元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

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第二十四話

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 馬車での帰り道、レーリチ公爵はこんなことを口にしました。

「まったく、あそこまでやらなければ、やつらは誰一人自分の非を認めないからな……ああやって互いに弱味を握らせて、ようやく話を聞くことができる。面倒な連中だ、ヴィンチェンツォではないが戦争で解決したくなる気持ちも分からなくはない」

 レーリチ公爵のとんでもない発言は、とても外に漏らせる話ではありませんが、ここは馬車の中です。時と場所をわきまえさえすれば、そのくらいのことは何も問題ありません。

 つい昨日、ペネロペから計画を聞かされていました。スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家をくっつけるためには、双方が失態を犯した上で言い逃れができない状況を作り、レーリチ公爵によって両侯爵家が『責任を取る形で結婚する』。スカヴィーノ侯爵だけでなく、急ぎタドリーニ侯爵を呼び出すため、ペネロペは王城に行って何かをしてきたようですが、ベネデットも私の知らないところでなにか絡んでいるのかもしれませんね。

 ベネデットはアナトリアの手綱を握るために結婚しなくてはなりません、そしてスカヴィーノ侯爵家はアナトリアを放逐同然に嫁に出し、タドリーニ侯爵家は何を発言するか分かったものではない、逃してはいけない、爆発させてはいけない危険物であるアナトリアをあの手この手で閉じ込めようとするでしょう。ティーサロンでのあの発言でアナトリアは身内から危険人物と見做されていますし、ペネロペがこの話をもはや後戻りできないくらいに広めるでしょうから、アナトリアが社交界に戻れる日は来ないかもしれません。

 なんにしても、私はヴィンチェンツォの望みが叶ったから嬉しいのです。とはいえ——最終的には私は大したことはしておらず、レーリチ公爵とペネロペのおかげです。私が頼まれたというのに——私にもっと力があれば、と悔やんでしまいます。

「結局、レーリチ公爵のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。他にやりようがあったかもしれませんが、私では力不足でした」

 がたごとと轍にはまった馬車が揺れますが、音だけで振動はほとんどありません。レーリチ公爵家の持つ馬車は大きく、家が買えそうなほどの値段です。

 そのレーリチ公爵家に、私はどこまでも甘えていやしないか。自分の力では結局なんともできなくて、誰かになんとかしてもらっているだけで、それもレーリチ公爵家というとても偉いお家を後ろ盾にしてやりたいようにやっている、と言われやしないでしょうか。

 そういうことは、私はどうしても拒絶感を覚えてしまいます。私に力がないからといって、虎の威を借る真似をするなんて、みっともない、と。

 ところが、レーリチ公爵は違いました。

「ユリア、君が我が家の門を叩いたのは、他にやりようがなかったからだろう。私も、それ以外に君ができることはなかったと思う。あとになって何かできたのではないか、と考えるのは実に不毛だ。分かるかね?」

 レーリチ公爵は私にも分かるように、噛み砕いて説明してくれます。

「君は正しく誰かに頼るということを覚えなさい。人生には、いくらでも自分ではどうしようもない出来事が起きる。そのとき、誰かの力を借りてでも意を通さなければならないことだって多々ある。今回は、君はヴィンチェンツォのために、私やペネロペの力を借りた。それは間違っていないだろう? そうすればヴィンチェンツォのためになると君は思って、頭を下げることも厭わない」
「……そうかもしれませんが」
「君がもし、自分のために動いていたのだったら、私とペネロペはここまでしなかった。だが、我が息子ヴィンチェンツォのためで、フォークで刺されに行く覚悟さえ決めていたではないか」

 あ、ペネロペ、そこまで喋っていたのですね。

 むしろ私が激昂したアナトリアに刺されれば一撃ですべてが終わる、と考えたのは、私が頭がそれほどよくなくズボラだからでもあるのですが、そこは黙っておきましょう。

「面倒な体面のために誰かに素直に頼ることをしなくなった貴族より、ストレートに誰かのために力を貸してほしい、と言ってくる君のほうが好ましい。レーリチ公爵家はそういう家風だから、気にしなくていい。ヴィンチェンツォも今回のことを知れば、君に感謝するだろう」
「あっ……あの、公爵閣下、できれば今回のことは、ヴィンチェンツォにはぼやかしてお伝えしたいと」
「なぜだね?」
「これ以上、戦争に関係ない——貴族に関することでヴィンチェンツォを失望させたり、憤慨させたりしたくないのです。知らなくていいことなら、伝えずにおきたいと思って……あまり、気分のいい話ではありませんから」

 それを聞いたレーリチ公爵は、少し私を凝視していましたが、得心がいったように頷きました。

「なるほど、君の気遣いは分かった。だが、ヴィンチェンツォが知らなくてはならない情報もあるからね、そのあたりの説明は任せなさい。あとで口裏を合わせよう」
「はい、ありがとうございます!」

 意図が通じて、私は嬉しくなって顔が綻びました。

 先ほどまでのティーサロンの出来事はなるべく早く忘れよう。そう思います。あとは、あの空間と二度とお近づきならないよう、ヴィンチェンツォに近づけないよう、それが私の仕事です。

 今回のように、私がヴィンチェンツォにできることはとっても少なくて、だからこそその少ないことを一生懸命しなくちゃ、と思うわけなのです。

 数日後、ペネロペから聞いた話では、スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家の婚約の話が社交界でもちきりになったようですが、そこにレーリチ公爵家の影は見当たらず、ヴィンチェンツォの名前も一切出ていないことが分かり、私は安堵しました。

 あとは、ヴィンチェンツォが帰ってくるのを待つばかりです。

 一日千秋の思いで、私は旧ペトリ辺境伯領からいい知らせが来るのを待ちました。
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