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第一章 淫魔の王と淫夢《ゆめ》みる聖女

╰U╯Ⅷ.淫魔王の愛人

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   † † †

 空が夕闇に染まる頃、ミオリは淫魔国マ・クバス=イオスの王宮に迎えられた。
 挨拶もそこそこにウォルフスとは引き離され、侍女たちに全身を清められる。

 そのまま、王宮内の奥まった一室に連れてこられた。他より扉の装飾が立派な部屋だ。
 裏腹に室内は落ち着いた内装ながら広々としており、長椅子に腰かけたミオリはきょろきょろと辺りを見回した。

 何より目に付くのは、大きな天蓋つきの寝台だ。立ち上がって近づいてみると、かすかに覚えのある香りが鼻をくすぐった。

(ウォルフスの匂いがする……。ここは、ウォルフスの部屋なの?)

 彼は自分を愛人にすると言った。だからここに連れてこられたのだろうか。
 愛人とはどんなものなのかよくわからないが、もしかして。

(……もしかして、肉の棒をもらえるのかしら)

 期待に胸が弾んでしまう。
 だが、楽観視は禁物だ。彼はあれほど「肉の棒はやらん」と言っていたではないか。

 そこへ、ウォルフスが入ってきた。彼も湯を使ったのか、こざっぱりとした恰好をしている。

「ウォルフス」
「ミオリ。そんなとこに突っ立って、もう眠いのか?」
「いいえ」
「そりゃよかった。晩飯を運ばせるから、少し待ってろ」

 ほどなくして、侍女が荷台に載せた晩餐を運んできた。
 ソラマメのスープや、辛そうな赤い骨付き肉。香辛料の香る炒め物に、ライ麦のまぶされた堅いパンなどが並んでいる。

 ウォルフスは真っ先に骨付き肉に手を伸ばし、かぶりついた。

「ミオリ、お前も食え。遠慮はいらんからな?」

 ミオリはスープの皿に手を伸ばし、匙で口に運んだ。塩味とほのかな甘みが、旅疲れした体に染み入る。

「美味しい……」
「サウラ=ウルの料理は薄味だろう? あれはどうにもな。マ・クバスの料理は旨いぞ、これからどんどん食わせてやる」

 国に帰ってきて上機嫌なのか、ウォルフスはよく喋った。荒野でミオリたちを出迎えた男のことも紹介される。

「エルシオは、俺を長年たすけてくれてる宰相だ。王になる前からの付き合いで……ま、腐れ縁ってやつだな」
「エルシオ様は、わたしのことをよく思っていないのかしら」

 ミオリは不安げに尋ねる。対面した際のエルシオの様子が気にかかっていたのだ。

「ん? ああ……アイツに気に入られるのは至難の業だ。気難しい奴だからな。ま、気にすんじゃねぇよ」
「そう……。ねぇ、ウォルフス」

 ミオリはもうひとつ、気になっていたことを尋ねることにする。

「何だ?」
「愛人って、何をすればいいの?」

 ウォルフスは大きく肉を咀嚼し、一口に呑み込んだ。

「ああ――あれは方便だ」
「方便?」

 ウォルフスは骨を皿に置くと、水の入った椀で指を洗い、そして言った。

「悪いがお前には、この王宮を自由に歩かせるわけにはいかねぇ。一番安全なのは俺のかたわらだ。だからしばらくは俺の部屋で――ここで暮らすんだ」
「えっ」

 ミオリは驚き、ウォルフスを真っ向から見つめる。

「だから、愛人てのは周りを納得させるための方便だ」
「嘘……なの?」
「そう……」

 ミオリは肩を落とした。なんだか、ウォルフスとの距離が遠くなった気がする。

「何しょんぼりしてんだよ。愛人なんて、ろくな立場じゃねーぞ?」
「あなたの愛人でも?」

 ウォルフスは指で口を拭うと、当然とばかりに答える。

「そりゃそーだろ。正妃どころか側妃でさえないんだからな」

 そこまで聞いて、ミオリは思い至った。

「ウォルフスにはお妃様はいないの?」
「なんだ、気になるのか?」

 ウォルフスが喉の奥で笑う。なんとなく馬車の中からこっち、彼に余裕があるような気がする。

「気になるわ。『愛人』なんでしょう? わたし」
「ま、そうだな。……妃はいねぇし、作る気もねぇ」
「……!」

 ミオリはまじまじとウォルフスを見つめた。

「どうして? 王様でしょう?」

 ウォルフスはパンをちぎって口に放り込みながら、説明する。

「人間にゃ理解できないかもしれねえが、淫魔は実力主義だ。血統も必要じゃないとは言わないが、それよりも実力だな。だから俺は、才覚ある子供を見つけたら養子に取ろうと思ってる」
「そうなの」
「匙が止まってるぞ。もっと食って体に肉を付けろ。痩せっぽちじゃ男に相手にされないぞ」

 だがミオリは匙を置いた。

「ウォルフスもそう思った? わたしの体……」
「……っ」

 ウォルフスはぎくりとして目を見開いた。

「見たでしょう、わたしの体。ねぇ、もっと胸やお尻が大きいほうが好みなの?」
「……あー、悪い。お前はそんなこと気にしなくていいぞ」

 ウォルフスはばつが悪そうにミオリから目を逸らしてしまう。

「どうして? ウォルフスの好きな体になりたいわ」
「なんでだよ。お前が俺の好みに合わせるこたないだろ」
「だって……愛人だもの」
「そりゃ方便だろ」

 ミオリはくちびるを噛む。もっと彼好みの体ならば、ちゃんと愛人にしてくれるのだろうか。

「まぁ、お前が痩せっぽちで気になるのは事実だ。もっと健康になるために、食べるんだな」
「……わかったわ」

 ウォルフスが会話を打ち切りたがっていることがわかったので、ミオリはふたたび匙をとり、スープを口に運んだ。

 食事に集中しだしたウォルフスの向かいで、ミオリもまた黙って食べることに専念したのだった。
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