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第一章
弱くて惨めな女の子 4 ≪せせらぎ視点≫
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≪せせらぎ視点≫
その日も、私は庭にあるキンセンカの水やりをしていた。このキンセンカは、従兄弟たちが送ってくれた花だ。叔母さんもこの花が咲いてるところを見るときは酷く穏やかな表情をしていた。
従兄弟たちは3年前から東京へ働きに行っている。というのも、彼らにとってこの村で働くのは不可能に近かった。私に対する悪評は私のみならず従兄弟たちにも降りかかっていた。
だから、従兄弟たちに残された選択肢は村の外に出稼ぎへ行くことだけだったのだ。
最初のうちはなかなかうまくいかなかったらしい。しかし、幸いなことに彼らは遥から読み書きを習っていたため字を読むことができたし、手先も器用だった。
それに加えて、出稼ぎ先のお偉いさんに気に入られたことで、よりいい仕事を得ることができ、今ではかなり安定した生活を送れているようだ。
彼らは東京から戻ってくるときに様々なものを買ってきた。叔母さんにはいいところのお茶を、私達には珍しい本を買ってくることが多かった。このキンセンカもその1つだった。
橙色の大輪の花を咲かせるキンセンカはとても美しい。私はこの太陽のような花が大好きだ。
「花……きれいですね。あなたが育てているんですか?」
いきなり声をかけられ、驚いて後ろを向いてみると一人の黒髪の青年が立っていた。彼は私の顔を覗き込むようにしていた。
青年は私よりも3、4歳ぐらい年上だろうか。だけど、なぜかそれ以上に大人びて見えた。それがひどく歪に感じてさっさとその場から逃げ出してしまいたかった。それなのに、体を動かそうとすると糸で縛られたような感覚がして一歩も動くことができなかった。
「あ、はい……。そうです。……あの、そこ……通らせてもらえませんか?」
青年は無反応を貫きながらこちらをじぃっと見つめていた。その目線が品定めされているようで、私の頬に冷や汗の伝う感覚がやけに鮮明だったことを覚えている。
早く去ってほしいと願っていると、青年はいきなり私の両手をつかんだ。彼の手は驚くほど冷たくて、本当に人間かと疑ってしまうほどだった。
「あなたに、興味を持ちました。明日もまた来ます。」
彼はそういうと何もなかったかのように去っていった。それと入れ替わるように遥が向こうからやってきた。彼女も彼の異常性を感じ取ったのかそっと距離をとっていた。
そして、彼は遥とすれ違う時に一瞬彼女を睨んでいたように見えた。果たしてこれは勘違いだったのだろうか?
「■■‼あんた……大丈夫?」
「ふぇ?」
彼女が笑顔でこっちに向かってきていたが、私の姿をはっきりととらえた瞬間、血相を変えて走ってきた。私の顔に何かついていたのだろうか?それにしても大げさすぎる。
それよりも、彼女に声をかけられたとき、安心感からかふっと力の抜けるような感覚がしたあと、しりもちをついてしまった。彼女の話を答えるときもとても情けない声を出してしまった。立ち上がろうとした時も足が震えてしまって立ち上がることができなかった。
彼女は私のその様子が明らかにおかしいと感じたのか、何も言わずに私の背中をさすった。やはり、彼女の手は陽だまりのように暖かかった。
「私が来る前に何が、あったの?……すごい、尋常じゃないほど体が震えていたけど」
「花に、水やりをしていたら、男の、人が来て」
「あぁ、さっきすれ違ったひと?確か、彼は……」
「いきなり、両手を、掴んできて、怖かった。」
彼女が来る前のことを思い出しては全身の毛の逆立つような心地がした。それほどまでに彼に対する恐怖があった。彼の眼には私は化け物としてしか映っていないように見えた。
それが、また弱くて惨めな自分に戻るような気がして、嫌で嫌でたまらなかった。
「彼は研究者だよ。東京から来たんだって。なんか陰陽術の研究を行っているんだって。」
「陰陽術?」
「霊力っていうのを使っていろんなものを操ったりする術らしいよ。■■の水を操る力みたいなやつもそうなんだって。」
「そう、なんだ……」
「私も東京にいたとき陰陽師の人たちを見てたけど、すごかったな……」
彼女はきらきらとした目をしながらそう語った。一方で私は青年に対する不信感を高めるばかりだった。
確かに、遥の話を聞いていると青年の行動も納得する部分が多くある。いきなり両手をつかんできたのも、品定めするような視線だったのも観察の一環だと思えば納得できる。
それでも、違和感に感じる部分が多々ある。なぜ、彼は一人でこんな山奥の村へわざわざ陰陽術の調査に来たのか。なぜ、その村でも奥まった場所にあるこの家を訪ねたのか。なぜ、去り際彼女を睨んだのか。
疑問に思えば思うほどに彼のあのまとわりつくような視線が気持ち悪くてたまらなかった。
あれから、青年は毎日我が家に訪れた。その時間は決まって私が1人のときで、遥が来たり、叔母さんが帰ってくるとそそくさと去っていった。
「あなたは何を企んでいるのですか?」
蝉が鳴き、小川に足を入れるのが心地よい季節になったころ、私は思い切って彼に聞いてみた。しばらくすると、彼は困ったような表情をして言った。
「企んでなんていませんよ。ただ、あなたに興味があって……」
「本当に興味があるんだったら、名前を聞いたり、どんな人間かを知ろうとするでしょう?でもあなたはそれをしない。なので、もう一度聞きます。あなたは私に何をしようとしているのですか。」
彼と私の間には不気味なほどに沈黙が走った。その間の彼の見つめる目に温度がなく、どことなく私を睨んでいるように感じた。
「あなたもやはり聡いのですね」
彼はそう言うと、そのまま去っていった。私の聞いたことには一切答えないくせに自分の言いたいことだけを言う彼の人間性を疑った。
それと、同時にどこか胸騒ぎがした。
――――
私の勘はどうやら的中したようだった。
『人に仇なす化け物は、即刻ここから立ち去れ』
ある朝、水やりをしようと外に出たら、いきなり複数の村人からそんな罵声を浴びせられた。意味も分からずに困惑していると、村人たちはさらに続けた。
「黒木様が言ってたんだ。『この家に住む女はこの村にとって禍となるだろう』と、この村でここ最近雨ばかり続くのはお前のせいだろう‼そのせいで、コメは育ちやしないわ‼」
言っていることの意味が理解できなかった。私は一日中雨を降らせることなんてしない、いやできない。
そもそも、私が水を術で出すときは朝の水やりの時間帯だけだし、それに1日中なんてやっているとぶっ倒れてしまう。
黒木様というのはあの青年のことである。きっと、村で忌み嫌われている私が言うよりも、研究者という信頼できる肩書を持っている彼の方が信頼できたのだろう。
「違います。私じゃありません‼私にそんなことできるわけがない。」
「じゃあ、あの時でっかい水の腕で俺を縛り上げたのはお前じゃないのか?」
否定をしても、5歳の時にやってしまったことを掘り返し、悪ガキは自分を被害者のように反論した。そもそも、そうなった原因をすべて私のせいにするのはやめてほしい。明らかにそっちにも非があったことを忘れているようだ。
彼らの対応に疲れてふと、視線を外すと青年が微笑みながら彼らを見守っている。そして、こちらに向くと勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
あぁ、私はこの男に嵌められたってことに今更ながら気づいたのだ。私を孤立させ、彼に助けを求めるように仕向けたのだ。
「さっさと僕に堕ちていれば、そんな思いをしないで済んだのに。」
悪魔のような笑みを浮かべながらそういう青年の幻像が見えたような気がした。
その日も、私は庭にあるキンセンカの水やりをしていた。このキンセンカは、従兄弟たちが送ってくれた花だ。叔母さんもこの花が咲いてるところを見るときは酷く穏やかな表情をしていた。
従兄弟たちは3年前から東京へ働きに行っている。というのも、彼らにとってこの村で働くのは不可能に近かった。私に対する悪評は私のみならず従兄弟たちにも降りかかっていた。
だから、従兄弟たちに残された選択肢は村の外に出稼ぎへ行くことだけだったのだ。
最初のうちはなかなかうまくいかなかったらしい。しかし、幸いなことに彼らは遥から読み書きを習っていたため字を読むことができたし、手先も器用だった。
それに加えて、出稼ぎ先のお偉いさんに気に入られたことで、よりいい仕事を得ることができ、今ではかなり安定した生活を送れているようだ。
彼らは東京から戻ってくるときに様々なものを買ってきた。叔母さんにはいいところのお茶を、私達には珍しい本を買ってくることが多かった。このキンセンカもその1つだった。
橙色の大輪の花を咲かせるキンセンカはとても美しい。私はこの太陽のような花が大好きだ。
「花……きれいですね。あなたが育てているんですか?」
いきなり声をかけられ、驚いて後ろを向いてみると一人の黒髪の青年が立っていた。彼は私の顔を覗き込むようにしていた。
青年は私よりも3、4歳ぐらい年上だろうか。だけど、なぜかそれ以上に大人びて見えた。それがひどく歪に感じてさっさとその場から逃げ出してしまいたかった。それなのに、体を動かそうとすると糸で縛られたような感覚がして一歩も動くことができなかった。
「あ、はい……。そうです。……あの、そこ……通らせてもらえませんか?」
青年は無反応を貫きながらこちらをじぃっと見つめていた。その目線が品定めされているようで、私の頬に冷や汗の伝う感覚がやけに鮮明だったことを覚えている。
早く去ってほしいと願っていると、青年はいきなり私の両手をつかんだ。彼の手は驚くほど冷たくて、本当に人間かと疑ってしまうほどだった。
「あなたに、興味を持ちました。明日もまた来ます。」
彼はそういうと何もなかったかのように去っていった。それと入れ替わるように遥が向こうからやってきた。彼女も彼の異常性を感じ取ったのかそっと距離をとっていた。
そして、彼は遥とすれ違う時に一瞬彼女を睨んでいたように見えた。果たしてこれは勘違いだったのだろうか?
「■■‼あんた……大丈夫?」
「ふぇ?」
彼女が笑顔でこっちに向かってきていたが、私の姿をはっきりととらえた瞬間、血相を変えて走ってきた。私の顔に何かついていたのだろうか?それにしても大げさすぎる。
それよりも、彼女に声をかけられたとき、安心感からかふっと力の抜けるような感覚がしたあと、しりもちをついてしまった。彼女の話を答えるときもとても情けない声を出してしまった。立ち上がろうとした時も足が震えてしまって立ち上がることができなかった。
彼女は私のその様子が明らかにおかしいと感じたのか、何も言わずに私の背中をさすった。やはり、彼女の手は陽だまりのように暖かかった。
「私が来る前に何が、あったの?……すごい、尋常じゃないほど体が震えていたけど」
「花に、水やりをしていたら、男の、人が来て」
「あぁ、さっきすれ違ったひと?確か、彼は……」
「いきなり、両手を、掴んできて、怖かった。」
彼女が来る前のことを思い出しては全身の毛の逆立つような心地がした。それほどまでに彼に対する恐怖があった。彼の眼には私は化け物としてしか映っていないように見えた。
それが、また弱くて惨めな自分に戻るような気がして、嫌で嫌でたまらなかった。
「彼は研究者だよ。東京から来たんだって。なんか陰陽術の研究を行っているんだって。」
「陰陽術?」
「霊力っていうのを使っていろんなものを操ったりする術らしいよ。■■の水を操る力みたいなやつもそうなんだって。」
「そう、なんだ……」
「私も東京にいたとき陰陽師の人たちを見てたけど、すごかったな……」
彼女はきらきらとした目をしながらそう語った。一方で私は青年に対する不信感を高めるばかりだった。
確かに、遥の話を聞いていると青年の行動も納得する部分が多くある。いきなり両手をつかんできたのも、品定めするような視線だったのも観察の一環だと思えば納得できる。
それでも、違和感に感じる部分が多々ある。なぜ、彼は一人でこんな山奥の村へわざわざ陰陽術の調査に来たのか。なぜ、その村でも奥まった場所にあるこの家を訪ねたのか。なぜ、去り際彼女を睨んだのか。
疑問に思えば思うほどに彼のあのまとわりつくような視線が気持ち悪くてたまらなかった。
あれから、青年は毎日我が家に訪れた。その時間は決まって私が1人のときで、遥が来たり、叔母さんが帰ってくるとそそくさと去っていった。
「あなたは何を企んでいるのですか?」
蝉が鳴き、小川に足を入れるのが心地よい季節になったころ、私は思い切って彼に聞いてみた。しばらくすると、彼は困ったような表情をして言った。
「企んでなんていませんよ。ただ、あなたに興味があって……」
「本当に興味があるんだったら、名前を聞いたり、どんな人間かを知ろうとするでしょう?でもあなたはそれをしない。なので、もう一度聞きます。あなたは私に何をしようとしているのですか。」
彼と私の間には不気味なほどに沈黙が走った。その間の彼の見つめる目に温度がなく、どことなく私を睨んでいるように感じた。
「あなたもやはり聡いのですね」
彼はそう言うと、そのまま去っていった。私の聞いたことには一切答えないくせに自分の言いたいことだけを言う彼の人間性を疑った。
それと、同時にどこか胸騒ぎがした。
――――
私の勘はどうやら的中したようだった。
『人に仇なす化け物は、即刻ここから立ち去れ』
ある朝、水やりをしようと外に出たら、いきなり複数の村人からそんな罵声を浴びせられた。意味も分からずに困惑していると、村人たちはさらに続けた。
「黒木様が言ってたんだ。『この家に住む女はこの村にとって禍となるだろう』と、この村でここ最近雨ばかり続くのはお前のせいだろう‼そのせいで、コメは育ちやしないわ‼」
言っていることの意味が理解できなかった。私は一日中雨を降らせることなんてしない、いやできない。
そもそも、私が水を術で出すときは朝の水やりの時間帯だけだし、それに1日中なんてやっているとぶっ倒れてしまう。
黒木様というのはあの青年のことである。きっと、村で忌み嫌われている私が言うよりも、研究者という信頼できる肩書を持っている彼の方が信頼できたのだろう。
「違います。私じゃありません‼私にそんなことできるわけがない。」
「じゃあ、あの時でっかい水の腕で俺を縛り上げたのはお前じゃないのか?」
否定をしても、5歳の時にやってしまったことを掘り返し、悪ガキは自分を被害者のように反論した。そもそも、そうなった原因をすべて私のせいにするのはやめてほしい。明らかにそっちにも非があったことを忘れているようだ。
彼らの対応に疲れてふと、視線を外すと青年が微笑みながら彼らを見守っている。そして、こちらに向くと勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
あぁ、私はこの男に嵌められたってことに今更ながら気づいたのだ。私を孤立させ、彼に助けを求めるように仕向けたのだ。
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