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第一章 淫魔の王と淫夢《ゆめ》みる聖女
╰U╯Ⅶ.馬車の中での戯れ(1)
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窓から細い光が差し込み、ウォルフスは浅い眠りから目覚めた。
肩を回し、体の凝りをほぐしてから立ち上がる。寝台へと目を向けると、ミオリはまだ眠っているようだ。
ウォルフスはそっと寝台の横を通り過ぎ、厠へ立った。
そして戻ってくると、ミオリは寝台の上で膝を揃えて畳み、ちんまりと座っていた。すでに衣服も整えている。
「起きたのか。じゃあ、すぐにでも発てるな」
宿は素泊まりであるから、朝食は道すがらに調達するつもりだ。
「ええ、ウォルフス」
ミオリは寝台から降りると、ウォルフスの前へ立った。そして満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
「昨晩、すっごく気持ちよかったの。ありがとう、ウォルフス!」
「あ、ああ」
憚ることのないミオリの様子に、淫魔王といえども面食らってしまう。
「ねぇ、あれが自慰なの?」
「あ? いや違ぇよ。ああいうことを、自分の手でするのが自慰だ」
「そうなの。でも、きっとウォルフスがしてくれたから気持ちがよかったのよね。またして欲しいわ」
ミオリは天真爛漫に微笑み、期待を込めて見上げてくる。あまりにも屈託がない。
「あのな、ミオリ。こういうことは憚らずに言うもんじゃねぇ」
堪らずウォルフスが注意すると、ミオリは不思議そうに首を傾げた。
「どうすればいいの?」
だがウォルフスも正解を持ち合わせているわけではなく、答えに窮してしまう。
「そうだな、もっと、その……は、恥ずかしがったり……」
言ってるこっちが恥ずかしくなってくる。
何が悲しくて、淫魔の自分がこんな教育をしてやらねばならない。
「そうなの?」
「あーいや、とにかく、俺の前以外でこういう話はするな。これだけは絶対だ、わかったな!」
ウォルフスはミオリの目を見つめ、強い口調で言った。それを受けミオリは真剣な顔をして、しっかりと首を縦に振る。
「わかったわ。そうする」
「わかりゃいい……」
だが。
「そうするからウォルフス、またわたしを気持ちよくしてね?」
微笑むミオリから目を逸らし、ウォルフスは指先で眉間を押さえた。
ミオリを慰めてやったのは、間違いだったのかもしれない……。
「とりあえず、もう出るぞ」
「ええ」
ともあれウォルフスはミオリを連れ、宿を精算すると朝靄の残る街道へと出たのだった。
† † †
ふたりは朝食をとったのち、街道沿いで食糧や水を手に入れた。引き換えにしたのは、またもミオリのスカートに縫い付けられた真珠粒だ。
その後は街道を逸れ、道なき道を行く。
しばらく進むと、やがて赤茶けた土の広がる荒野に出た。
夏とはいえ涼しかったサウラ=ウルとは違い、じりじりと灼けつくような暑さが感じられる。
「どうやら国境を越えたようだな」
「では、ここがマ・クバス=イオス?」
「領土的な意味ではそうだが、本質的な意味ではまだまだ先だ。マ・クバス=イオスの中心部までは、この荒野を一昼夜歩かなければならん」
この先は馬駐もないので、馬は宿に置いてきた。二人で騎乗すると、馬のための水まで載せることが叶わないからだ。
「辛くなったら言え。最低限の水以外は捨てて、お前を負ぶってやるから」
ウォルフスが言うと、ミオリは慌てて首を振った。
「そんな。迷惑かけられないわ」
「迷惑ならすでにかけられてる。今更増えたところでなんとも思わん」
ミオリははっとして、その後しゅんと肩を落とした。
「……ごめんなさい」
「あ、いや……。本気で嫌なら、俺はお前を見捨ててる。悪かった、気にするな」
「……ええ」
ウォルフスは失言を愧じた。
ミオリが性的なことに関してあまりにも屈託がないものだから、つい軽く考えていた。この少女は、ウォルフスの負担について考えが及ばないほどに愚かではない。
その時、ウォルフスの体に緊張が走った。
足を止めた彼に従い、ミオリもまた立ち止まる。
「どうしたの?」
「馬……いや、馬車が来る」
「馬車?」
辺り一面、見渡す限りの荒野だ。ミオリの耳には音はまだ聴こえない。
「どうするの? 隠れたほうがいい?」
「隠れる場所なんてねぇし、この馬車は……俺の仲間だ」
「!」
やがて、南の地平線から二頭立ての馬車が姿を現した。
そこからはあっという間に二人に近づいて、馬車は目の前で止まった。
幌を分けて、一人の男が降りてくる。痩躯ではあるものの、ウォルフスと並んでも見劣りしないほど長身の男だ。
「ウォルフス様」
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