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第九話
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ウィズダム書籍商の商売が軌道に乗るにつれ、さすがに、本を一人で運ぶことは厳しくなってきました。
人を雇えばいいのですが、信用できる人でないとどうにも任せられません。本は高価なものです、それに私の教養や知識への信頼があって成り立っている商売ですので、評判に傷をつけられてはたまりません。もっと言うなら——私のすぐ近くに来る人が、私の顔のあざを見て逃げ出さない保証はどこにもないのです。
毎日苦労して本を運んでいると、とある学校でこんな一幕がありました。
市街地の真ん中にある学校の建物内に、教師たちに協力してもらって運んできた本を納入していました。私は納品書を届けに、校長室へ向かいます。この学校の生徒たちは皆十歳前後で、十五歳までに他の学校へ進級する制度があるのでワグノリス王国で言うミドルスクールに当たります。活気のある廊下を走っていく生徒たちは、スカーフを深く被った私を不思議に思っていたようですが、特に誰もからかってきたりはしませんでした。
校長室の扉をノックします。すぐに返事が返ってきて、私は入室しました。
「失礼します。ウィズダム書籍商です、納品書をお届けにまいりました」
そう言った私の目の先に、ソファに座った校長と、相対する一人の女性がいました。老齢の男性である校長と二十代半ばほどの妙齢の女性、それも相当の美人です。パンツスタイルの装飾の多い服を着ていることから、カルタバージュに住む貴族なのでしょう。
「ああ、エミーさん。ちょうどご紹介しようと思っていたところなんです。こちら、バルクォーツ女侯爵閣下です。カルタバージュの市長ですよ」
校長はそう言いました。カルタバージュ市長、この街の支配者です。バルクォーツ女侯爵という名前も聞いたことがあります、カタリナ・バルクォーツ、男勝りの女傑と名高い貴族です。
いきなりそんな貴族に何を紹介するというのでしょう。私は頭を下げ、礼儀として自己紹介をします。
「紹介に与りました、エミー・ウィズダムと申します。学校へ本を卸している書籍商です」
バルクォーツ女侯爵は機嫌よく、うんうんと頷きます。
「ああ、話には聞いている。最近カルタバージュへ来た才女で、二ヶ国語を流暢に扱うと。書籍商でなければ教師に招きたいところだが、どうだ?」
「いえ、私めには誰かにものを教えられるほどの力も才覚もございません。ご容赦を」
「そうか、断られるとは思わなかった。だが、私が出資しているこの学校の、語学の授業の質が上がったと評判でな。よければ今度、店に行っても? 何か掘り出し物があるかもしれないからな」
バルクォーツ女侯爵はどうやら私の店に興味があるようです。突然来た外国人を見張る目的もあるのでしょう、一度くらいなら招いても問題はありません。そもそも探られて痛い腹があるわけでもないので、どうということはないのです。
「では、また近いうちにいらっしゃってくださいませ。事前にご連絡いただければ、よさげな本を見繕っておきますわ」
「うん、頼んだ。よろしくな」
こうして、私とバルクォーツ女侯爵の初対面は終わりました。
しかし縁とは奇妙なもので、この出会いがいろいろと私の運命を変えていくのです。
人を雇えばいいのですが、信用できる人でないとどうにも任せられません。本は高価なものです、それに私の教養や知識への信頼があって成り立っている商売ですので、評判に傷をつけられてはたまりません。もっと言うなら——私のすぐ近くに来る人が、私の顔のあざを見て逃げ出さない保証はどこにもないのです。
毎日苦労して本を運んでいると、とある学校でこんな一幕がありました。
市街地の真ん中にある学校の建物内に、教師たちに協力してもらって運んできた本を納入していました。私は納品書を届けに、校長室へ向かいます。この学校の生徒たちは皆十歳前後で、十五歳までに他の学校へ進級する制度があるのでワグノリス王国で言うミドルスクールに当たります。活気のある廊下を走っていく生徒たちは、スカーフを深く被った私を不思議に思っていたようですが、特に誰もからかってきたりはしませんでした。
校長室の扉をノックします。すぐに返事が返ってきて、私は入室しました。
「失礼します。ウィズダム書籍商です、納品書をお届けにまいりました」
そう言った私の目の先に、ソファに座った校長と、相対する一人の女性がいました。老齢の男性である校長と二十代半ばほどの妙齢の女性、それも相当の美人です。パンツスタイルの装飾の多い服を着ていることから、カルタバージュに住む貴族なのでしょう。
「ああ、エミーさん。ちょうどご紹介しようと思っていたところなんです。こちら、バルクォーツ女侯爵閣下です。カルタバージュの市長ですよ」
校長はそう言いました。カルタバージュ市長、この街の支配者です。バルクォーツ女侯爵という名前も聞いたことがあります、カタリナ・バルクォーツ、男勝りの女傑と名高い貴族です。
いきなりそんな貴族に何を紹介するというのでしょう。私は頭を下げ、礼儀として自己紹介をします。
「紹介に与りました、エミー・ウィズダムと申します。学校へ本を卸している書籍商です」
バルクォーツ女侯爵は機嫌よく、うんうんと頷きます。
「ああ、話には聞いている。最近カルタバージュへ来た才女で、二ヶ国語を流暢に扱うと。書籍商でなければ教師に招きたいところだが、どうだ?」
「いえ、私めには誰かにものを教えられるほどの力も才覚もございません。ご容赦を」
「そうか、断られるとは思わなかった。だが、私が出資しているこの学校の、語学の授業の質が上がったと評判でな。よければ今度、店に行っても? 何か掘り出し物があるかもしれないからな」
バルクォーツ女侯爵はどうやら私の店に興味があるようです。突然来た外国人を見張る目的もあるのでしょう、一度くらいなら招いても問題はありません。そもそも探られて痛い腹があるわけでもないので、どうということはないのです。
「では、また近いうちにいらっしゃってくださいませ。事前にご連絡いただければ、よさげな本を見繕っておきますわ」
「うん、頼んだ。よろしくな」
こうして、私とバルクォーツ女侯爵の初対面は終わりました。
しかし縁とは奇妙なもので、この出会いがいろいろと私の運命を変えていくのです。
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