美月 ~芸能界の物語~

鎌倉結希

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第四章 スカウト(下)

30 中二の彰が、美月の兄と初めて酒を飲んだ話

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地海駅を通って古園ふるぞの駅にある直弥さんの友だちのお父さんが所有する三階建てビルは、会社だけど、休日なのでだれもいなかった。直弥さんを含む五人は大学生やもう働いている人もいたが、年上の彼らといてちょっと違和感がないのは中学二年生から数回会ったことがあるからかもしれない。そのときまだ十四歳の私は缶チューハイをピーチジュースだと女子の金澤さんに騙されて飲んで、酔ったのは長いこと笑い話になっていた。
  この建物は普段、彼らが音楽を再生してスナックを食べてしゃべっているところだった。中学二年生で初めて私が来たとき、六月末に菅野への暴力で私は職員室に呼ばれた直後で、直弥さんはその先生と親交があってその事情を聞いて私を褒めたあと、友だちに伝えたそうだった。そして彼らといると、チューハイを飲まされる前に私はあの日の言葉をまた言うのを頼まれた。「どれですか」
  私がそう聞くと、ソファにすわってビールの缶を持っていた直弥さんはうなずいた。実はそのとき高校三年生の彼はまだ飲めなかったが。直弥さんは言った。「『これは日本の文化か』みたいって」
  「え、えっと」
  「いいよ。横山先生もいいと言ったんだよ。やっと菅野のお母さんにこんなことを吐いただれかがいるなんて、ましだ……言葉を覚えてない?」
  「ちょっとは覚えてますが」
  直弥さんとほかの四人の友だちに見られながら私は言った。
  「……目の前に悪いことがあるのに、見ないふりをして、しかもほかの人のせいみたいにして……これは日本の美しい文化ですか」
  突然、丸刈りの男のウェスさんはパソコンの近くからブラーボ!と叫んだ。ウェスは彼のニックネームだった。曲のプレイリストをアレンジしていた彼は、そんな大きな声なのは音楽がうるさかったせいかわからないけど。彼は続けた。「いつもこんな人たちは日本はこう、日本人はこうと言うかな。日本はあいつらのものみたいだし、俺ならクソだから日本人じゃないね。日本人なんて年収が一千万円ないなら声がないんだ」
  ギャルっぽい、チューハイはジュースだと騙した女の金澤さんは言った。「一千万円なんて超えたでしょ、君は。だって一ヶ月二百万円は儲けると言ったっけ」
  「あれはオヤジなんだ!」
  ここはウェスさんのお父さんの害獣駆除会社だった。
  直弥さんと一緒に休憩コーナーのソファにすわった髪の毛が長い方の男の杉長さんは言った。「でも俺らは日本人じゃないかな」
  「なんで」ウェスさんは聞いた。
  「えー、日本人なんてスーツを着て敬語をいっぱい飛ばす人たちでしょ。俺はそんなに丁寧にするのは嫌だし、仕事から早く家に帰りたいし。お前らといて楽しいけど、東京みたいにね、そんな人たちと知り合ったら付き合えないじゃないかと思うんだ」
  直弥さんは笑った。「お前は大丈夫よ、変なのはあいつらだ」
  杉長さんは続けた。「そう言えばさ、もし直弥はそんなエリートな大学に入って、法学部だよね、弁護士になったらすごい偉いんだ。そのとき俺らとあそんでいいのか」
  「どういう意味?まだ遠いよ」直弥さんは答えた。
  「いや、お前は頭がめっちゃいいから、どこかに入れるはずだ。有名な弁護士になると田舎のヤンキーなんて関わると知られたらよくないな」
  そう彼が言うとみんなは笑った。そして直弥さんは言った。「そんなことないでしょ。多分東京?の空気になんかがあるね、接触すると高慢ちきになるのはさ……いたら俺もそうなるかわからないね。でも有名な大学に入れたら、もっと簡単に女をゲットできそうだからよくない?」
  冷蔵庫から戻った女の井上さんが言った。「やばいな。かなちゃんはどこ?」
  「過去」
  と直弥さんはビールを飲むと言った。


  もう高校一年生の夏休みで昔のことはあまり伝えたくないが、美月に聞かれて中学二年生のときの職員室の話と、そのときの直弥さんたちのことも話した。
  直弥さんの話から私たちはスカウトの話に戻ると、思い出したように私がだれが好きか見た目でわかるって本当かと美月は聞いた。「この前彰くんが言ったね」
  「え、ちょっと」
  「どうやって?」
  「……この前美月に言ったでしょ。人って、ただ彼らを見るといろいろ感じるから。それはそんなに特別じゃないけど」
  「え、特別だよ。だって初めて会う人でも彰くんはそんなにわかるって」
  「気のせいかもしれない」
  美月は眉をひそめた。「そう?……でも相手が好きなら彰くんはどうする、壁ドン?」
  「なにそれ」
  「えっと、ジョークかな。私の学校でひなちゃん、石田の話だ、中学校で彰くんと仲良しだったね。彼女が紗季ちゃんから聞いたかな、彰くんは外国出身だから、高校でだれか好きなら躊躇なく壁ドンすると言ったんだ。」
  紗季の噂はそこまで届いたか。「それはバカだよ!」


  でも紗季のこと、私はなにを思っているのか……

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