27 / 40
第二十七話
しおりを挟む
私はちょっと広い家を借りることにしました。バルクォーツ女侯爵の屋敷に居候をしていたアレクが一緒に住みたいと言ったこともあるのですが、ワグノリス王国から脱出してきたマギニス先生を匿うためでもありました。
そうしていると、ある日一人の老騎士がワグノリス王国からやってきました。マギニス先生を通じてアレクを訪ねてきたのです。キッチンでお茶を用意しながら、隣の応接間から聞こえる声に私は耳を傾けます。
「そういうわけで、アスタニア帝国への亡命を希望します。できれば支援をしていただければと思い、参った次第です」
どうやら、そういうことらしいです。あの事故を巡るテイト公爵の醜聞によって、ワグノリス王国の騒動が大きくなっている証かもしれません。
私は一緒にお茶を用意していたマギニス先生へ問いかけます。
「マギニス先生、あの方は?」
「ラッセル・ブロード卿です。おそらくアスタニア帝国に移って執筆活動を行いたくなったのでしょう」
平然とマギニス先生は答えましたが、ラッセル・ブロード卿といえば奇才の騎士として知られる文筆家です。アレクがこよなく愛するワグノリス王国の文学を代表する作家と言っていいでしょう。
「もしかして、マギニス先生はブロード卿とお知り合いですか?」
「ええ、私の恩師です。その人柄もよく存じています」
そのマギニス先生を通じて、ラッセル・ブロード卿はアスタニア帝国に移り住み、執筆活動を続けるということですから、ファンであるアレクにとっては願ってもいない話です。アレクはあっさりとラッセル・ブロード卿を受け入れました。
「あなたの作品がこんなに間近で接することができるようになれば、嬉しいかぎりです。ジーベルン子爵としてあなたを支援します、その代わり」
「ええ、作品は真っ先にあなたへお見せしましょう。奥方様がワグノリス王国の言葉にも通じてらっしゃるとか、それならば私が拙いアスタニア帝国の言葉で書くよりも翻訳していただいたほうがずっといいでしょうな」
奥方様、という言葉に、私は反応します。
もう他人からも、私がアレクの妻であると認識されるようになっているのです。何だかこそばゆいし、恥ずかしいし、嬉しいしで、今私はどういう顔になっているのか。
「ミス・エミー。顔が緩んでいますよ」
「は、はい!」
緩んでいたようです。私は顔を引き締めます。
「でも、あなたの夫となる男性が優しそうな方でよかった。安心しました」
マギニス先生はそう言ってくれました。あの事故で夫を亡くしたマギニス先生は、ずっと事故の真相を追っていたのです。私が事故で怪我をしてあざを作ったことももちろん知っていて、だから王立寄宿学校でも目にかけてくれていたようです。
そんなマギニス先生の協力で、私はアレクを通じてテイト公爵家にも一泡吹かせることができました。マギニス先生も多少は溜飲が下がったことでしょう。完全に恨みを忘れることなんてできないでしょうが——ワグノリス王国のこれからのことを思えば、我慢できます。
「先生はこれからどうなさるんですか?」
「アスタニア帝国で教師の仕事を続けます。帝都でお誘いがあるので、そちらへ。落ち着いたら連絡します」
「よかった、マギニス先生とこれからもお会いできるんですね」
私のワグノリス王国時代の知り合いは、マギニス先生ただ一人です。そこまで交流があったわけではありませんが、ずっと私を気にかけてくれていた人なのですから、恩があります。これからも交流を続けていければ、そう思うのです。
マギニス先生は、お茶をお盆に載せてこう言いました。
「ミス・エミー、私はあなたに言ったことを、一つ訂正しなくてはなりません」
「え?」
「あなたなら一人で独立して生きていける、と言いましたが、こう言い換えましょう。あなたなら夫と二人で一緒に生きていくこともできる。書籍商として独立し、ジーベルン子爵の妻として夫と歩む。それは、必ずしも楽な道ではないでしょうが、あなたならきっと大丈夫です」
マギニス先生は応接間へお茶を運びます。
私は、嬉しくてつい顔が緩んでいました。
そうしていると、ある日一人の老騎士がワグノリス王国からやってきました。マギニス先生を通じてアレクを訪ねてきたのです。キッチンでお茶を用意しながら、隣の応接間から聞こえる声に私は耳を傾けます。
