43 / 57
第四章 スカウト(下)
33 鏡には女の私
しおりを挟む
(美月の視点で)
夏休みの終わり近くに、津の川で恒例の花火大会が行われていた。一年って早いと言えるんだね。
肌襦袢から着ている浴衣に腰紐、あとは胸紐をしてその上に帯を結んで、雨縞のある紺色の浴衣それは、鏡で見るともう大丈夫だと思った。そして簡単に結った髪型をしたあと部屋のノックする音が聞こえて、お母さんだった。「……できる?」
「はい」
お母さんは聞くと、近くに見にきて彼女は長くえーと言った。「今回はちゃんと着れてるね、みーちゃん!」
「これくらいはできるよ。だって私はもう子どもじゃないの」
十六歳って、まだ子どもかな。
「みーちゃんがきれいに見えないならお母さんは困るのよ。お父さんもそろそろできているから、下に降りてきてね」
お兄ちゃんは友だちと一緒で別行動なので、リビングに集合して出かけたのは祖父母、両親と私の五人だった。
津の川が一駅くらい離れて、お父さんは近くの駐車場に着くと、そこから私たちは海岸の前まで歩いた。普段こんな時間は暗かったが、今そこで派手な色の暖簾が明るくならんでいた。多くの屋台をまわったときにはもう人が多くて賑やかで、やっと川沿いの階段に空いているところを見つけると私たちは一緒にすわった。花火を打ち上げる場所が対岸でちょっと遠くにあった。
私の誘いか、普段益田での花火大会に行ったそうだが、その日成白高校の友だちもここに来ていた。もう着くとメッセージをもらったあとリンゴ飴の店で彼女に会いに行って、私を両親に紹介すると彼女は言った。「みったんはきれいね。さすがの女優さんだ」
「え、まだなにもしてないの、愛ちゃん」
そして彼女のお母さんは言った。「いつも愛理から美月ちゃんのことを聞いていて、おばさんも応援しているよ」
恥ずかしい……
毎年出店するおいしい唐揚げの店をおすすめしたあと、別れるとき二人の中学校時代の友だちにも会って、しばらくしゃべると携帯の通知に気づき、私は通行止めの橋に歩いた。
多分この橋から夜景を見られるのでちょっと混んでいて、人の流れを避けながら、遠くの手すりに彰くんは川に向いて立っていた。振り向いて私を見ると彼は微笑んだ。「こんばんは、美月」
「こんばんは!でも、一人で?」
「おばあちゃんといるんだけど」
「そっか。今年は浴衣じゃないの?」
「なんでみんなそう聞くか」
「みんな?」
「え、うん」
彼は頭を振った。去年まで彰くんは浴衣を着たけど、今彼はジーンズとシャツの姿で、多分浴衣じゃないのは私が彼のことをかわいいと言ったせいかな。
中二の夏に初めてここで彰くんと一緒に歩いて、去年もそうして花火大会で会うのが私たちの習慣となった。八時くらいの何千発の華やかな花火を待っている間に、私たちは橋から川沿い道に戻った。ここには店が多いわけではないが賑やかだった。ゆっくりとまわって射的の店で的を狙っている人から、近くの店で金魚をすくっている子どもたちを見ながら、二年前のことを覚えているかと私は聞いた。「彰くんは金魚すくいって誤解したの」
「うーん」
「『救いではないでしょ』とずっと言って、取るの掬いと助けるの救いと勘違いして、なんか面白かったね」
「もういいよ」
彰くんのうるさがった顔に私は微笑んだ。「ただかわいいの……あ、そう言えば、私が有名になるなんて、彰くんはずっと前から言ったでしょ」
「なんで」
「当たってるかな」
「それは自分次第でしょ」
「うん、まだわからないね。話したのってさ、事務所がイメージモデルのオーディションを受けさせたいけど。そうできたらいっぱい東京に通うと大変だね」
「……多分そろそろ引っ越すじゃない?」
「え?私はそんなに売れる?」
そして女子の声が聞こえた。
「美月ちゃん!あ、彰くん!」
振り向くと私たちの方へ歩いてきたのは紗季ちゃんだった。かわいいピンク色の花柄の白い浴衣姿の彼女は、彰くんと私とここの店のことをしゃべってから、今年彼女の家も出店したと聞いた。「あの焼き……ソーセージのお店?やっぱり紗季ちゃんの会社のだよね。でもなぜその店にしたの?」
紗季は答えた。「出店料が安いし、いい機会ね。ソーセージと焼肉に漬物をセットにして、漬物の冷凍のパックも売ってるんだ……店で肉を焼いていたのはマネージャーの和田さんと息子ね」
「そっか。すごい!」
ゲームの話で紗季ちゃんと彰くんは『ニビキ』のことをしゃべると、友だちのところに戻る前に紗季ちゃんは笑顔で言った。「美月ちゃん、彰くんと一緒にいるでしょ。任せるね」
……うん?
