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第二十一話
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アナトリアの笑顔は、その鮮やかなハニーブロンドに似合うハチミツのような甘い笑顔、かと思いきや。
私の想像とは違いました。彼女の笑顔はまるで——毒花ダチュラのように、大きく開いた花弁から見下ろしてきます。一瞬、触れてはいけない人だ、と私は本能的に察知しました。まだ言葉を交わしてもいない相手に、ここまで思うものでしょうか。
飲み込まれそうになった心を支え、私は椅子に座るアナトリアへしっかりと目を向けます。
アナトリアは私のことをどう思っているのか、そんな感情は一切見せません。
私のちょうど目の前に座ったアナトリアは、たっぷりと余裕のある態度で、このお茶会の主導権を握っていきます。
「ユリア様、ごきげんよう。それで、あなたは」
「はい、旧ペトリ辺境伯家の娘です。先日まはあったのですが、今はもう貴族としての位は失われました」
「まあ……どういうことかしら?」
私はアナトリアの社交辞令の問いかけに、簡潔に答えます。
「カレンド王国東端のペトリ辺境伯領に、ウェンダロスという蛮族が侵略してきたのです。その勢いは凄まじく、国王陛下は我が領の放棄を決定し、ペトリ辺境伯家は貴族としての爵位、家柄を失いました。私は偶然王都に滞在しており、レーリチ公爵家のペネロペ様とご縁があってこちらへお誘いいただきました」
当然ながら、貴族令嬢でしかないアナトリアは、辺境の家のことなど大して興味もなかったのでしょう。王国の領地が脅かされているとしても、それは貴族令嬢の考えることではありません。他人事のようにする、状況が利用できそうなら利用する、それが正しいのです。
「そう、それは大変でしたわね。安心して、ペネロペはいい子ですから、しっかり力になってくれるでしょう」
「お気遣い痛み入ります。アナトリア様」
ええ、そう。
私は意地の悪いことを考えてしまいました。
案の定、アナトリアも私に何かをしてくれることはなく、建前でも同情の言葉を使っただけベネデットよりは社交性がマシなのかもしれませんね。
私の心が冷たくなることなど、彼女は気付きもしていないに違いありません。
それに、アナトリアはお茶会の席の会話のことしか頭にないようですから、いいのです。これで、私にとっては都合がいいのです。
そう思っていても、やはりつらいのは——私が弱いせいでしょうか。
「ペネロペは可愛らしい子でしょう? 私は実の妹のように可愛がっておりますの。もちろん、兄のヴィンチェンツォのことも幼少のみぎりより存じておりますから、そのレーリチ公爵家のご客人とあれば、あなたも私の大切な客人です。いかがかしら」
なんだかそのとき、私はこう思いました。
「いえ、もうけっこうです」
さらっと、私の口からその言葉が出ていたので、私もはっとして静まった周囲の空気を読みました。
読みましたが、ええい、ままよ。このまま行こう!
なので、私はアナトリアへ、今日の本題を告げます。
「アナトリア様。私はヴィンチェンツォ様の婚約者にと志願して、了承いただけました。今、ヴィンチェンツォ様は旧ペトリ辺境伯領の人々のためにと、出兵してくださっています」
私、婚約者、ヴィンチェンツォの。OK?
なんか片言になった脳内のシナリオどおりにはなりませんでしたが、意図は通じたと思います。
ふと見上げると、アナトリアの表情がすうっと消えていました。
「ヴィンチェンツォが、あなたごときと? 婚約? 冗談はおよしになって」
完全に空気が凍る前に、エドヴィージェが動きます。
「アナトリア様、どうかお気をお鎮めに。ユリア様のおっしゃったことは事実です、レーリチ公爵閣下もご承知の上です」
サブリナも頷き、私に目配せしつつも言葉を途切れさせません。
「ええ、そうなのですわ。ペネロペ様も、お姉様ができたといたくお喜びになって」
とまあ、そんな和やか方面に舵を切られるかと思われた会話ですが、だめです。相手が悪すぎました。
大時化の海で舵ごときが何の役に立つか、という話です。
「あなたがた、お黙りなさいな」
その一言で、ティーサロンは気温が十度は下がったと思います。気のせいかもしれませんが、背筋が凍り、手足が動きづらいです。
あなた、実は童話に出てくる雪の女王では? アナトリアの目つきは、サブリナとエドヴィージェを完全に凍りつかせ、そして私へとゆるりとターゲットを切り替えます。
いやいや、あの目に負けてはいけません。ただの緊張です、緊張。威圧感はレーリチ公爵のほうがずっと上でした。
私は自分を奮い立たせます。ありとあらゆるやる気の出そうな思い出を薪にして、心に火をつけ——戦闘開始です!
