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第一章 淫魔の王と淫夢《ゆめ》みる聖女

╰U╯Ⅴ.淫魔王の甘い囁き

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   † † †

 サウラ=ウルの乾いた大地を、一頭の馬がく。

 石灰岩質の乾いた大地には河も湧き水もなく、緑を目にすることは少ない。
 サウラ=ウルで水が豊富なのは、山脈からの地下水が流れ込む聖都チェレステ=ラクイアくらいなものなのだ。

 聖女を鞍の前に載せたウォルフスは、ミオリが振り返ろうとする仕草を見せたので手綱を引き、馬脚を緩めた。

「どうした。危ないだろう」

 儀式用の馬にしか乗ったことのないミオリを載せているため、大した速度は出していない。だが慣れないミオリだからこそ、馬上で身をよじるのは危ない。

「ごめんなさい。お願いがあるの」

 ミオリは目を伏せ謝ったのち、ウォルフスを見上げて言った。

「何だ?」
「ヤヌアの村に寄れないかしら」
「ヤヌア?」
「わたしの故郷……聖都より南にあるから、方角は違わないと思うのだけど」

 そういえば、そんな名前の村だったか。

「悪いがその提案には乗れねぇ。俺たちはあまり速く馬を駆けさせられないんだ。早馬は俺たちを追い越して、すでに情報が出回ってるかもしれないからな」
「そうね、……ごめんなさい」

 ミオリは納得したようだが、ウォルフスは尋ねた。

「両親のことが気になるのか?」
「……」

 ミオリは物知らずの箱入り聖女だが、神殿を追われまでしたのだ。さすがに、両親に累が及ぶ可能性に気づかないわけにはいかなかった。

「マ・クバス=イオスに着いたら、手の者を使って調べてやる。それまで待て」
「ありがとう、ウォルフス」

 ミオリは弱々しく微笑んだ。
 ウォルフスには迷惑をかけ通しだ。そもそも、彼にはミオリを助けることになんら利得はないのである。

「体は辛いか?」
「ううん、大丈夫」

 ミオリは即座に否定したが、ウォルフスには彼女が相当疲労していることがわかっていた。
 まったくと言っていい程出歩かない生活をしていた聖女が、慣れない馬上の旅で疲れない筈がないのだ。

 ウォルフスはさきほどから逡巡していたことに結論を出すと、ミオリに尋ねた。

「ミオリ、昨晩淫夢を見たよな?」
「ええ。気づいてたの?」
「息が荒かったからな。熱でもあるのかと思って確認した」
「そう……」

 ウォルフスはさらにミオリに尋ねる。

「なぁ、自慰をしないのは俺に遠慮してるのか?」

 ミオリは僅かに小首を傾げた。初めて聞く言葉だ。

「自慰ってなに?」

 ウォルフスは深いところから息を吐き出す。

 やはり、そんなことだろうと思った。ミオリの知識は相当偏っている。

「……よくそれで耐えられるな、お前」
「肉の棒があれば、鎮められるって聞いたわ」
「欲情を鎮めるのは、何もそればかりじゃないぞ」
「そうなの?」

 目を丸くしたミオリに、頷いてみせる。

「ああ」

 ウォルフスは僅かに上体を屈め、ミオリの耳元にくちびるを近づけた。

「今晩は、俺がお前を慰めてやる」
「え?」

 息のかかる耳たぶがこそばゆく、ミオリは肩を竦める。

「本当は疲れも取ってやりたいんだが、俺は指圧とかはできねぇからな」
「ウォルフス?」

 ミオリは彼の意図がわからず、ただ耳がくすぐったくて身じろぎをした。

「頑張り屋のミオリに、ご褒美だ。満足するまでイかせてやるから、覚悟しとけよ?」

 ウォルフスの声は深い低音だが、ぐっと甘さを滲ませた声音で囁かれ、ミオリの体がカッと熱くなる。

「う……ウォルフス」

 耳たぶを熱い吐息がくすぐり、ミオリはぎゅっと目を閉じた。

「肉の棒はやらんぞ? だが、同じ部屋でハァハァされちゃこっちも堪らんからな」
「……っ」

 ウォルフスの言うことはよくわからない。だが、肉の棒を欲しがるミオリに一歩、譲歩してくれたのだと察せられた。
 二人はその後、黙って馬を進めた。

 ミオリはウォルフスに預けた背中がことさらに意識されて、脳裡に淫夢が蘇りそうになるのを必死にこらえたのだった。
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