遠くから三、四人の紗季ちゃんの友だちが、彰くんへみたいにこちらに手を振った。いろんな色の綿飴と隣の焼きそばの作り方を見てから、一緒に河口の方に歩くと私は言った。「かわいい女の子たちね……私がいない間に彰くんは人気者になったかな」
「友だちだよ」
「本当?」
「うん、美月の方が人気でしょ」
「ぜーんぜん。だれか私に告白したら私は君にビュッフェを奢るよ……でもね、女優になる、芸能界に入るって君は本当にいいと思うの」
「いいでしょ、成功したら普通の仕事より収入は何十倍か……美月はあまり力がないと言ってたけど、一発で試したいなら芸能界じゃない?」
「でもまだ曖昧ね……」
「失敗なんてしないよ」
「え?」
彼は私に微笑んだ。「まあ、感じるだけね……でもさ、その道に踏み出したらすごい勇気が必要だろう、ただここにいるより。どうなっても、美月の心のなかにまだその勇気を抱いているなら、損だと言えないよ」
「そうなの」
彼はうなずいた。「今まで人は旅のなかで、躊躇するような無駄がないし、先の道へ進むしかできないって……父はたまに私に言ったね。美月の不安もわかるけど、自分で将来をつかみたいと思ったら今はそんなときじゃないかな」
「わかった」
そしてビールを飲んでいるお父さんとおじいちゃんのおつまみを買うことを思い出し、私は彰くんと別れた。
八時十分で予定通りに川の対岸から花火の打ち上げがはじまった。カラフルな花火から周りの人を見ると、ある家族の小さな子どもがお菓子を食べながら明るくなった夜空を指差して、両親と楽しくしゃべっていた。
この大勢のどこかに彰くんはいるはずだが、薄暗さで彼の姿は見えなかった。空中の花火の明かりを見て、少し心細く感じるのは私だけかな。
―――――――――――――――――――
第四章『スカウト』、そして『島根編』の終わり。
次の章、美月が芸能界を歩み始めます!
夏休みの終わり近くに、津の川で恒例の花火大会が行われていた。一年って早いと言えるんだね。
肌襦袢から着ている浴衣に腰紐、あとは胸紐をしてその上に帯を結んで、雨縞のある紺色の浴衣それは、鏡で見るともう大丈夫だと思った。そして簡単に結った髪型をしたあと部屋のノックする音が聞こえて、お母さんだった。「……できる?」
「はい」
お母さんは聞くと、近くに見にきて彼女は長くえーと言った。「今回はちゃんと着れてるね、みーちゃん!」
「これくらいはできるよ。だって私はもう子どもじゃないの」
十六歳って、まだ子どもかな。
「みーちゃんがきれいに見えないならお母さんは困るのよ。お父さんもそろそろできているから、下に降りてきてね」
お兄ちゃんは友だちと一緒で別行動なので、リビングに集合して出かけたのは祖父母、両親と私の五人だった。
津の川が一駅くらい離れて、お父さんは近くの駐車場に着くと、そこから私たちは海岸の前まで歩いた。普段こんな時間は暗かったが、今そこで派手な色の暖簾が明るくならんでいた。多くの屋台をまわったときにはもう人が多くて賑やかで、やっと川沿いの階段に空いているところを見つけると私たちは一緒にすわった。花火を打ち上げる場所が対岸でちょっと遠くにあった。
私の誘いか、普段益田での花火大会に行ったそうだが、その日成白高校の友だちもここに来ていた。もう着くとメッセージをもらったあとリンゴ飴の店で彼女に会いに行って、私を両親に紹介すると彼女は言った。「みったんはきれいね。さすがの女優さんだ」
「え、まだなにもしてないの、愛ちゃん」
そして彼女のお母さんは言った。「いつも愛理から美月ちゃんのことを聞いていて、おばさんも応援しているよ」
恥ずかしい……
毎年出店するおいしい唐揚げの店をおすすめしたあと、別れるとき二人の中学校時代の友だちにも会って、しばらくしゃべると携帯の通知に気づき、私は通行止めの橋に歩いた。
多分この橋から夜景を見られるのでちょっと混んでいて、人の流れを避けながら、遠くの手すりに彰くんは川に向いて立っていた。振り向いて私を見ると彼は微笑んだ。「こんばんは、美月」
「こんばんは!でも、一人で?」
「おばあちゃんといるんだけど」
「そっか。今年は浴衣じゃないの?」
「なんでみんなそう聞くか」
「みんな?」
「え、うん」
彼は頭を振った。去年まで彰くんは浴衣を着たけど、今彼はジーンズとシャツの姿で、多分浴衣じゃないのは私が彼のことをかわいいと言ったせいかな。
中二の夏に初めてここで彰くんと一緒に歩いて、去年もそうして花火大会で会うのが私たちの習慣となった。八時くらいの何千発の華やかな花火を待っている間に、私たちは橋から川沿い道に戻った。ここには店が多いわけではないが賑やかだった。ゆっくりとまわって射的の店で的を狙っている人から、近くの店で金魚をすくっている子どもたちを見ながら、二年前のことを覚えているかと私は聞いた。「彰くんは金魚すくいって誤解したの」
「うーん」
「『救いではないでしょ』とずっと言って、取るの掬いと助けるの救いと勘違いして、なんか面白かったね」
「もういいよ」
彰くんのうるさがった顔に私は微笑んだ。「ただかわいいの……あ、そう言えば、私が有名になるなんて、彰くんはずっと前から言ったでしょ」
「なんで」
「当たってるかな」
「それは自分次第でしょ」
「うん、まだわからないね。話したのってさ、事務所がイメージモデルのオーディションを受けさせたいけど。そうできたらいっぱい東京に通うと大変だね」
「……多分そろそろ引っ越すじゃない?」
「え?私はそんなに売れる?」
そして女子の声が聞こえた。
「美月ちゃん!あ、彰くん!」
振り向くと私たちの方へ歩いてきたのは紗季ちゃんだった。かわいいピンク色の花柄の白い浴衣姿の彼女は、彰くんと私とここの店のことをしゃべってから、今年彼女の家も出店したと聞いた。「あの焼き……ソーセージのお店?やっぱり紗季ちゃんの会社のだよね。でもなぜその店にしたの?」
紗季は答えた。「出店料が安いし、いい機会ね。ソーセージと焼肉に漬物をセットにして、漬物の冷凍のパックも売ってるんだ……店で肉を焼いていたのはマネージャーの和田さんと息子ね」
「そっか。すごい!」
ゲームの話で紗季ちゃんと彰くんは『ニビキ』のことをしゃべると、友だちのところに戻る前に紗季ちゃんは笑顔で言った。「美月ちゃん、彰くんと一緒にいるでしょ。任せるね」
……うん?
遠くから三、四人の紗季ちゃんの友だちが、彰くんへみたいにこちらに手を振った。いろんな色の綿飴と隣の焼きそばの作り方を見てから、一緒に河口の方に歩くと私は言った。「かわいい女の子たちね……私がいない間に彰くんは人気者になったかな」
「友だちだよ」
「本当?」
「うん、美月の方が人気でしょ」
「ぜーんぜん。だれか私に告白したら私は君にビュッフェを奢るよ……でもね、女優になる、芸能界に入るって君は本当にいいと思うの」
「いいでしょ、成功したら普通の仕事より収入は何十倍か……美月はあまり力がないと言ってたけど、一発で試したいなら芸能界じゃない?」
「でもまだ曖昧ね……」
「失敗なんてしないよ」
「え?」
彼は私に微笑んだ。「まあ、感じるだけね……でもさ、その道に踏み出したらすごい勇気が必要だろう、ただここにいるより。どうなっても、美月の心のなかにまだその勇気を抱いているなら、損だと言えないよ」
「そうなの」
彼はうなずいた。「今まで人は旅のなかで、躊躇するような無駄がないし、先の道へ進むしかできないって……父はたまに私に言ったね。美月の不安もわかるけど、自分で将来をつかみたいと思ったら今はそんなときじゃないかな」
「わかった」
そしてビールを飲んでいるお父さんとおじいちゃんのおつまみを買うことを思い出し、私は彰くんと別れた。
八時十分で予定通りに川の対岸から花火の打ち上げがはじまった。カラフルな花火から周りの人を見ると、ある家族の小さな子どもがお菓子を食べながら明るくなった夜空を指差して、両親と楽しくしゃべっていた。
この大勢のどこかに彰くんはいるはずだが、薄暗さで彼の姿は見えなかった。空中の花火の明かりを見て、少し心細く感じるのは私だけかな。
―――――――――――――――――――
第四章『スカウト』、そして『島根編』の終わり。
次の章、美月が芸能界を歩み始めます!
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる