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第十六話
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ダーナテスカ伯爵邸は、すっかり周囲をオレンジ色の枯葉で埋め尽くされており、それはどこからか吹いてきた風によってエントランスからバルコニーまで飛ばされ、掃除に励む庭師が遊ばれています。
ひとまず、やることのないベレンガリオは、与えられた部屋で読書することにしました。よその侯爵が他人様の領地で勝手に外を出歩かないように、とダーナテスカ伯爵夫人に釘を刺されたこともあり——それ以前に、侯爵という高貴な身分の者が単独で旅に出るものではないと叱られ——やむなくダーナテスカ伯爵領の史書を読むことにしました。
座学よりも外で体を動かすことが好きなベレンガリオとしては少々億劫ですが、魔法や呪いと関係の深かったダーナテスカ伯爵領について知ることができれば、少しはジョヴァンナのためになるかもしれません。あるいは、愛するジョヴァンナの育った土地がどんなものか、理解を深める助けになるでしょう。
今の今までベレンガリオからジョヴァンナへは与えるばかりで、ベレンガリオがジョヴァンナ自身のことを教わったことは数えるほどです。ベレンガリオはやっとそのことに気付き、押し付けてばかりの愛でしかなかったと反省しきりです。
とりあえず、ベレンガリオが知るダーナテスカ伯爵領は、かつて魔法学院というものが存在した土地であり、今となってはその名残だけが点在し、全国的に展開された魔法使いや魔女たちは彼らを迫害する『魔女狩り』運動によって姿を消したということになっている——少なくとも表向きは——ということだけです。実際に呪いが未だ実在しているのであれば、それを行使できる魔法使いや魔女も健在であるわけですから、ダーナテスカ伯爵領には呪いにも詳しい人々が今もいるかもしれません。
しかし、迫害された魔法使いや魔女たちを見つけることは容易くありません。それに、この土地の主人であるダーナテスカ伯爵夫人が、自領に住む彼らを把握していないわけがないのです。もちろん、よそものであるベレンガリオにはすべてを曝け出すことはないでしょう。ならば、ベレンガリオは余計なことはせず大人しく待ち、情報を集めるしかないのです。
すると、朝から読書を続けてすっかり目が疲れたベレンガリオのもとに、フランシアが訪ねてきました。
「お義兄様、少しいいかしら?」
昨日とは違うお目付け役のメイドを連れて、フランシアはベレンガリオの客室にやってきました。手には、折り畳んだカラフルな刺繍入り木綿ハンカチがずらりと並んだ木箱を持っています。
「昨日話していた刺繍入りのハンカチ、持ってきたわ。お姉様とお義兄様の分、好きなものを選んでちょうだい、いらないものは後で回収するから」
「わざわざすまないな」
「ううん、それより、大事な話があるの」
フランシアはそう切り出し、身構えようとするベレンガリオも間に合わない早さで、ズバッと本題に入ります。
「ねえ、お姉様に一目惚れしたのはお義兄様なのよね? 馴れ初めについて聞きたいわ! ぜひ!」
肩透かしを食らったベレンガリオは、刺繍入りハンカチの箱を手に、部屋の一人がけソファへ戻ろうとします。
「あまり口外することでもなし、勘弁してくれ」
「少しだけよ! 私だって、そんなふうに一途に思われてみたいもの」
「はあ」
すでに堂々と部屋へ進入し、フランシアはベレンガリオの肩を揺すって話をせがみます。
よくよく見れば、お目付け役のメイドの後ろに、ティーセットを運んできたメイドもいました。既成事実とばかりにローテーブルにささやかなお茶会の準備がされ、二人分の紅茶が注がれています。
これはもう逃げられません。ベレンガリオは観念して、フランシアに二人がけのソファを勧めました。待っていました、とばかりにフランシアはソファに腰掛け、目を輝かせます。そういうところはジョヴァンナとそっくりな可憐さがあるだけに、ベレンガリオも無碍にできないのです。
「ねえ、お義兄様が王都の士官学校にいたころにお姉様と知り合ったのでしょう?」
「ああ。偶然」
「偶然!? すごいわ、運命の出会いだったのね」
「そんな大仰な話じゃないさ」
「それで? 舞踏会でもお茶会でもなく、どこで出会ったの?」
フランシアは期待を寄せて、楽しそうに馴れ初め話を聞き出そうとしていました。
ベレンガリオがジョヴァンナと出会ったころ、それはほんの三年ほど前の話です。
