら大丈夫です」
  「あのアイドルですか。えっと、あとで僕にスケジュールを送ってください。僕はほかの監督にも連絡して、彼らの撮影現場に行って見学してもいいし、だれか紹介されたら浅井さんは彼らと話してもいい経験となるから……ねえ、知ってますか」
  「はい?」
  「撮影って、結構チームワークです。ただ自分の役割をして帰る俳優さんもいるが、このドラマはほかの県の撮影でそこに泊まることがある。だからスタッフと話して、技術的にそんなにわからなくてもいいけど、彼らと馴染んで働いた方が緊張しないですね」
  そっか。

  さっき頼んだドリアが来ると、矢野監督は続いてドラマのテーマと演技の方向を説明していた。家族や学校にも問題がある主人公の女子高生は、そのあと自分が誘拐されても妙にましだと思う。初めての恐怖はなぜか開放感となって、徐々に本当の気持ち、自分はだれかと気づくことを描写するストーリーだった。そして彼は追加した。「自分と社会や、社会にいることより、自分は本当に社会の一部かという話だ……だってただ墨田に誘拐されてたった一、二時間、車に乗ることで、急に浅井さんの役が自由と感じて、社会と自分がもし本当に一緒なら、一、二時間の運転で離れられるのかって、あり得ないでしょ?」
  美月がうなずくと言った。「えっと、海外ではもっと自由な印象がありますが。これはそういう風な……」
  「あ、どうだろうな。これはアメリカだっけ」
  矢野さんに、墨田さんはクラブサンドを食べながら言った。「でしょ、お前はずっとそこにいたから」
  矢野さんは答えた。「僕はね、都会に住んでいてそんなにわからないけど、大きな国だから、州から州まで運転してみると山と木々の地帯も広いし、何キロも続く砂漠しかないところもあるね。アメリカ人は日本人よりたまに乱暴的に見えるのはこれ故かな……自分は社会にいない感じって」
  「どういうことですか」美月が聞いた。
  「もし日本なら、どこでも人がいるでしょ、だから自分は『社会』の一部分って感じるのはしょうがない。でもアメリカってそんなに人が密集してなくて、精神的な影響はね、もし相手が偉そうなことをしたら、お前なに?という態度がある。社会ってだれかのものじゃないし、振り向いたら見果てない砂漠とかあって、窮屈な社会の現状を認めるより、なにがあっても大自然は自分の味方だから、認めない。だから自分は戦うべきことがあったらするって……これはさ、どこかの国のことじゃないね、どこでもだ、日本にも、ただ人が多すぎては気づかないだけだ。このことはドラマで伝えたいのです」
  そう美月は矢野さんとしばらく話すと、墨田さんは言った。「おい、そんなこと俺もわからないよ、しかも浅井さんはまだ高校生だ。彼女はそのままの演技をさせていいじゃない?どうせお前はもう彼女をえらんだから」
  「浅井さんはお前じゃないから、彼女はちゃんと説明を聞いてるよ」
  「そう?」
  矢野さんは笑った。「お前は台本を読まなくても、酒飲んでも、すごい演技ができて、日本でみんなは『墨田メソッド』と呼んだっけ」
  「台本読んでるよ!なにバカなことを言ってんの……でもよく見たね、ああいう厳しく役を勉強するメソッドって、結局みんなの演技は小学校の芝居にしか見えないよ。もし役が自分から逃れるのを握って演技したら、それはまだ自分じゃないでしょ。自分でも役を信じないならどうやって視聴者が信じるのか」
  一瞥すると、墨田さんは演技派だと前に美月が言ったからか、今彼女は彼の言葉にじっと集中していそうだ。そして矢野さんは言った。「お前は聞いたことある?才能のある人は標準を作る、無能な人はそれをルールにして従うって。真面目でルールに従いすぎて才能がないかも見れるね。だからお前が言った俳優たちのこともね」
  「あー、だから俺は天才という意味だっけ」
  「ある程度……いい人は自分が天才と言うか」
  墨田さんは笑った。「俺はいい人って言ったことないよ……そう言えばさ、最近日本人は厳しいね」
  「なんで?」
  「俺のことは別にいいけど、三日前?五十嵐新もそうでしょ、みんなは『謝れ!』って言って正義感に溢れてるね。なにかの犯罪ならいいけど、浮気するなんて、やってるのは男の過半数だよな。五十嵐はそんなに女あそびしないのに、ニュースのサイトで『謝れ!』と言うコメント主、男か女かわからないけど、頭が大丈夫な男はそう言わなさそうだから女のだと思う。そんな女ってさ、日常に『女しか付き合わない』主義で生きて修道女になるか、旦那はどのくらいふらふらしてるか気づかなくて自分のおマコを守ってるのは貴いね」
  矢野は笑った。「……浅井さんがいるよ、お前」
  墨田は美月を見た。「あ、ごめんなさい。思い出して怒ってるんだ。男ならさ、『男しか付き合わない』と言うなんて聞いたことはないね。大っぴらにやり放題のやつらじゃないなら、地味な奥さんよりどこかの美人を妄想して、天が優しく機会を与えたら運命だと見てやるやつらなんだ。こういう人はコメント欄に正義感を振りかざしているのか?偽善者だろ!」
  墨田義道よしみちの奥さんの難波佐智子さんは美人女優だが、週刊誌に載せられたのは彼がグラビアアイドル大城梨奈をホテルに連れていった写真で、それは五人目だと記事が書いた。今その女の人はどうなったかわからないけど。


  ブランチのときから美月はだれかとメッセージでやり取りしてたみたいで、そのあとレストランを出て十二時半くらいに私たちは集合すると、それは米沢さんからだったそうだ。前から言っていた秋山るかという女優さんとの食事より、親しみのある先輩のお笑い芸人と韓国料理のパーティーの話で、午後に行ってもいいかと美月は聞くと、私は答えた。「いいでしょ、せめてコネも広がるし」
  美月はため息をついた。「彰くんといたいけどね」
  「いいよ。ねえ、美月」
  「うん?」
  近くにだれもいないと見ると、私は続けた。「私といるのはいいけど、昨日一緒にいたとき……もういっぱい声を出して、疲れたかと思った」
  美月はすぐに赤らめた。「そんなことじゃないよ、バカ!」
  実はそこまでなにもしていなかったが。

  東京に来る前に宇都宮さんと連絡して、もう会わないことにしたからそのとき返事をあまり期待していなかったが、彼女にいつもの品川でのカフェで会ったらいいかと聞かれてちょっと驚いた。『空いてますか』
  しばらく待つと、彼女のメッセージが来た。『うん、学生はキャンセルしたね』
  実はこのカフェはスタバの隣だったが、雰囲気やメニューのおかげか相変わらず人がいた。急に美月がパーティーに行ったから宇都宮さんと会うことになって、今日のブランチのことを伝えて彼女はよく笑顔でうなずいてくれた。そして彼女は私の飲み干したアイス抹茶ラテを見るともっとなにか飲むかと聞いた。「いいえ、いいです。もういっぱい甘いものを飲んだから」
  彼女はカウンターのメニューを見た。「お茶は?」
  まだ花のあるお茶は私の前にあった。

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