「そういうわけで、アスタニア帝国への亡命を希望します。できれば支援をしていただければと思い、参った次第です」
どうやら、そういうことらしいです。あの事故を巡るテイト公爵の醜聞によって、ワグノリス王国の騒動が大きくなっている証かもしれません。
私は一緒にお茶を用意していたマギニス先生へ問いかけます。
「マギニス先生、あの方は?」
「ラッセル・ブロード卿です。おそらくアスタニア帝国に移って執筆活動を行いたくなったのでしょう」
平然とマギニス先生は答えましたが、ラッセル・ブロード卿といえば奇才の騎士として知られる文筆家です。アレクがこよなく愛するワグノリス王国の文学を代表する作家と言っていいでしょう。
「もしかして、マギニス先生はブロード卿とお知り合いですか?」
「ええ、私の恩師です。その人柄もよく存じています」
そのマギニス先生を通じて、ラッセル・ブロード卿はアスタニア帝国に移り住み、執筆活動を続けるということですから、ファンであるアレクにとっては願ってもいない話です。アレクはあっさりとラッセル・ブロード卿を受け入れました。
「あなたの作品がこんなに間近で接することができるようになれば、嬉しいかぎりです。ジーベルン子爵としてあなたを支援します、その代わり」
「ええ、作品は真っ先にあなたへお見せしましょう。奥方様がワグノリス王国の言葉にも通じてらっしゃるとか、それならば私が拙いアスタニア帝国の言葉で書くよりも翻訳していただいたほうがずっといいでしょうな」
奥方様、という言葉に、私は反応します。
もう他人からも、私がアレクの妻であると認識されるようになっているのです。何だかこそばゆいし、恥ずかしいし、嬉しいしで、今私はどういう顔になっているのか。
「ミス・エミー。顔が緩んでいますよ」
「は、はい!」
緩んでいたようです。私は顔を引き締めます。
「でも、あなたの夫となる男性が優しそうな方でよかった。安心しました」
マギニス先生はそう言ってくれました。あの事故で夫を亡くしたマギニス先生は、ずっと事故の真相を追っていたのです。私が事故で怪我をしてあざを作ったことももちろん知っていて、だから王立寄宿学校でも目にかけてくれていたようです。
そんなマギニス先生の協力で、私はアレクを通じてテイト公爵家にも一泡吹かせることができました。マギニス先生も多少は溜飲が下がったことでしょう。完全に恨みを忘れることなんてできないでしょうが——ワグノリス王国のこれからのことを思えば、我慢できます。
「先生はこれからどうなさるんですか?」
「アスタニア帝国で教師の仕事を続けます。帝都でお誘いがあるので、そちらへ。落ち着いたら連絡します」
「よかった、マギニス先生とこれからもお会いできるんですね」
私のワグノリス王国時代の知り合いは、マギニス先生ただ一人です。そこまで交流があったわけではありませんが、ずっと私を気にかけてくれていた人なのですから、恩があります。これからも交流を続けていければ、そう思うのです。
マギニス先生は、お茶をお盆に載せてこう言いました。
「ミス・エミー、私はあなたに言ったことを、一つ訂正しなくてはなりません」
「え?」
「あなたなら一人で独立して生きていける、と言いましたが、こう言い換えましょう。あなたなら夫と二人で一緒に生きていくこともできる。書籍商として独立し、ジーベルン子爵の妻として夫と歩む。それは、必ずしも楽な道ではないでしょうが、あなたならきっと大丈夫です」
マギニス先生は応接間へお茶を運びます。
私は、嬉しくてつい顔が緩んでいました。
327
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
家出をした令嬢~捨てた家の没落は知りません
satomi
恋愛
侯爵家長女のマーガレット。最近はいろいろ頭とか胃とか痛い。物理的じゃなくて、悩ませる。実の母が亡くなって半年もしないうちに、父は連れ子付きで再婚…。恥ずかしい。義母は、貴族としての常識に欠けるし。頭痛いわ~。
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる