2 / 8
真昼の月と、再会のくちづけ
しおりを挟む
「ルーナ、本当にこれでいいの?」
ウミガメのリティが心配そうに問う。
ルーナは今、リティと連れ立って陸近くの海面に顔を出していた。
「いいのよ。私は、クレアさえ助けられればそれでいいのだから」
「でも……」
泣きそうになったリティを見てさすがに心が咎めるが、もう決めたのだ。
「王子は来てくれるかしら……」
「大丈夫だよ、ルーナ。あんなに何度も手紙をくれてたじゃない。会いたい、って」
「そうだけど……」
「ほら、そろそろ約束の刻限だよ」
ルーナはリティに別れを告げると、意を決して陸へ上がった。彼を助けたとき以来、六年ぶりの上陸だ。
握りしめていた掌を開くと、そこにはルーナの瞳と同じ赤珊瑚色をした液体の入った小瓶がある。
栓を引き抜き、いっきに呷った。やがて体が――特に鱗に包まれた下半身が熱くなり、頭が朦朧としてくる。
(――熱い。怖い……!!)
体が痙攣し、自然と涙が溢れてきた。
ルーナが今口にした魔法薬――人間の足を得る魔法薬は、そこまで危険なものではない。永続的に効果が続くわけではないが、死の危険があるようなものではない筈だ。
それでも、今まで病気ひとつしたことのないルーナにとって、自らの体の変化はとても恐ろしく感じられたのだ。
(クレア……! 私を護って……!)
体が更に熱くなり、意識を保てそうにない。波打ち際に体を横たえたルーナは、そのまま意識を失ったのだった。
「ん……んぅ……」
くちびるに、何か温かいものが触れている。とても――心地がいい。
ルーナはうっとりとして、意識が戻ったのちも目を伏せていた。ルーナの体を、すんなりと伸びた両脚をさらう波が、さぁさぁと音をたて寄せては返す。
触れられているのが人のくちびるだと気づいたのは、ちゅ、ちゅ、と角度を変えてくちづけられ始めてからだ。
(だ……誰?)
さすがに意識がはっきりとする。慌てたルーナは身を引こうとするも、今度は両のくちびるの隙間を縫って、ぬるりと温かい塊が侵入してきた。
「んく……ん……ん……」
上顎の内側を刺激され自然と唾液が溢れる。それを今度は、音をたてて情熱的に吸われた。
(だめ……私は王子を……レナートさまを……)
ふたたび混濁しそうになる意識のはざまで、その名を思い出した。ルーナは瞳を見開いて、相手を見定めようとした。
「……!」
浅瀬の海と同じ澄んだアクアマリンの瞳が、静かな情熱をたたえてルーナを見つめている。あの日助けた彼と瞳を交わした時のことが、まざまざと思い出される。
ルーナはふたたび瞳を閉じた。これが彼ならば――なにも恐れることはないのだ。
舌を絡め、貪られ、ルーナは必死にそれに応えた。何度も何度も、深いくちづけを交わし合う。
やがて。ようやくくちびるを離したその人物は、やはりあの時ルーナが助けた彼だった。そして、二年前からはリティを通して手紙を寄越してくれていた彼――海辺の国サイナールの王子・レナートだ。
「やっと逢えたね……! この脚、僕のためなんだよね?」
身を離したレナートが、開口するなり感極まったように告げる。それはルーナとて同じだった。
「ええ。私も逢いたかった……」
ルーナがそう応えると、レナートはやさしくルーナを抱きしめてくれた。そうして、こう言ったのだ。
「僕のところへ来てくれるよね? ……クレア」
ルーナは胸の痛みをこらえながら、だがはっきりと応えて言った。
「はい。レナートさま」
その上空にはあの日と同じ、昼間の三日月が輝いていた。
ルーナは王子――レナートのマントに包まれ、抱きあげられた。
「あ、歩けるわ……」
「きみは足を得たばかりじゃないの? 無理はしないほうがいいよ。それに……」
「それに?」
首を傾げるルーナに、レナートはいたずらっぽく微笑んで言った。
「悪いがドレスを忘れたんだ。きみの美しい素足を、人目に晒したくない」
美しいと言われ頬を赤く染めたルーナをレナートは抱きかかえたまま、海沿いの道に停めた馬車まで運んだ。
そして馬車は一路、王宮へと向かったのだった。
ウミガメのリティが心配そうに問う。
ルーナは今、リティと連れ立って陸近くの海面に顔を出していた。
「いいのよ。私は、クレアさえ助けられればそれでいいのだから」
「でも……」
泣きそうになったリティを見てさすがに心が咎めるが、もう決めたのだ。
「王子は来てくれるかしら……」
「大丈夫だよ、ルーナ。あんなに何度も手紙をくれてたじゃない。会いたい、って」
「そうだけど……」
「ほら、そろそろ約束の刻限だよ」
ルーナはリティに別れを告げると、意を決して陸へ上がった。彼を助けたとき以来、六年ぶりの上陸だ。
握りしめていた掌を開くと、そこにはルーナの瞳と同じ赤珊瑚色をした液体の入った小瓶がある。
栓を引き抜き、いっきに呷った。やがて体が――特に鱗に包まれた下半身が熱くなり、頭が朦朧としてくる。
(――熱い。怖い……!!)
体が痙攣し、自然と涙が溢れてきた。
ルーナが今口にした魔法薬――人間の足を得る魔法薬は、そこまで危険なものではない。永続的に効果が続くわけではないが、死の危険があるようなものではない筈だ。
それでも、今まで病気ひとつしたことのないルーナにとって、自らの体の変化はとても恐ろしく感じられたのだ。
(クレア……! 私を護って……!)
体が更に熱くなり、意識を保てそうにない。波打ち際に体を横たえたルーナは、そのまま意識を失ったのだった。
「ん……んぅ……」
くちびるに、何か温かいものが触れている。とても――心地がいい。
ルーナはうっとりとして、意識が戻ったのちも目を伏せていた。ルーナの体を、すんなりと伸びた両脚をさらう波が、さぁさぁと音をたて寄せては返す。
触れられているのが人のくちびるだと気づいたのは、ちゅ、ちゅ、と角度を変えてくちづけられ始めてからだ。
(だ……誰?)
さすがに意識がはっきりとする。慌てたルーナは身を引こうとするも、今度は両のくちびるの隙間を縫って、ぬるりと温かい塊が侵入してきた。
「んく……ん……ん……」
上顎の内側を刺激され自然と唾液が溢れる。それを今度は、音をたてて情熱的に吸われた。
(だめ……私は王子を……レナートさまを……)
ふたたび混濁しそうになる意識のはざまで、その名を思い出した。ルーナは瞳を見開いて、相手を見定めようとした。
「……!」
浅瀬の海と同じ澄んだアクアマリンの瞳が、静かな情熱をたたえてルーナを見つめている。あの日助けた彼と瞳を交わした時のことが、まざまざと思い出される。
ルーナはふたたび瞳を閉じた。これが彼ならば――なにも恐れることはないのだ。
舌を絡め、貪られ、ルーナは必死にそれに応えた。何度も何度も、深いくちづけを交わし合う。
やがて。ようやくくちびるを離したその人物は、やはりあの時ルーナが助けた彼だった。そして、二年前からはリティを通して手紙を寄越してくれていた彼――海辺の国サイナールの王子・レナートだ。
「やっと逢えたね……! この脚、僕のためなんだよね?」
身を離したレナートが、開口するなり感極まったように告げる。それはルーナとて同じだった。
「ええ。私も逢いたかった……」
ルーナがそう応えると、レナートはやさしくルーナを抱きしめてくれた。そうして、こう言ったのだ。
「僕のところへ来てくれるよね? ……クレア」
ルーナは胸の痛みをこらえながら、だがはっきりと応えて言った。
「はい。レナートさま」
その上空にはあの日と同じ、昼間の三日月が輝いていた。
ルーナは王子――レナートのマントに包まれ、抱きあげられた。
「あ、歩けるわ……」
「きみは足を得たばかりじゃないの? 無理はしないほうがいいよ。それに……」
「それに?」
首を傾げるルーナに、レナートはいたずらっぽく微笑んで言った。
「悪いがドレスを忘れたんだ。きみの美しい素足を、人目に晒したくない」
美しいと言われ頬を赤く染めたルーナをレナートは抱きかかえたまま、海沿いの道に停めた馬車まで運んだ。
そして馬車は一路、王宮へと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
577
あなたにおすすめの小説
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる