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第二話 三公会議
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三公会議は空の玉座がある大広間で、象牙細工の大円卓に並んだ椅子へ三人の王位継承権者が着席し、行われることになっていました。秘密会議ではなく、周囲には国中からやってきた貴族たちと王宮中の官僚たちが悲喜交々の表情を隠さず、真剣な眼差しで会議の始まりを待っています。
もちろん、ティアラとドレスを身に纏った私もいます。円卓の最上位、玉座を背後にした場所に持ってきた椅子を置き、座ったのです。
それに異を唱えたのは、先に隣に着席していた髭だらけの中年、オードヴィ公爵ガイストでした。
「なぜ王女殿下がこちらに?」
その非難がましい声には、私を責める意思が隠れもしていません。
私はこれでも今の王宮の仮の主人です。そして、この場は私の未来の夫を決めるための会議が開かれている。ならば、招かれておらずとも、私も出席する権利があるというものです。
白々しく、私は答えます。
「あら、王を選ぶ会議であれば、私も見物したいわ。だって、私の夫が決まるのでしょう?」
そこへ、白髪の初老、ラキア大公メディツァが仲裁気取りで間に入ります。
「まあまあ、それくらいのわがままなら叶えて差し上げるべきでしょう、オードヴィ公」
「ふん、女のくせにでしゃばりなことを……邪魔はなさらぬよう」
「心得ているわ」
ラキア大公メディツァが困ったような笑みを見せながら、用意された椅子に座りました。
残る椅子は一つ、まだ誰も座っていません。
やっと大広間の開かれたままの出入り口に現れたのは、栗茶色の髪の青年、隣国ヴァッサー王国の王太子シュヴァルツでした。
「遅れて申し訳ない。おや、アンネリーゼ王女、お久しぶりです」
「ええ、シュヴァルツ殿下もお変わりなく」
人懐こい顔をしていますが、このシュヴァルツ、冷徹な策略家です。エラト王国外にいる王位継承権者たちに対してその権利の永久放棄を迫り、攻め落としてしまった領土さえあります。もっとも、オードヴィ公爵ガイストもラキア大公メディツァも、他人様には言えないような手段を使ってライバルを蹴落とし、血濡れた階段を上ってきた野心家たちです。
それを思えば、私の胸中は穏やかではいられません。あなたたちがミカを、私の婚約者を、と怒りが抑えられなくなりそうです。
ラキア大公メディツァが、この中では年長だからか、会議の前に『前提条件』を宣言します。
「本来であれば、先代国王直系の子孫であるアンネリーゼ王女が王位を継ぐべきですが、いかんせんエラト王国の法典では女性に王位継承権が与えられない。どうかご理解のほどを」
ラキア大公メディツァは私へ目配せをして、「どうか何も文句を言ってくれるなよ」と合図をしてきていました。私にその権利はない、と念押ししたいのです。
私は知らん顔で、三人が互いに顔を合わせてやっとのことで三公会議は始まりました。
王太子シュヴァルツがしれっと、三人の事情について確認するかのように話しはじめます。
「しかし、私たち三人は全員、王位継承権こそ持っているものの本来の継承順位は低い。エラト王国の王家に連なる者ではあっても、遠縁の遠縁でしかない。やはり、アンネリーゼ王女との結婚が王となる条件でしょうね」
「若造、それがどうした? 今更、結婚は嫌だとでも?」
「とんでもない。しかしオードヴィ公爵もラキア大公もお年を召し、すでにご結婚なさっているではありませんか。ラキア大公に至っては、近々孫がお生まれになるとか、おめでとうございます」
真正面からの嫌味に、おやおや、とラキア大公メディツァは人のよさそうな笑みを浮かべるばかりです。その目は笑っておらず、若造の先制攻撃にピリピリしています。
オードヴィ公爵ガイストは、大仰に鼻息荒く一蹴します。
「下らん。王女を正妻にすれば何も問題なかろう。我々とて王家の血が流れる身、次の代の後継者が王女の子である必要はない。王女はあくまで玉座と王冠と同じレガリアと思えば、その価値は破格ではないか」
そのあとに続く言葉は、聞く価値もないことですが——「女ながらにそれだけの価値を与えられているのだから」と私はおろか女性蔑視をひけらかすような言葉が続くため、誰も聞いていません。
それに気付いたのか、オードヴィ公爵ガイストは話題を変えました。
「それよりもだ、シュヴァルツ。お前こそヴァッサー王国の王位はどうなっている。王太子と呼ばれようと、実際に王位に就くとは限らぬだろうに」
「ご心配には及びません。エラト王国の盾として、しっかりと周辺各国に睨みを聞かせておかねばなりませんので、国王就任はこちらが決まってからになります。ああ、我が国の、ですね」
そんなふうに、象牙細工の大円卓上では、見えない火花が散っています。
私はため息を吐きたい気持ちを抑えきれませんでした。
(下らない。私をもののように扱う、下品な男たち。それを隠しもせず、野心を剥き出しにして……こんなやつらが、お祖父様と同じ玉座に座るつもりだなんて嘆かわしい)
