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第二十七話 ぐうの音も出ない正論な件
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深夜、城のとある執務室。
リオはその扉の前で、深呼吸をしていた。
この執務室の主人、その古株の大臣は、ただ一度の反対によって政権の中枢から遠ざけられた。しかし、王女派のつまづきと異世界から召喚された英雄たちの想定外の態勢立て直しによって、国王は古株の大臣を政権の中枢へ呼び戻し、事態の収集と政務の迅速かつ円滑な執行を命じた。
すると、古株の大臣はたちまち状況を改善していった。具体的には王女とその一派を異世界召喚術研究機関という名ばかりの組織に閉じ込め、英雄たちの待遇をガラリと刷新し、魔王専門対策部隊として軍部との連携を重視させる方針を取った。
色々とやり取りはして、協力できることはしてきたが——それぞれの祝福や能力の把握をしようとしたので、リオはこれを一旦拒否した。なぜなら、組織の一員とするならば、役に立たない人間を排除しかねないからだ。クラスメイトを分断させられる危険性を考慮し、リオは咄嗟にその古株の大臣からの要請を遮り、直接詳細な交渉をするためにここへ来た。
リオ自身、戦闘向きの祝福を持っているからこそ、クラスメイトたちのリーダー的存在となれている。だからこそ分かる、戦闘に役に立たない祝福持ちはここでは主導権を握れない。ナオやアリサの能力はリオが把握し、そのシナジーを最大限活かしているからこそであって、そこまで都合よく連携の取れる、役割分担が可能な祝福持ちばかりでもない。
たとえば空を飛べる祝福持ち、腕力が強くなる祝福持ちがいるが、どちらもそれ単独では大した戦力にはならない。それは、実際に祝福を使って本格的に戦ってみたリオたちだから分かることだ。下手すればヴィセア王国軍の内部はそういった祝福持ちの英雄を道具のように利用し、使い捨てにすることを厭わないかもしれない。そんなことはさせたくない、リオはただそう思っているだけなのだ。
無論、それが杞憂であればいいのだが、リオはすでに王女派が自分たちを一度は見限りかけたことを知っている。大人は狡猾で、子どもに言うことを聞けと言ってくるものだ。世話をしてやっているのだから、と恩着せがましく。
(だったら、文句を言われない成果を出さないといけない。俺たちが使える人材だと分からせて、自分たちの立ち位置をしっかりと確保しなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、いつ追い出されるか分かったもんじゃない。こんな異世界で、元の世界に帰る方法も分からないまま放り出されて、希望を持って生きていけるかってんだ……)
最近になって、ようやくクラスメイト全員が現状をきちんと認識し、祝福の確認とリオをヴィセア王国との交渉役にすることで合意した。今はリオが窓口になるから、他の大人たちに騙されないよう決して話しかけられても返事をしないこと。とにかく使い捨てにされる危険性を語り聞かせ、リオは今だけは大人しくしていてほしいとクラスメイトたちに頭を下げた。
これには、タイラたちも協力してくれた。リオは自分たちよりも現状をよく知っている、だから悪いようにはならないはずだ、と皆を説得してくれたのだ。一度は外に出て負けて帰ってきてからというもの、タイラたちは真面目に祝福の確認とその使い方の習熟に勤しむようになった。連携の重要性、そのためには皆で協力する必要があると、身に染みて分かったのだろう。今では忙しいリオたちに代わり、クラスメイトたちの相談役や仲裁役を買って出てくれている。
相手が古株の大臣であろうと、ここでリオがしてやられるわけにはいかない。皆の期待と人生を背負っているのだ、とリオは気合を入れ直し、執務室の扉をノックした。
「失礼します。堂上リオです、入ってもよろしいですか?」
扉の向こうからは、「どうぞ」と重々しい老人の声がした。リオは扉を開け、明々とランプをいくつも点けた執務室へ足を踏み入れた。
一人の老人が、執務机の前に立っていた。白い髭を蓄え、まるでサンタクロースのような風貌の、詰め襟の服を着た男性だ。杖を突き、リオを笑顔で出迎えた。
「よく来た、まあ座りたまえ。何せ不自由な身でね、夜は皆帰ってしまっているから、ここには出涸らしの茶しかないのは我慢してくれ」
「いえ、おかまいなく。ルシウス大臣閣下」
リオの畏まった返事に、ルシウスはにこりと微笑み返す。
「ところで、カツキとはどうだね? お互い、元気で安心したのではないかね」
「それは……」
「何も、恩を売るつもりはない。カツキには十分すぎるほど働いてもらっているのだ、そう——大多数の、タダ飯食らいの君たちとは違って」
ルシウスの声はごく平静な調子だった。嫌味を口にしたというより、事実を指摘したのだろう。
しかし、リオは強く反論する。
「そんな言い方はないでしょう。勝手に呼んでおいて、役に立たなければ見捨てるおつもりですか?」
「いいや。そもそも、役立てるも何も君たちはまだ手の内を明らかにしていない、祝福について報告があったのはたったの数人だ。まるで、祝福を隠して自分たちの値段を必要以上に釣り上げようとしている、と思われても致し方ないのではないかね?」
ルシウスの目は、笑っていなかった。笑顔の奥から、さっきからずっとリオを値踏みしていたのだ。
リオが返答に詰まった一瞬で、ルシウスは会話の手番を掻っ攫う。
「どこにいても同じだ。その能力を活かして、仕事をして衣食住を確保する。それができなければ、たとえ英雄であろうと子どもであろうと、進退窮まりつつある我々人類が養う理由にはならない」
