24 / 31
第二十四話
しおりを挟む
馬車での帰り道、レーリチ公爵はこんなことを口にしました。
「まったく、あそこまでやらなければ、やつらは誰一人自分の非を認めないからな……ああやって互いに弱味を握らせて、ようやく話を聞くことができる。面倒な連中だ、ヴィンチェンツォではないが戦争で解決したくなる気持ちも分からなくはない」
レーリチ公爵のとんでもない発言は、とても外に漏らせる話ではありませんが、ここは馬車の中です。時と場所をわきまえさえすれば、そのくらいのことは何も問題ありません。
つい昨日、ペネロペから計画を聞かされていました。スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家をくっつけるためには、双方が失態を犯した上で言い逃れができない状況を作り、レーリチ公爵によって両侯爵家が『責任を取る形で結婚する』。スカヴィーノ侯爵だけでなく、急ぎタドリーニ侯爵を呼び出すため、ペネロペは王城に行って何かをしてきたようですが、ベネデットも私の知らないところでなにか絡んでいるのかもしれませんね。
ベネデットはアナトリアの手綱を握るために結婚しなくてはなりません、そしてスカヴィーノ侯爵家はアナトリアを放逐同然に嫁に出し、タドリーニ侯爵家は何を発言するか分かったものではない、逃してはいけない、爆発させてはいけない危険物であるアナトリアをあの手この手で閉じ込めようとするでしょう。ティーサロンでのあの発言でアナトリアは身内から危険人物と見做されていますし、ペネロペがこの話をもはや後戻りできないくらいに広めるでしょうから、アナトリアが社交界に戻れる日は来ないかもしれません。
なんにしても、私はヴィンチェンツォの望みが叶ったから嬉しいのです。とはいえ——最終的には私は大したことはしておらず、レーリチ公爵とペネロペのおかげです。私が頼まれたというのに——私にもっと力があれば、と悔やんでしまいます。
「結局、レーリチ公爵のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。他にやりようがあったかもしれませんが、私では力不足でした」
がたごとと轍にはまった馬車が揺れますが、音だけで振動はほとんどありません。レーリチ公爵家の持つ馬車は大きく、家が買えそうなほどの値段です。
そのレーリチ公爵家に、私はどこまでも甘えていやしないか。自分の力では結局なんともできなくて、誰かになんとかしてもらっているだけで、それもレーリチ公爵家というとても偉いお家を後ろ盾にしてやりたいようにやっている、と言われやしないでしょうか。
そういうことは、私はどうしても拒絶感を覚えてしまいます。私に力がないからといって、虎の威を借る真似をするなんて、みっともない、と。
ところが、レーリチ公爵は違いました。
「ユリア、君が我が家の門を叩いたのは、他にやりようがなかったからだろう。私も、それ以外に君ができることはなかったと思う。あとになって何かできたのではないか、と考えるのは実に不毛だ。分かるかね?」
レーリチ公爵は私にも分かるように、噛み砕いて説明してくれます。
「君は正しく誰かに頼るということを覚えなさい。人生には、いくらでも自分ではどうしようもない出来事が起きる。そのとき、誰かの力を借りてでも意を通さなければならないことだって多々ある。今回は、君はヴィンチェンツォのために、私やペネロペの力を借りた。それは間違っていないだろう? そうすればヴィンチェンツォのためになると君は思って、頭を下げることも厭わない」
「……そうかもしれませんが」
「君がもし、自分のために動いていたのだったら、私とペネロペはここまでしなかった。だが、我が息子ヴィンチェンツォのためで、フォークで刺されに行く覚悟さえ決めていたではないか」
あ、ペネロペ、そこまで喋っていたのですね。
むしろ私が激昂したアナトリアに刺されれば一撃ですべてが終わる、と考えたのは、私が頭がそれほどよくなくズボラだからでもあるのですが、そこは黙っておきましょう。
「面倒な体面のために誰かに素直に頼ることをしなくなった貴族より、ストレートに誰かのために力を貸してほしい、と言ってくる君のほうが好ましい。レーリチ公爵家はそういう家風だから、気にしなくていい。ヴィンチェンツォも今回のことを知れば、君に感謝するだろう」
「あっ……あの、公爵閣下、できれば今回のことは、ヴィンチェンツォにはぼやかしてお伝えしたいと」
「なぜだね?」
「これ以上、戦争に関係ない——貴族に関することでヴィンチェンツォを失望させたり、憤慨させたりしたくないのです。知らなくていいことなら、伝えずにおきたいと思って……あまり、気分のいい話ではありませんから」
それを聞いたレーリチ公爵は、少し私を凝視していましたが、得心がいったように頷きました。
「なるほど、君の気遣いは分かった。だが、ヴィンチェンツォが知らなくてはならない情報もあるからね、そのあたりの説明は任せなさい。あとで口裏を合わせよう」
「はい、ありがとうございます!」
意図が通じて、私は嬉しくなって顔が綻びました。
先ほどまでのティーサロンの出来事はなるべく早く忘れよう。そう思います。あとは、あの空間と二度とお近づきならないよう、ヴィンチェンツォに近づけないよう、それが私の仕事です。
