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第二十話

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 話の途中から、すでにフランシアの表情は曇っていました。

 ベレンガリオはそれに気付かず、一区切りついたところでようやくフランシアへ向き直ります。フランシアの顔が冴えないことから、ベレンガリオは不思議に思い、尋ねます。

「何だ、それほど驚くことか?」

 フランシアは誤魔化します。

「え、ええ、ごめんなさい。そこまでお義兄様の愛が深いだなんて想像もできなかったから」
「そうだろうか」

 ものは言いようです。ジョヴァンナに一目惚れして、その場でプロポーズして拒絶され、何度も誘って断られて、ついには下宿先に押しかけて保護者を説得しようとした……それはどう考えてもであり、というには重すぎます。

 とはいえ、ベレンガリオは真剣に、ジョヴァンナと結婚する道筋を作り、合意に至ったのですから恥じるところは何もありません。そのあたり、ベレンガリオと、フランシアをはじめとした女性たちとの間には大きな溝があります。

 ところが、そこまで執着した女性をベレンガリオは罵倒し、撤回したものの離婚宣告を突きつけました。これもまた、ベレンガリオには覆しようのない事実なのです。

 そのことを深く思い悩むベレンガリオは、ようやく自分の気持ちを言葉に表します。

「間違いなく、私はジョヴァンナに一目惚れした。今もその気持ちは一切変わっていない、いないんだ。しかし……」
「しかし?」
「あの美しいジョヴァンナが、あんな贅肉まみれになるなんて想像だにできなかったッ!」

 あまりにも力のこもった声色に、フランシアが一瞬驚いていました。給仕のメイドも思わずベレンガリオを見遣ります。

 我に返ったベレンガリオは、何とか落ち着こうと必死にできることの道筋を言葉に出して確認しました。

「いや、落ち着けベレンガリオ。ジョヴァンナは私の代わりに呪いを受けてああなった、つまり元に戻る。戻してみせる」

 ぶつぶつ喋るベレンガリオは、この時点になってもまだ気付いていません。

 すでに、フランシアとメイドの視線は、ベレンガリオへの尊敬を失っています。

 それどころか、フランシアはついに、真剣な表情で切り出しました。

「あのー、お義兄様。ちょっとよろしい?」
「ん?」
「呪いって、全般的に、確かに不幸をもたらすけれど……太るって、不幸かしら?」

 はた、とベレンガリオは思考を仕切り直します。

 ——太るのは、不幸なのか?

 はっきり言ってしまえば『不在の間に妻がまるまる肥え太っていた』というのはベレンガリオがショックだっただけで、ジョヴァンナにとってはどうだったのか、尋ねていないため分からないのです。

 ベレンガリオへ向けられた呪いをジョヴァンナが代わりに受けた結果が『太る』だったものの、それはすぐさま不幸と同じ意味を持つとは限らないのではないでしょうか。

 そこまでしてベレンガリオを守った可憐で美しい十七、八の乙女に対し、一体全体ベレンガリオは何が不幸なのでしょうか。

 妻が太ったから不幸、だなどと言い放つ男性は、あまりにも他者を思いやる気持ちに欠け、また自分の都合のいいように物事を見聞きするだけの浅薄さを披露しているだけではないでしょうか。

 ベレンガリオの中で、何度も何度も天秤が左右に傾きます。しかし、体面やプライドを乗せた皿は、誠実さや良心の乗った皿には敵うわけもなく、結論はすぐに出るのです。

 自分が悪かったのだ、と。

 それでも、最後のひとかけら残った高い高いプライドが、フランシアに負けたくない気持ちもあってポロリとベレンガリオの口からこぼれました。

「げ、限度というものが」
「でも、本当はまだ好きなのでしょう?」
「……ああ」
「なのに、太っただけでお姉様をそこまで毛嫌いするの? さすがに私も引きますわ、それは」

