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第二十八話
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ヴィンチェンツォは、書類と本だらけの書斎の主である書斎机からデスクチェアを引き離し、踏み台に座る私のすぐそばまで持ってきて、腰を下ろします。
二週間近くにもおよぶ、旧ペトリ辺境伯領行きがどうであったのか。
「結論から言えば、旧ペトリ辺境伯領を防衛する、という目的は果たした。ウェンダロスの多くは討伐、領内からは叩き出した。これでしばらくは旧ペトリ辺境伯領へ近づくこともないだろう」
堂々と、ヴィンチェンツォは戦果を誇張することもなく、端的に述べます。
つまりはどういうことか、私のもっとも気にしていることを告げるための前置きです。
ヴィンチェンツォは私を真正面に見据えて、顔を綻ばせます。
「というわけで、お前の父と兄たち、それに家族と領民たちは無事だ。レーリチ公爵軍に合流してもらい、今は領内の警戒、ウェンダロスの残党探しに従事してもらっている」
それを聞いただけで、もう、私は力が抜けて、大きな安堵のため息が漏れました。
「よかった。みんなが無事で、ほっとしました。あの、旧ペトリ辺境伯領のことは」
「すでに大まかな話は通した。カレンド王国が下した決定は覆らない、ならばあの土地はレーリチ公爵領として、その最前線の軍の指揮と委任統治者にペトリ家を任ずる。それなら前とさほど変わらず、あの土地を守っていけるだろう。つまり、ペトリ家はレーリチ公爵家が雇うから心配するな。王宮のことはまあ、父上がなんとかするだろうさ」
最終的にはレーリチ公爵に丸投げ、ということはいいとして、万事上手くいったようです。最上の結果を持って帰ってきたヴィンチェンツォの仕事は終わりました、さすがです。
「しかし、あの蛮族どもを少ない手勢で退けてきたペトリ家は恐ろしいな……ああ、それと、お前と結婚する話をしたら、ぜひにと喜ばれたぞ」
ピシ、と私は固まります。
結婚の話をしなくてはならない、確かに。
すでにレーリチ公爵やペネロペとは、先日のアナトリアの一件について口裏合わせをしています。経緯や侯爵たちを巻き込んだ騒動などの詳細はヴィンチェンツォには言わず、ただ結果だけを伝えよう、と。
なので、私は慎重に、結果だけを伝えます。
「あの、ヴィンチェンツォ様、ご報告しておきたいことがあります」
「何だ?」
「アナトリア様のことです。無事、タドリーニ侯爵嫡男のベネデットと婚約したそうです」
「は?」
呆気に取られた、とばかりの面白い顔になったヴィンチェンツォは、困惑していました。
「あの女が? どうやって?」
「色々とありまして……でも、婚約は嘘ではないようですし、これでヴィンチェンツォ様も安心できるだろうと思い、急ぎご報告を」
ああー、ここで私がヴィンチェンツォに迫られて詳細を吐くことになると、口裏合わせが何の意味もなさなくなります。どうやってかわそう、ハラハラしていると、ヴィンチェンツォは空気を読んでか、それ以上突っ込んで聞いてくることはありませんでした。
「分かった。ユリア、欲しいものを言え。俺にできることなら何でも叶えてやる」
——突然すぎやしませんか、ヴィンチェンツォ。
「いえその、結婚の話は」
「あれはすでに了承済みだ。他には?」
——了承済みでしたか、まさか。
どうしよう、どうしよう。いきなりです、いきなり欲しいものを言えと言われても、困ります。レーリチ公爵に結婚まで漕ぎ着けるようを頼まれていたものの、すでにヴィンチェンツォの中では結婚は了承済みのようですし、他に私が頼むことなんてなにかあるでしょうか?
咄嗟のことになにも思いつかない私へ、ヴィンチェンツォは一つ軽く手を叩き、こう言いました。
「ああ、まず褒めなければならなかったな。よしよし」
「!?!?」
ヴィンチェンツォは遠慮なく手を伸ばし、私の頭に当てました。そのままちょっと押し付けるように、撫で回します。
初めはびっくりしましたが、これ、やられるとけっこう癖になります。撫で撫でにうっとりしていると、ヴィンチェンツォは空いている手を伸ばしてきました。
「ユリア、手を」
「お手ですか!?」
「違う。左手、ほら」
私の左手を持つと、撫でる手を止め、ヴィンチェンツォは自分のジャケットのポケットから何かを取り出しました。
二週間近くにもおよぶ、旧ペトリ辺境伯領行きがどうであったのか。
「結論から言えば、旧ペトリ辺境伯領を防衛する、という目的は果たした。ウェンダロスの多くは討伐、領内からは叩き出した。これでしばらくは旧ペトリ辺境伯領へ近づくこともないだろう」
堂々と、ヴィンチェンツォは戦果を誇張することもなく、端的に述べます。
つまりはどういうことか、私のもっとも気にしていることを告げるための前置きです。
ヴィンチェンツォは私を真正面に見据えて、顔を綻ばせます。
「というわけで、お前の父と兄たち、それに家族と領民たちは無事だ。レーリチ公爵軍に合流してもらい、今は領内の警戒、ウェンダロスの残党探しに従事してもらっている」
それを聞いただけで、もう、私は力が抜けて、大きな安堵のため息が漏れました。
「よかった。みんなが無事で、ほっとしました。あの、旧ペトリ辺境伯領のことは」
「すでに大まかな話は通した。カレンド王国が下した決定は覆らない、ならばあの土地はレーリチ公爵領として、その最前線の軍の指揮と委任統治者にペトリ家を任ずる。それなら前とさほど変わらず、あの土地を守っていけるだろう。つまり、ペトリ家はレーリチ公爵家が雇うから心配するな。王宮のことはまあ、父上がなんとかするだろうさ」
最終的にはレーリチ公爵に丸投げ、ということはいいとして、万事上手くいったようです。最上の結果を持って帰ってきたヴィンチェンツォの仕事は終わりました、さすがです。
「しかし、あの蛮族どもを少ない手勢で退けてきたペトリ家は恐ろしいな……ああ、それと、お前と結婚する話をしたら、ぜひにと喜ばれたぞ」
ピシ、と私は固まります。
結婚の話をしなくてはならない、確かに。
すでにレーリチ公爵やペネロペとは、先日のアナトリアの一件について口裏合わせをしています。経緯や侯爵たちを巻き込んだ騒動などの詳細はヴィンチェンツォには言わず、ただ結果だけを伝えよう、と。
なので、私は慎重に、結果だけを伝えます。
「あの、ヴィンチェンツォ様、ご報告しておきたいことがあります」
「何だ?」
「アナトリア様のことです。無事、タドリーニ侯爵嫡男のベネデットと婚約したそうです」
「は?」
呆気に取られた、とばかりの面白い顔になったヴィンチェンツォは、困惑していました。
「あの女が? どうやって?」
「色々とありまして……でも、婚約は嘘ではないようですし、これでヴィンチェンツォ様も安心できるだろうと思い、急ぎご報告を」
ああー、ここで私がヴィンチェンツォに迫られて詳細を吐くことになると、口裏合わせが何の意味もなさなくなります。どうやってかわそう、ハラハラしていると、ヴィンチェンツォは空気を読んでか、それ以上突っ込んで聞いてくることはありませんでした。
「分かった。ユリア、欲しいものを言え。俺にできることなら何でも叶えてやる」
——突然すぎやしませんか、ヴィンチェンツォ。
「いえその、結婚の話は」
「あれはすでに了承済みだ。他には?」
——了承済みでしたか、まさか。
どうしよう、どうしよう。いきなりです、いきなり欲しいものを言えと言われても、困ります。レーリチ公爵に結婚まで漕ぎ着けるようを頼まれていたものの、すでにヴィンチェンツォの中では結婚は了承済みのようですし、他に私が頼むことなんてなにかあるでしょうか?
咄嗟のことになにも思いつかない私へ、ヴィンチェンツォは一つ軽く手を叩き、こう言いました。
「ああ、まず褒めなければならなかったな。よしよし」
「!?!?」
ヴィンチェンツォは遠慮なく手を伸ばし、私の頭に当てました。そのままちょっと押し付けるように、撫で回します。
初めはびっくりしましたが、これ、やられるとけっこう癖になります。撫で撫でにうっとりしていると、ヴィンチェンツォは空いている手を伸ばしてきました。
「ユリア、手を」
「お手ですか!?」
「違う。左手、ほら」
私の左手を持つと、撫でる手を止め、ヴィンチェンツォは自分のジャケットのポケットから何かを取り出しました。
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