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第四章 秋、離宮にて
╰U╯ⅩⅨ.想い出の斎庭(1)
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サウラ=ウル第一王子リュートは今から九年前、十五歳で神殿騎士となった。
交流のある同世代の貴族令息たちは、神殿を嫌う者も多かった。
彼らの両親である有力貴族は、今の神官長になってから急激に権勢を誇り始めた神殿におもねる者も多い。そんな親への反発なのだろう。
だがリュートは、それ以上に貴族たちが嫌いだった。
王族には媚びへつらい、その一方でしたたかに神殿の権力を利用し利用される。そして何より、彼らに信念が無いことが我慢ならなかった。
貴族たちは、表向きは神殿の説く厳しい規範を支持している。だが一皮剥けばその生活は享楽に堕し、腐敗しきっているのだった。
リュートはそんな貴族たちと付き合わなければならない王宮から逃れるために、神殿に上がったのだった。
† † †
「ひっく、もうしません、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
中庭の一角で、子供が泣いている。
うずくまる子供の前には黒髪を高く結い上げた女官が、鞭を手に立っていた。
「あなたは聖女になるのですよ。いつまでも市井の子供のようではいけません!」
「ごめんなさい、ごめんなさいカサハ。だから、もう打たないで」
「なりません。悪い行いには、相応の罰が与えられるものです」
「ひ……っ」
女官が鞭を振り上げ、子供は身を竦めた。鞭がしなり、裂けるような打擲音が神殿の中庭に響く。
「……?」
だが子供の体に、予想した痛みは降ってこなかった。
「な……」
女官――カサハは狼狽え、一歩後じさる。カサハの振るった鞭は、子供に覆い被さった少年の体へと吸い込まれたのだ。
「なんのおつもりですか、殿下」
子供を庇ったのは、明るい金色の髪の少年。神殿騎士となったリュートだった。
「子供を打つなんて、感心しないな。女官長」
「これは躾です。殿下も神殿に上がったのですから、こちらの流儀に従っていただかないと困ります」
カサハは憮然として答える。この王子は、どうにも扱いづらい。
「なるほどね」
「おわかりでしたら、ミオリ様を離すのです」
強気に出るカサハをものともせず、リュートは人の悪い笑みを浮かべた。
「その神殿の流儀って、聖女には厳しく鞭打つけど、神官長には猫撫で声で甘えることかな」
「なんですか、猫撫で声って」
リュートはおや、と首を傾げた。
「あれはあなただったと思うのだけど。夜半、盛った雌猫みたいな声が、神官長の部屋から聞こえてきてね」
「……っ」
カサハの顔が青冷める。彼女はしばらく沈黙したのち、キッとリュートを睨み付けた。
「なんのことか存じませんが、ここでは特別扱いは無しです。殿下の言動が目に余るようならば、こちらとしても考えがありますよ!」
そう言い残し、カサハはその場を去って行った。
「……ミオリ、もう大丈夫だよ。怖いおばさんは居ないからね」
リュートは腰を屈め、未だ涙の止まらないミオリにやさしく声をかける。
「ひっく、リュート、様」
リュートはミオリの涙を拭い、肩を抱いて立たせた。
「打たれたところに薬を塗って貰おう」
ミオリはこくりと頷き、リュートの手に自らの手を絡ませた。
リュートは幼い聖女の手を引き、救護室に向かって歩き出したのだった。
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