 フランシアの正論により、ベレンガリオに残っていたプライドはどこかへ吹っ飛んでいきました。長くかかったものの、ベレンガリオは己の全面的な落ち度を認めたのです。

 しかし、それはそれとして、十五歳の小娘に夫婦間の仲について指摘されたことは、ベレンガリオも少々むかっと決ました。ほぼ反射的に、嫌味が漏れます。

「君には分からないさ……どうせ恋もしたことのないような小娘に」

 それは、ベレンガリオの難儀な性格が現れた一瞬だったのでしょう。

 それを聞き、フランシアはブチギレました。

「は? してますけど?」
「ふん、何回婚約が成立しなかったんだ?」
「はああ!? 失礼、失礼ですわ! 自分だって告白はおろか婚約もせずに結婚しようだなんておっしゃったくせに!」
「さっきから言っているが、仕方ないだろう! 何度も言わせるな!」
「それを聞いたら普通に気持ち悪いですわ! うわー、お姉様ったらこんな殿方と結婚なさっていたなんて……かわいそう……」
「憐れまれる意味が分からない」
「自覚なしですか。そうですか、あなたがお幸せになれないのは勝手ですけれど、せめてお姉様を返してくださいましね」

 ベレンガリオとフランシア、ギャアギャアと大人げない口論が始まりました。

 どちらも負けず嫌いであるため、のっぴきならない口論は給仕のメイドが何度ため息を吐いても終わらず、大声を聞きつけて他の場所から様子を見に来たメイドたちも呆れています。

 取っ組み合いでもしそうな剣幕の二人ですが、途中で先に冷静さを取り戻したのはフランシアでした。

「ああ腹の立つ! でもまあ、一つだけ、助言というか、お姉様を助けるためですから言っておきますわ」
「何だ」
。だって、あの方、王都のテロリストの集まり……『魔女集会』の中にいましたもの」

 フランシアの投下した爆弾発言が、ベレンガリオの怒りを吹っ飛ばして正気に戻しました。

「どういう……!?」
「ああはいはい、そういうのはかまいませんわ。ね、お母様、正直に話したのだから、はしたなくても見逃してくださる?」
「!?」

 ベレンガリオが振り向くと、部屋の入り口にはメイドたちと、その中心にはダーナテスカ伯爵夫人が腕を組んで立っていました。冷ややかな目でベレンガリオを睨みつけ、失望を隠していません。

 ダーナテスカ伯爵夫人は、魚のように口をぱくぱくさせ、驚きすぎて言葉の出ないベレンガリオからフランシアへ視線を寄越します。フランシアは悪びれもせず、鼻息荒く胸を張って、自分は悪くないとばかりの態度ですが——ダーナテスカ伯爵夫人は咎めません。

「……あなたがグレーゼ侯爵を嫌っていた、というところは意表を突かれてしまったわね」
「でしょうね」
「婚約候補者の前でも見せないくらい珍しく猫被っているから、何かあるだろうと思っていましたよ」
「結果オーライよ。第一、私の魔法の才能を見抜いたのはお母様でしょう?」

 ふふん、とフランシアは得意げです。

 この場で話に置いてけぼりになっているベレンガリオは、何もかも認識が間違っていたのです。

 妙に懐いていたフランシアはお義兄様ベレンガリオではなく、お姉様ジョヴァンナのために何もかも行動していたのだとしたら。

 ベレンガリオへ呪いをかけたというセネラ子爵の行動を把握し、『魔女集会』という呪いの元を知っているフランシアは、王都で何をしていたのか。

 ベレンガリオは何一つ把握しておらず、おそらく——彼女たちには、ベレンガリオが知らない、呪いの件についてとても重要な情報を握っているのです。

 何もかもから置いていかれたベレンガリオは、まずは尋ねることしかできません。

「ど……どういうことですか?」

 ダーナテスカ伯爵夫人とフランシアは、やれやれ、とばかりにベレンガリオを見下ろしていました。
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