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第三十話
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私は毎日ヴィンチェンツォに誘われて、夜眠る前に暖炉の前でおしゃべりするようになりました。
料理人が日々大量に焼いて補充しているレーリチ公爵の好物のシュガークッキーを皿一杯に持ってきて、ハチミツたっぷりホットミルクを手に、シロクマの毛皮の上でぺたんと座り込んで。どうやら、レーリチ公爵家では家族でこうしてくつろぎ、重要なことから明日の天気まで話をする習慣があるようです。
「お前も、そのうち旧ペトリ辺境伯領……新しい地名になるだろうが、一度帰りたいだろう」
「ええ、そうですね。どうなっているのか確認して、私にできることがあれば支援していこうと思います」
「ああ、そうしろ。どうしてもよそ者のレーリチ公爵家には言えないこともあるだろう、お前が要望を汲み取ってくれると助かる」
「分かりました。では、機会があれば」
「そうだ、忘れていた。これを」
ヴィンチェンツォはジャケットのポケットから、宝飾品用の細い鎖を取り出しました。一本を私に、もう一本を自分が持ちます。そのまま、自分の左手薬指にはまっている四つの指輪を抜き取って、鎖に通しました。
「色々考えたんだが、指輪は失くすからこうしておく。それに、もっと増えてもこれでつけられる」
「なるほど、いいアイデアですね」
「お前もこれで首に下げるといい。毎日一つを選ぶより、全部つけてしまえば迷う手間もない」
毎日の装飾品を選ぶこともまた楽しみではありますが、いっそのこと欲張って全部つける、となるあたり、ヴィンチェンツォの豪放磊落な性格が見え隠れしていますね。
私もヴィンチェンツォの真似をして、鎖に指輪を四つ通しました。私はそれほど指が長くないので、薬指だけでなく親指以外の指すべてに一つずつつけていました。さすがに重いなぁと思っていたので、ちょうどよかったです。
二人揃って首から下げて、お揃いのネックレスになった指輪に、ふふっと笑みが溢れます。
「そういえば父上から打診されたが、俺にグリフィオ伯爵を与えて独立させる、という案が出た」
「グリフィオ伯爵、ですか? 聞いたことはありませんが、どちらの土地の?」
「北の、極北に近いところに大氷原があって」
「大氷原」
「その一帯を名目上管理している家だ。寒いところに行くことになる、しかも俺は軍を率いてあちこちに行くだろう」
私はちょっと想像してみます。
極北、オーロラが見られるでしょうか。雪と氷の平原、人家は私の故郷よりもまばらでしょう。春を待ち侘び、長い冬を過ごす土地です。
そこで私はヴィンチェンツォの帰りを待つのです。どのくらい待つのでしょう、一年、二年、もっとでしょうか。
でも、ヴィンチェンツォが帰ってきたとき、私が暖かい家と食べ物を用意していたら、嬉しいと思ってくれるはずです。
では、私はヴィンチェンツォのために暖かいものをかき集めて、暖炉の前で編み物でもしながら暮らしましょう。たくさん手袋や帽子ができそうですね、ひょっとすると糸つむぎもできるかも。
「ああでも、ひょっとするとだな、そちらで本当に独立するかもな」
「本当に独立、とは?」
「カレンド王国から独立して、国を建てる」
へ?
ヴィンチェンツォの言う独立とは、レーリチ公爵家からではなく、カレンド王国から、でした。
壮大な計画です。そんなこと、誰もが思いつきはしません。
「軍備を強化して、レーリチ公爵家の影響力がおよぶ範囲をどんどんと広げて、家名も威光も大陸中に響かせる。俺は北の国で大公にでもなって、こう言われるんだ。元公子は元辺境伯家令嬢と、国を興しました、とな」
そう言って、ヴィンチェンツォは手を差し出します。
「ついてきてくれるか、ユリア。美味しいチーズやトナカイ肉が食べられるぞ」
その言い方、どうなのでしょう。私がまるでご飯に釣られたみたいではありませんか。
「もう、他になにか、誘い文句はないのですか?」
「他か……そうだな」
むう、とヴィンチェンツォは悩む素振りを見せます。私は差し出された手を見ながら、どんな言葉が出てくるのか、少し楽しみに待ちます。
やがて、ヴィンチェンツォはこう言いました。
「大氷原は寒いから、現地の民は毛皮の中で抱き合って眠るそうだ。二人で行ったほうが暖かいぞ」
大体分かっていました、ヴィンチェンツォはそういうことを言うのだと。
「では、あまり家を空けないでくださいね。私が凍えてしまいます」
私は、差し出されたヴィンチェンツォの手にぽすっと右手を置きます。
こうして、私はヴィンチェンツォについて、将来的には極北の大氷原へ移住することになりました。
料理人が日々大量に焼いて補充しているレーリチ公爵の好物のシュガークッキーを皿一杯に持ってきて、ハチミツたっぷりホットミルクを手に、シロクマの毛皮の上でぺたんと座り込んで。どうやら、レーリチ公爵家では家族でこうしてくつろぎ、重要なことから明日の天気まで話をする習慣があるようです。
「お前も、そのうち旧ペトリ辺境伯領……新しい地名になるだろうが、一度帰りたいだろう」
「ええ、そうですね。どうなっているのか確認して、私にできることがあれば支援していこうと思います」
「ああ、そうしろ。どうしてもよそ者のレーリチ公爵家には言えないこともあるだろう、お前が要望を汲み取ってくれると助かる」
「分かりました。では、機会があれば」
「そうだ、忘れていた。これを」
ヴィンチェンツォはジャケットのポケットから、宝飾品用の細い鎖を取り出しました。一本を私に、もう一本を自分が持ちます。そのまま、自分の左手薬指にはまっている四つの指輪を抜き取って、鎖に通しました。
「色々考えたんだが、指輪は失くすからこうしておく。それに、もっと増えてもこれでつけられる」
「なるほど、いいアイデアですね」
「お前もこれで首に下げるといい。毎日一つを選ぶより、全部つけてしまえば迷う手間もない」
毎日の装飾品を選ぶこともまた楽しみではありますが、いっそのこと欲張って全部つける、となるあたり、ヴィンチェンツォの豪放磊落な性格が見え隠れしていますね。
私もヴィンチェンツォの真似をして、鎖に指輪を四つ通しました。私はそれほど指が長くないので、薬指だけでなく親指以外の指すべてに一つずつつけていました。さすがに重いなぁと思っていたので、ちょうどよかったです。
二人揃って首から下げて、お揃いのネックレスになった指輪に、ふふっと笑みが溢れます。
「そういえば父上から打診されたが、俺にグリフィオ伯爵を与えて独立させる、という案が出た」
「グリフィオ伯爵、ですか? 聞いたことはありませんが、どちらの土地の?」
「北の、極北に近いところに大氷原があって」
「大氷原」
「その一帯を名目上管理している家だ。寒いところに行くことになる、しかも俺は軍を率いてあちこちに行くだろう」
私はちょっと想像してみます。
極北、オーロラが見られるでしょうか。雪と氷の平原、人家は私の故郷よりもまばらでしょう。春を待ち侘び、長い冬を過ごす土地です。
そこで私はヴィンチェンツォの帰りを待つのです。どのくらい待つのでしょう、一年、二年、もっとでしょうか。
でも、ヴィンチェンツォが帰ってきたとき、私が暖かい家と食べ物を用意していたら、嬉しいと思ってくれるはずです。
では、私はヴィンチェンツォのために暖かいものをかき集めて、暖炉の前で編み物でもしながら暮らしましょう。たくさん手袋や帽子ができそうですね、ひょっとすると糸つむぎもできるかも。
「ああでも、ひょっとするとだな、そちらで本当に独立するかもな」
「本当に独立、とは?」
「カレンド王国から独立して、国を建てる」
へ?
ヴィンチェンツォの言う独立とは、レーリチ公爵家からではなく、カレンド王国から、でした。
壮大な計画です。そんなこと、誰もが思いつきはしません。
「軍備を強化して、レーリチ公爵家の影響力がおよぶ範囲をどんどんと広げて、家名も威光も大陸中に響かせる。俺は北の国で大公にでもなって、こう言われるんだ。元公子は元辺境伯家令嬢と、国を興しました、とな」
そう言って、ヴィンチェンツォは手を差し出します。
「ついてきてくれるか、ユリア。美味しいチーズやトナカイ肉が食べられるぞ」
その言い方、どうなのでしょう。私がまるでご飯に釣られたみたいではありませんか。
「もう、他になにか、誘い文句はないのですか?」
「他か……そうだな」
むう、とヴィンチェンツォは悩む素振りを見せます。私は差し出された手を見ながら、どんな言葉が出てくるのか、少し楽しみに待ちます。
やがて、ヴィンチェンツォはこう言いました。
「大氷原は寒いから、現地の民は毛皮の中で抱き合って眠るそうだ。二人で行ったほうが暖かいぞ」
大体分かっていました、ヴィンチェンツォはそういうことを言うのだと。
「では、あまり家を空けないでくださいね。私が凍えてしまいます」
私は、差し出されたヴィンチェンツォの手にぽすっと右手を置きます。
こうして、私はヴィンチェンツォについて、将来的には極北の大氷原へ移住することになりました。
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