元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
21 / 31

第二十一話

しおりを挟む
 アナトリアの笑顔は、その鮮やかなハニーブロンドに似合うハチミツのような甘い笑顔、かと思いきや。

 私の想像とは違いました。彼女の笑顔はまるで——毒花ダチュラのように、大きく開いた花弁から見下ろしてきます。一瞬、触れてはいけない人だ、と私は本能的に察知しました。まだ言葉を交わしてもいない相手に、ここまで思うものでしょうか。

 飲み込まれそうになった心を支え、私は椅子に座るアナトリアへしっかりと目を向けます。

 アナトリアは私のことをどう思っているのか、そんな感情は一切見せません。

 私のちょうど目の前に座ったアナトリアは、たっぷりと余裕のある態度で、このお茶会の主導権を握っていきます。

「ユリア様、ごきげんよう。それで、あなたは」
「はい、旧ペトリ辺境伯家の娘です。先日まはあったのですが、今はもう貴族としての位は失われました」
「まあ……どういうことかしら?」

 私はアナトリアの社交辞令の問いかけに、簡潔に答えます。

「カレンド王国東端のペトリ辺境伯領に、ウェンダロスという蛮族が侵略してきたのです。その勢いは凄まじく、国王陛下は我が領の放棄を決定し、ペトリ辺境伯家は貴族としての爵位、家柄を失いました。私は偶然王都に滞在しており、レーリチ公爵家のペネロペ様とご縁があってこちらへお誘いいただきました」

 当然ながら、貴族令嬢でしかないアナトリアは、辺境の家のことなど大して興味もなかったのでしょう。王国の領地が脅かされているとしても、それは貴族令嬢の考えることではありません。他人事のようにする、状況が利用できそうなら利用する、それが正しいのです。

「そう、それは大変でしたわね。安心して、ペネロペはいい子ですから、しっかり力になってくれるでしょう」
「お気遣い痛み入ります。アナトリア様」

 ええ、そう。

 私は意地の悪いことを考えてしまいました。

 案の定、アナトリアも私に何かをしてくれることはなく、建前でも同情の言葉を使っただけベネデットよりは社交性がマシなのかもしれませんね。

 私の心が冷たくなることなど、彼女は気付きもしていないに違いありません。

 それに、アナトリアはお茶会の席の会話のことしか頭にないようですから、いいのです。これで、私にとっては都合がいいのです。

 そう思っていても、やはりつらいのは——私が弱いせいでしょうか。

「ペネロペは可愛らしい子でしょう? 私は実の妹のように可愛がっておりますの。もちろん、兄のヴィンチェンツォのことも幼少のみぎりより存じておりますから、そのレーリチ公爵家のご客人とあれば、あなたも私の大切な客人です。いかがかしら」

 なんだかそのとき、私はこう思いました。

「いえ、もうけっこうです」

 さらっと、私の口からその言葉が出ていたので、私もはっとして静まった周囲の空気を読みました。

 読みましたが、ええい、ままよ。このまま行こう!

 なので、私はアナトリアへ、今日の本題を告げます。

「アナトリア様。私はヴィンチェンツォ様の婚約者にと志願して、了承いただけました。今、ヴィンチェンツォ様は旧ペトリ辺境伯領の人々のためにと、出兵してくださっています」

 私、婚約者、ヴィンチェンツォの。OK?

 なんか片言になった脳内のシナリオどおりにはなりませんでしたが、意図は通じたと思います。

 ふと見上げると、アナトリアの表情がすうっと消えていました。

「ヴィンチェンツォが、あなたごときと? 婚約? 冗談はおよしになって」

 完全に空気が凍る前に、エドヴィージェが動きます。

「アナトリア様、どうかお気をお鎮めに。ユリア様のおっしゃったことは事実です、レーリチ公爵閣下もご承知の上です」

 サブリナも頷き、私に目配せしつつも言葉を途切れさせません。

「ええ、そうなのですわ。ペネロペ様も、お姉様ができたといたくお喜びになって」

 とまあ、そんな和やか方面に舵を切られるかと思われた会話ですが、だめです。相手が悪すぎました。

 大時化の海で舵ごときが何の役に立つか、という話です。

「あなたがた、お黙りなさいな」

 その一言で、ティーサロンは気温が十度は下がったと思います。気のせいかもしれませんが、背筋が凍り、手足が動きづらいです。

 あなた、実は童話に出てくる雪の女王では? アナトリアの目つきは、サブリナとエドヴィージェを完全に凍りつかせ、そして私へとゆるりとターゲットを切り替えます。

 いやいや、あの目に負けてはいけません。ただの緊張です、緊張。威圧感はレーリチ公爵のほうがずっと上でした。

 私は自分を奮い立たせます。ありとあらゆるやる気の出そうな思い出を薪にして、心に火をつけ——戦闘開始です!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

彼の秘密はどうでもいい

真朱
恋愛
アンジェは、グレンフォードの過去を知っている。アンジェにとっては取るに足らないどうでもいいようなことなのだが、今や学園トップクラスのモテ男へと成長したグレンフォードにとっては、何としても隠し通したい黒歴史らしい。黒歴史もろともアンジェを始末したいほどに。…よろしい。受けてたちましょう。     ◆なんちゃって異世界です。史実には一切基づいておりませんので、ご理解のほどお願いいたします。  ◆あらすじはこんなカンジですが、お気楽コメディです。  ◆ざまあのお話ではありません。ご理解の上での閲覧をお願いします。スカッとしなくてもクレームはご容赦ください。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

三崎こはく@休眠中
恋愛
 婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。  紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。  さくっと読める異世界ラブストーリー☆★ ※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください ※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪ ※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。

凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。 サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。 対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。 そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。 何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。 そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。 不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。

まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。 ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。 でも、そこで…。

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。 それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。  「婚約を破棄するわ」 ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。 しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。 理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。 一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。 婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。 それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。 恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。 そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。  いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。 来期からはそうでないと気づき青褪める。 婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。 絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。   ◇◇ 幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。 基本は男性主人公の視点でお話が進みます。 ◇◇ 第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。 呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます! 本編完結しました! 皆様のおかげです、ありがとうございます! ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました! ◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

処理中です...