リオはその扉の前で、深呼吸をしていた。
この執務室の主人、その古株の大臣は、ただ一度の反対によって政権の中枢から遠ざけられた。しかし、王女派のつまづきと異世界から召喚された英雄たちの想定外の態勢立て直しによって、国王は古株の大臣を政権の中枢へ呼び戻し、事態の収集と政務の迅速かつ円滑な執行を命じた。
すると、古株の大臣はたちまち状況を改善していった。具体的には王女とその一派を異世界召喚術研究機関という名ばかりの組織に閉じ込め、英雄たちの待遇をガラリと刷新し、魔王専門対策部隊として軍部との連携を重視させる方針を取った。
色々とやり取りはして、協力できることはしてきたが——それぞれの祝福や能力の把握をしようとしたので、リオはこれを一旦拒否した。なぜなら、組織の一員とするならば、役に立たない人間を排除しかねないからだ。クラスメイトを分断させられる危険性を考慮し、リオは咄嗟にその古株の大臣からの要請を遮り、直接詳細な交渉をするためにここへ来た。
リオ自身、戦闘向きの祝福を持っているからこそ、クラスメイトたちのリーダー的存在となれている。だからこそ分かる、戦闘に役に立たない祝福持ちはここでは主導権を握れない。ナオやアリサの能力はリオが把握し、そのシナジーを最大限活かしているからこそであって、そこまで都合よく連携の取れる、役割分担が可能な祝福持ちばかりでもない。
たとえば空を飛べる祝福持ち、腕力が強くなる祝福持ちがいるが、どちらもそれ単独では大した戦力にはならない。それは、実際に祝福を使って本格的に戦ってみたリオたちだから分かることだ。下手すればヴィセア王国軍の内部はそういった祝福持ちの英雄を道具のように利用し、使い捨てにすることを厭わないかもしれない。そんなことはさせたくない、リオはただそう思っているだけなのだ。
無論、それが杞憂であればいいのだが、リオはすでに王女派が自分たちを一度は見限りかけたことを知っている。大人は狡猾で、子どもに言うことを聞けと言ってくるものだ。世話をしてやっているのだから、と恩着せがましく。
(だったら、文句を言われない成果を出さないといけない。俺たちが使える人材だと分からせて、自分たちの立ち位置をしっかりと確保しなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、いつ追い出されるか分かったもんじゃない。こんな異世界で、元の世界に帰る方法も分からないまま放り出されて、希望を持って生きていけるかってんだ……)
最近になって、ようやくクラスメイト全員が現状をきちんと認識し、祝福の確認とリオをヴィセア王国との交渉役にすることで合意した。今はリオが窓口になるから、他の大人たちに騙されないよう決して話しかけられても返事をしないこと。とにかく使い捨てにされる危険性を語り聞かせ、リオは今だけは大人しくしていてほしいとクラスメイトたちに頭を下げた。
これには、タイラたちも協力してくれた。リオは自分たちよりも現状をよく知っている、だから悪いようにはならないはずだ、と皆を説得してくれたのだ。一度は外に出て負けて帰ってきてからというもの、タイラたちは真面目に祝福の確認とその使い方の習熟に勤しむようになった。連携の重要性、そのためには皆で協力する必要があると、身に染みて分かったのだろう。今では忙しいリオたちに代わり、クラスメイトたちの相談役や仲裁役を買って出てくれている。
相手が古株の大臣であろうと、ここでリオがしてやられるわけにはいかない。皆の期待と人生を背負っているのだ、とリオは気合を入れ直し、執務室の扉をノックした。
「失礼します。堂上リオです、入ってもよろしいですか?」
扉の向こうからは、「どうぞ」と重々しい老人の声がした。リオは扉を開け、明々とランプをいくつも点けた執務室へ足を踏み入れた。
一人の老人が、執務机の前に立っていた。白い髭を蓄え、まるでサンタクロースのような風貌の、詰め襟の服を着た男性だ。杖を突き、リオを笑顔で出迎えた。
「よく来た、まあ座りたまえ。何せ不自由な身でね、夜は皆帰ってしまっているから、ここには出涸らしの茶しかないのは我慢してくれ」
「いえ、おかまいなく。ルシウス大臣閣下」
リオの畏まった返事に、ルシウスはにこりと微笑み返す。
「ところで、カツキとはどうだね? お互い、元気で安心したのではないかね」
「それは……」
「何も、恩を売るつもりはない。カツキには十分すぎるほど働いてもらっているのだ、そう——大多数の、タダ飯食らいの君たちとは違って」
ルシウスの声はごく平静な調子だった。嫌味を口にしたというより、事実を指摘したのだろう。
しかし、リオは強く反論する。
「そんな言い方はないでしょう。勝手に呼んでおいて、役に立たなければ見捨てるおつもりですか?」
「いいや。そもそも、役立てるも何も君たちはまだ手の内を明らかにしていない、祝福について報告があったのはたったの数人だ。まるで、祝福を隠して自分たちの値段を必要以上に釣り上げようとしている、と思われても致し方ないのではないかね?」
ルシウスの目は、笑っていなかった。笑顔の奥から、さっきからずっとリオを値踏みしていたのだ。
リオが返答に詰まった一瞬で、ルシウスは会話の手番を掻っ攫う。
「どこにいても同じだ。その能力を活かして、仕事をして衣食住を確保する。それができなければ、たとえ英雄であろうと子どもであろうと、進退窮まりつつある我々人類が養う理由にはならない」
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