今回のように、私がヴィンチェンツォにできることはとっても少なくて、だからこそその少ないことを一生懸命しなくちゃ、と思うわけなのです。
数日後、ペネロペから聞いた話では、スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家の婚約の話が社交界でもちきりになったようですが、そこにレーリチ公爵家の影は見当たらず、ヴィンチェンツォの名前も一切出ていないことが分かり、私は安堵しました。
あとは、ヴィンチェンツォが帰ってくるのを待つばかりです。
一日千秋の思いで、私は旧ペトリ辺境伯領からいい知らせが来るのを待ちました。
「まったく、あそこまでやらなければ、やつらは誰一人自分の非を認めないからな……ああやって互いに弱味を握らせて、ようやく話を聞くことができる。面倒な連中だ、ヴィンチェンツォではないが戦争で解決したくなる気持ちも分からなくはない」
レーリチ公爵のとんでもない発言は、とても外に漏らせる話ではありませんが、ここは馬車の中です。時と場所をわきまえさえすれば、そのくらいのことは何も問題ありません。
つい昨日、ペネロペから計画を聞かされていました。スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家をくっつけるためには、双方が失態を犯した上で言い逃れができない状況を作り、レーリチ公爵によって両侯爵家が『責任を取る形で結婚する』。スカヴィーノ侯爵だけでなく、急ぎタドリーニ侯爵を呼び出すため、ペネロペは王城に行って何かをしてきたようですが、ベネデットも私の知らないところでなにか絡んでいるのかもしれませんね。
ベネデットはアナトリアの手綱を握るために結婚しなくてはなりません、そしてスカヴィーノ侯爵家はアナトリアを放逐同然に嫁に出し、タドリーニ侯爵家は何を発言するか分かったものではない、逃してはいけない、爆発させてはいけない危険物であるアナトリアをあの手この手で閉じ込めようとするでしょう。ティーサロンでのあの発言でアナトリアは身内から危険人物と見做されていますし、ペネロペがこの話をもはや後戻りできないくらいに広めるでしょうから、アナトリアが社交界に戻れる日は来ないかもしれません。
なんにしても、私はヴィンチェンツォの望みが叶ったから嬉しいのです。とはいえ——最終的には私は大したことはしておらず、レーリチ公爵とペネロペのおかげです。私が頼まれたというのに——私にもっと力があれば、と悔やんでしまいます。
「結局、レーリチ公爵のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。他にやりようがあったかもしれませんが、私では力不足でした」
がたごとと轍にはまった馬車が揺れますが、音だけで振動はほとんどありません。レーリチ公爵家の持つ馬車は大きく、家が買えそうなほどの値段です。
そのレーリチ公爵家に、私はどこまでも甘えていやしないか。自分の力では結局なんともできなくて、誰かになんとかしてもらっているだけで、それもレーリチ公爵家というとても偉いお家を後ろ盾にしてやりたいようにやっている、と言われやしないでしょうか。
そういうことは、私はどうしても拒絶感を覚えてしまいます。私に力がないからといって、虎の威を借る真似をするなんて、みっともない、と。
ところが、レーリチ公爵は違いました。
「ユリア、君が我が家の門を叩いたのは、他にやりようがなかったからだろう。私も、それ以外に君ができることはなかったと思う。あとになって何かできたのではないか、と考えるのは実に不毛だ。分かるかね?」
レーリチ公爵は私にも分かるように、噛み砕いて説明してくれます。
「君は正しく誰かに頼るということを覚えなさい。人生には、いくらでも自分ではどうしようもない出来事が起きる。そのとき、誰かの力を借りてでも意を通さなければならないことだって多々ある。今回は、君はヴィンチェンツォのために、私やペネロペの力を借りた。それは間違っていないだろう? そうすればヴィンチェンツォのためになると君は思って、頭を下げることも厭わない」
「……そうかもしれませんが」
「君がもし、自分のために動いていたのだったら、私とペネロペはここまでしなかった。だが、我が息子ヴィンチェンツォのためで、フォークで刺されに行く覚悟さえ決めていたではないか」
あ、ペネロペ、そこまで喋っていたのですね。
むしろ私が激昂したアナトリアに刺されれば一撃ですべてが終わる、と考えたのは、私が頭がそれほどよくなくズボラだからでもあるのですが、そこは黙っておきましょう。
「面倒な体面のために誰かに素直に頼ることをしなくなった貴族より、ストレートに誰かのために力を貸してほしい、と言ってくる君のほうが好ましい。レーリチ公爵家はそういう家風だから、気にしなくていい。ヴィンチェンツォも今回のことを知れば、君に感謝するだろう」
「あっ……あの、公爵閣下、できれば今回のことは、ヴィンチェンツォにはぼやかしてお伝えしたいと」
「なぜだね?」
「これ以上、戦争に関係ない——貴族に関することでヴィンチェンツォを失望させたり、憤慨させたりしたくないのです。知らなくていいことなら、伝えずにおきたいと思って……あまり、気分のいい話ではありませんから」
それを聞いたレーリチ公爵は、少し私を凝視していましたが、得心がいったように頷きました。
「なるほど、君の気遣いは分かった。だが、ヴィンチェンツォが知らなくてはならない情報もあるからね、そのあたりの説明は任せなさい。あとで口裏を合わせよう」
「はい、ありがとうございます!」
意図が通じて、私は嬉しくなって顔が綻びました。
先ほどまでのティーサロンの出来事はなるべく早く忘れよう。そう思います。あとは、あの空間と二度とお近づきならないよう、ヴィンチェンツォに近づけないよう、それが私の仕事です。
今回のように、私がヴィンチェンツォにできることはとっても少なくて、だからこそその少ないことを一生懸命しなくちゃ、と思うわけなのです。
数日後、ペネロペから聞いた話では、スカヴィーノ侯爵家とタドリーニ侯爵家の婚約の話が社交界でもちきりになったようですが、そこにレーリチ公爵家の影は見当たらず、ヴィンチェンツォの名前も一切出ていないことが分かり、私は安堵しました。
あとは、ヴィンチェンツォが帰ってくるのを待つばかりです。
一日千秋の思いで、私は旧ペトリ辺境伯領からいい知らせが来るのを待ちました。
13
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?
『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします
三崎こはく@休眠中
恋愛
婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。
紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。
さくっと読める異世界ラブストーリー☆★
※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください
※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪
※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪
悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。
凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。
サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。
対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。
そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。
何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。
そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。
不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

「脇役」令嬢は、「悪役令嬢」として、ヒロインざまぁからのハッピーエンドを目指します。
三歩ミチ
恋愛
「君との婚約は、破棄させてもらうよ」
突然の婚約破棄宣言に、憔悴の令嬢 小松原藤乃 は、気付けば学園の図書室にいた。そこで、「悪役令嬢モノ」小説に出会う。
自分が悪役令嬢なら、ヒロインは、特待生で容姿端麗な早苗。婚約者の心を奪った彼女に「ざまぁ」と言ってやりたいなんて、後ろ暗い欲望を、物語を読むことで紛らわしていた。
ところが、実はこの世界は、本当にゲームの世界らしくて……?
ゲームの「脇役」でしかない藤乃が、「悪役令嬢」になって、「ヒロインざまぁ」からのハッピーエンドを目指します。
*「小説家になろう」様にも投稿しています。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。
まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。
ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。
でも、そこで…。
リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。
――というのは表向きの話。
婚約破棄大成功! 追放万歳!!
辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19)
第四王子の元許嫁で転生者。
悪女のうわさを流されて、王都から去る
×
アル(24)
街でリリィを助けてくれたなぞの剣士
三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
「さすが稀代の悪女様だな」
「手玉に取ってもらおうか」
「お手並み拝見だな」
「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」
**********
※他サイトからの転載。
※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる