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第一章 淫魔の王と淫夢《ゆめ》みる聖女
╰U╯Ⅲ.そうです、わたしがどすけべ聖女です
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ウォルフスと彼に連れられたミオリは、国境を目指した。
転移の術などという便利なものは無い。ウォルフスと契約したミオリが彼を喚び出すことはできても、二人で淫魔国マ・クバス=イオスまで瞬間的に移動する術など無いのだ。
馬駐から馬を拝借し、街道をひたすら走る。
やがて日が暮れてきたので、街道沿いに宿をとった。路銀は、ミオリの衣服に縫い付けられていた真珠で賄った。
聖都からはだいぶ離れたから、人相書きなどもまだ出回ってはいないだろう。
その日とった宿で、ウォルフスは食事と入浴を済ませたのち、ナイフを研いでいた。
宿場で手に入れた武器――といっても、護身用に毛が生えたようなものだ。大袈裟な武器を調達しようものなら、目立ってしまう。
「よし。これで……」
ナイフはウォルフスの為のものではない。彼は小型の刀剣は不得意としているし、少人数の人間相手ならば魔力の放出と、体術のみで退けることが可能だろう。
「おいミオリ、これをお前に……」
「終わったのね、ウォルフス」
ミオリは窓際で胡坐をかくウォルフスの前で、脚を畳んで座っている。少々距離が近すぎるが、そんなに武器の手入れに興味があるのだろうか。
だがミオリが口にしたのは、思いがけない言葉だった。
「ねぇウォルフス、お食事はしなくてもいいの?」
「晩飯ならさっき食っただろうが」
ミオリは瞳を輝かせながら、さらに膝を詰めてくる。どうやらナイフに興味があったわけではないらしい。
「そうではなくて。淫魔の食事よ」
――そういうことか。ウォルフスはもはや驚かなかった。
「淫魔に食べられたいのか?」
「淫魔の食事は、人間にとって甘美で……肉の棒を貰えるのでしょう?」
「肉の棒はやらん、そう言っただろうが」
ウォルフスがにべもなく告げると、ミオリはしゅんと肩を落とした。
「……どうしても駄目?」
「駄目だ。俺はそれが――食事があまり好きじゃねぇ」
「え?」
ミオリは目をぱちくりさせる。食事が嫌いな生き物など居るのだろうか?
「若い頃は放蕩もしたがな……それでも、面倒ごとを招くことが多かった。食事なんざ、生きていける最低限でいいだろう」
淫魔族は人間ほど血筋を重要視しないが、それでも淫魔王の種となれば欲しがる女には事欠かない。ウォルフスはそういった女たちにはうんざりしていた。
だから、食事をする相手としても、夜の愉しみの相手としても、ウォルフスはここずっと商売女しか抱いてこなかったのだ。
「お前こそ、どうしてそんなに男を欲しがるんだ」
リュートという王子も、ミオリに手を出すことはなかったという。
知識の偏りからしても、間違いなく処女だろうに。
「わたしはどすけべだから」
ウォルフスは眉をしかめつつ尋ねた。
「それも、リュートとかいう王子が言ったのか」
「ええ。夢を見て下着が濡れてしまうことを話したら、それは淫夢だって。淫夢を見るのは、わたしがどすけべだからだ、って……」
「とんでもねぇ王子だな」
何も知らない少女に偏った性知識を教え込むとは、サウラ=ウルの王子も歪んだ性癖を持っているとみえる。
サウラ=ウルは本来、性に対して非常に厳格だ。
そのせいか国民は性癖が歪みがちで、伝説の神獣ドラーゴが戦車を犯す状況に興奮する者すらいると聞くが……。
「その男の言うことは信じるな。もう会うな……って言っても、会うことはないだろうが」
「でも」
「お前は何も知らないから、肉の棒を素晴らしいものだと勘違いしている。そして、自分のことをどすけべだと勘違いしてるんだ。俺からみたミオリは、あの日と同じ小さい嬢ちゃんだよ」
ウォルフスは手を伸ばし、じっと彼を見つめるミオリの頭をくしゃりと撫でた。
「ウォルフス」
「とにかく。明日も早いんだ、もう寝ろ」
そう言って、ミオリを強引に寝台に押し込む。それから、ウォルフス自身は窓際で壁に凭れ掛かった。
淫魔の国マ・クバス=イオスまではまだ距離がある。体力を温存するため睡眠は必須だが、ウォルフスは警戒を怠ることもしない。
やがて寝台からすうすうと寝息が聞こえてきた。それを確認してウォルフスもまた、目を閉じ休息に努めるのだった。
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