私と同じ心境である人々は、この場にどのくらいいるのでしょう。
少なくとも、一人。
おもむろに歩み出た、顔に包帯を巻いた隻眼の官僚は、三人の王位継承権者へ向けて恭しく一礼します。
「失礼、皆様。少々、お伺いしたき儀がございます」
もちろん、ティアラとドレスを身に纏った私もいます。円卓の最上位、玉座を背後にした場所に持ってきた椅子を置き、座ったのです。
それに異を唱えたのは、先に隣に着席していた髭だらけの中年、オードヴィ公爵ガイストでした。
「なぜ王女殿下がこちらに?」
その非難がましい声には、私を責める意思が隠れもしていません。
私はこれでも今の王宮の仮の主人です。そして、この場は私の未来の夫を決めるための会議が開かれている。ならば、招かれておらずとも、私も出席する権利があるというものです。
白々しく、私は答えます。
「あら、王を選ぶ会議であれば、私も見物したいわ。だって、私の夫が決まるのでしょう?」
そこへ、白髪の初老、ラキア大公メディツァが仲裁気取りで間に入ります。
「まあまあ、それくらいのわがままなら叶えて差し上げるべきでしょう、オードヴィ公」
「ふん、女のくせにでしゃばりなことを……邪魔はなさらぬよう」
「心得ているわ」
ラキア大公メディツァが困ったような笑みを見せながら、用意された椅子に座りました。
残る椅子は一つ、まだ誰も座っていません。
やっと大広間の開かれたままの出入り口に現れたのは、栗茶色の髪の青年、隣国ヴァッサー王国の王太子シュヴァルツでした。
「遅れて申し訳ない。おや、アンネリーゼ王女、お久しぶりです」
「ええ、シュヴァルツ殿下もお変わりなく」
人懐こい顔をしていますが、このシュヴァルツ、冷徹な策略家です。エラト王国外にいる王位継承権者たちに対してその権利の永久放棄を迫り、攻め落としてしまった領土さえあります。もっとも、オードヴィ公爵ガイストもラキア大公メディツァも、他人様には言えないような手段を使ってライバルを蹴落とし、血濡れた階段を上ってきた野心家たちです。
それを思えば、私の胸中は穏やかではいられません。あなたたちがミカを、私の婚約者を、と怒りが抑えられなくなりそうです。
ラキア大公メディツァが、この中では年長だからか、会議の前に『前提条件』を宣言します。
「本来であれば、先代国王直系の子孫であるアンネリーゼ王女が王位を継ぐべきですが、いかんせんエラト王国の法典では女性に王位継承権が与えられない。どうかご理解のほどを」
ラキア大公メディツァは私へ目配せをして、「どうか何も文句を言ってくれるなよ」と合図をしてきていました。私にその権利はない、と念押ししたいのです。
私は知らん顔で、三人が互いに顔を合わせてやっとのことで三公会議は始まりました。
王太子シュヴァルツがしれっと、三人の事情について確認するかのように話しはじめます。
「しかし、私たち三人は全員、王位継承権こそ持っているものの本来の継承順位は低い。エラト王国の王家に連なる者ではあっても、遠縁の遠縁でしかない。やはり、アンネリーゼ王女との結婚が王となる条件でしょうね」
「若造、それがどうした? 今更、結婚は嫌だとでも?」
「とんでもない。しかしオードヴィ公爵もラキア大公もお年を召し、すでにご結婚なさっているではありませんか。ラキア大公に至っては、近々孫がお生まれになるとか、おめでとうございます」
真正面からの嫌味に、おやおや、とラキア大公メディツァは人のよさそうな笑みを浮かべるばかりです。その目は笑っておらず、若造の先制攻撃にピリピリしています。
オードヴィ公爵ガイストは、大仰に鼻息荒く一蹴します。
「下らん。王女を正妻にすれば何も問題なかろう。我々とて王家の血が流れる身、次の代の後継者が王女の子である必要はない。王女はあくまで玉座と王冠と同じレガリアと思えば、その価値は破格ではないか」
そのあとに続く言葉は、聞く価値もないことですが——「女ながらにそれだけの価値を与えられているのだから」と私はおろか女性蔑視をひけらかすような言葉が続くため、誰も聞いていません。
それに気付いたのか、オードヴィ公爵ガイストは話題を変えました。
「それよりもだ、シュヴァルツ。お前こそヴァッサー王国の王位はどうなっている。王太子と呼ばれようと、実際に王位に就くとは限らぬだろうに」
「ご心配には及びません。エラト王国の盾として、しっかりと周辺各国に睨みを聞かせておかねばなりませんので、国王就任はこちらが決まってからになります。ああ、我が国の、ですね」
そんなふうに、象牙細工の大円卓上では、見えない火花が散っています。
私はため息を吐きたい気持ちを抑えきれませんでした。
(下らない。私をもののように扱う、下品な男たち。それを隠しもせず、野心を剥き出しにして……こんなやつらが、お祖父様と同じ玉座に座るつもりだなんて嘆かわしい)
私と同じ心境である人々は、この場にどのくらいいるのでしょう。
少なくとも、一人。
おもむろに歩み出た、顔に包帯を巻いた隻眼の官僚は、三人の王位継承権者へ向けて恭しく一礼します。
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