私の想像とは違いました。彼女の笑顔はまるで——毒花ダチュラのように、大きく開いた花弁から見下ろしてきます。一瞬、触れてはいけない人だ、と私は本能的に察知しました。まだ言葉を交わしてもいない相手に、ここまで思うものでしょうか。
飲み込まれそうになった心を支え、私は椅子に座るアナトリアへしっかりと目を向けます。
アナトリアは私のことをどう思っているのか、そんな感情は一切見せません。
私のちょうど目の前に座ったアナトリアは、たっぷりと余裕のある態度で、このお茶会の主導権を握っていきます。
「ユリア様、ごきげんよう。それで、あなたは」
「はい、旧ペトリ辺境伯家の娘です。先日まはあったのですが、今はもう貴族としての位は失われました」
「まあ……どういうことかしら?」
私はアナトリアの社交辞令の問いかけに、簡潔に答えます。
「カレンド王国東端のペトリ辺境伯領に、ウェンダロスという蛮族が侵略してきたのです。その勢いは凄まじく、国王陛下は我が領の放棄を決定し、ペトリ辺境伯家は貴族としての爵位、家柄を失いました。私は偶然王都に滞在しており、レーリチ公爵家のペネロペ様とご縁があってこちらへお誘いいただきました」
当然ながら、貴族令嬢でしかないアナトリアは、辺境の家のことなど大して興味もなかったのでしょう。王国の領地が脅かされているとしても、それは貴族令嬢の考えることではありません。他人事のようにする、状況が利用できそうなら利用する、それが正しいのです。
「そう、それは大変でしたわね。安心して、ペネロペはいい子ですから、しっかり力になってくれるでしょう」
「お気遣い痛み入ります。アナトリア様」
ええ、そう。
私は意地の悪いことを考えてしまいました。
案の定、アナトリアも私に何かをしてくれることはなく、建前でも同情の言葉を使っただけベネデットよりは社交性がマシなのかもしれませんね。
私の心が冷たくなることなど、彼女は気付きもしていないに違いありません。
それに、アナトリアはお茶会の席の会話のことしか頭にないようですから、いいのです。これで、私にとっては都合がいいのです。
そう思っていても、やはりつらいのは——私が弱いせいでしょうか。
「ペネロペは可愛らしい子でしょう? 私は実の妹のように可愛がっておりますの。もちろん、兄のヴィンチェンツォのことも幼少のみぎりより存じておりますから、そのレーリチ公爵家のご客人とあれば、あなたも私の大切な客人です。いかがかしら」
なんだかそのとき、私はこう思いました。
「いえ、もうけっこうです」
さらっと、私の口からその言葉が出ていたので、私もはっとして静まった周囲の空気を読みました。
読みましたが、ええい、ままよ。このまま行こう!
なので、私はアナトリアへ、今日の本題を告げます。
「アナトリア様。私はヴィンチェンツォ様の婚約者にと志願して、了承いただけました。今、ヴィンチェンツォ様は旧ペトリ辺境伯領の人々のためにと、出兵してくださっています」
私、婚約者、ヴィンチェンツォの。OK?
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「ヴィンチェンツォが、あなたごときと? 婚約? 冗談はおよしになって」
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「アナトリア様、どうかお気をお鎮めに。ユリア様のおっしゃったことは事実です、レーリチ公爵閣下もご承知の上です」
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「ええ、そうなのですわ。ペネロペ様も、お姉様ができたといたくお喜びになって」
とまあ、そんな和やか方面に舵を切られるかと思われた会話ですが、だめです。相手が悪すぎました。
大時化の海で舵ごときが何の役に立つか、という話です。
「あなたがた、お黙りなさいな」
その一言で、ティーサロンは気温が十度は下がったと思います。気のせいかもしれませんが、背筋が凍り、手足が動きづらいです。
あなた、実は童話に出てくる雪の女王では? アナトリアの目つきは、サブリナとエドヴィージェを完全に凍りつかせ、そして私へとゆるりとターゲットを切り替えます。
いやいや、あの目に負けてはいけません。ただの緊張です、緊張。威圧感はレーリチ公爵のほうがずっと上でした。
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