ベレンガリオが十七歳になったばかり、ジョヴァンナが十五歳になる少し前のことでした。
ひとまず、やることのないベレンガリオは、与えられた部屋で読書することにしました。よその侯爵が他人様の領地で勝手に外を出歩かないように、とダーナテスカ伯爵夫人に釘を刺されたこともあり——それ以前に、侯爵という高貴な身分の者が単独で旅に出るものではないと叱られ——やむなくダーナテスカ伯爵領の史書を読むことにしました。
座学よりも外で体を動かすことが好きなベレンガリオとしては少々億劫ですが、魔法や呪いと関係の深かったダーナテスカ伯爵領について知ることができれば、少しはジョヴァンナのためになるかもしれません。あるいは、愛するジョヴァンナの育った土地がどんなものか、理解を深める助けになるでしょう。
今の今までベレンガリオからジョヴァンナへは与えるばかりで、ベレンガリオがジョヴァンナ自身のことを教わったことは数えるほどです。ベレンガリオはやっとそのことに気付き、押し付けてばかりの愛でしかなかったと反省しきりです。
とりあえず、ベレンガリオが知るダーナテスカ伯爵領は、かつて魔法学院というものが存在した土地であり、今となってはその名残だけが点在し、全国的に展開された魔法使いや魔女たちは彼らを迫害する『魔女狩り』運動によって姿を消したということになっている——少なくとも表向きは——ということだけです。実際に呪いが未だ実在しているのであれば、それを行使できる魔法使いや魔女も健在であるわけですから、ダーナテスカ伯爵領には呪いにも詳しい人々が今もいるかもしれません。
しかし、迫害された魔法使いや魔女たちを見つけることは容易くありません。それに、この土地の主人であるダーナテスカ伯爵夫人が、自領に住む彼らを把握していないわけがないのです。もちろん、よそものであるベレンガリオにはすべてを曝け出すことはないでしょう。ならば、ベレンガリオは余計なことはせず大人しく待ち、情報を集めるしかないのです。
すると、朝から読書を続けてすっかり目が疲れたベレンガリオのもとに、フランシアが訪ねてきました。
「お義兄様、少しいいかしら?」
昨日とは違うお目付け役のメイドを連れて、フランシアはベレンガリオの客室にやってきました。手には、折り畳んだカラフルな刺繍入り木綿ハンカチがずらりと並んだ木箱を持っています。
「昨日話していた刺繍入りのハンカチ、持ってきたわ。お姉様とお義兄様の分、好きなものを選んでちょうだい、いらないものは後で回収するから」
「わざわざすまないな」
「ううん、それより、大事な話があるの」
フランシアはそう切り出し、身構えようとするベレンガリオも間に合わない早さで、ズバッと本題に入ります。
「ねえ、お姉様に一目惚れしたのはお義兄様なのよね? 馴れ初めについて聞きたいわ! ぜひ!」
肩透かしを食らったベレンガリオは、刺繍入りハンカチの箱を手に、部屋の一人がけソファへ戻ろうとします。
「あまり口外することでもなし、勘弁してくれ」
「少しだけよ! 私だって、そんなふうに一途に思われてみたいもの」
「はあ」
すでに堂々と部屋へ進入し、フランシアはベレンガリオの肩を揺すって話をせがみます。
よくよく見れば、お目付け役のメイドの後ろに、ティーセットを運んできたメイドもいました。既成事実とばかりにローテーブルにささやかなお茶会の準備がされ、二人分の紅茶が注がれています。
これはもう逃げられません。ベレンガリオは観念して、フランシアに二人がけのソファを勧めました。待っていました、とばかりにフランシアはソファに腰掛け、目を輝かせます。そういうところはジョヴァンナとそっくりな可憐さがあるだけに、ベレンガリオも無碍にできないのです。
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「ああ。偶然」
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「そんな大仰な話じゃないさ」
「それで? 舞踏会でもお茶会でもなく、どこで出会ったの?」
フランシアは期待を寄せて、楽しそうに馴れ初め話を聞き出そうとしていました。
ベレンガリオがジョヴァンナと出会ったころ、それはほんの三年ほど前の話です。
ベレンガリオが十七歳になったばかり、ジョヴァンナが十五歳になる少し前のことでした。
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