元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
18 / 31

第十八話

しおりを挟む
 同日、午後一時。

 王城近くの王立大庭園の一角、バラ園ではガーデンパーティが開かれていた。全体的に明るく開かれ、そしてのどかな趣向が凝らされたガーデンパーティは、貴族令嬢の間では参加すること自体がちょっとした流行となっている。

 毎日のように開催されているガーデンパーティ、であればそこには——スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアがいるだろう。そう見越してやってきたペネロペは、会場のバラ園であっさりと目当てのアナトリアを見つけた。

「ごきげんよう、アナトリア様」

 もっとも奥まった角のガラステーブルで取り巻きの令嬢たちとともに紅茶を嗜む、鮮やかなハニーブロンドの淑女アナトリアは、ペネロペの声と姿を捉えるなり、必要以上に明るく振る舞った。

「あら、ペネロペ! ごきげんよう、ヴィンチェンツォは元気かしら?」

 殊更大きくヴィンチェンツォの名前を呼ぶのは、周囲に親しいのだと印象付けるための抜け目ない策だ。通常であれば貴族令嬢が公の場で敬称もつけず男性の名前を呼ぶことははしたない、とされるが——親しいのだから当然、そのスタンスをアナトリアはまったく変えない。

 ペネロペは顔色一つ変えず、にっこりと応対する。

「ええ、とても。大丈夫ですわ、エンツォお兄様は自分にはお厳しいですから、しっかり体を鍛えておりますの」
「それはよかった。さすがヴィンチェンツォですわ、立派な心がけね。でも」

 でも。

 アナトリアは憂い顔を見せて、しおらしくこんなことを言う。

「ねえペネロペ、何度お誘いしてもヴィンチェンツォったら我が家に足を運んでくれないのよ。何が悪いのかしらね? こんなに心を尽くして、好物ばかり揃えてもいらしてくれないなんて、私、悲しいわ」

 アナトリアの落ち込む様子に、取り巻きの令嬢たちが口を揃える。

「おいたわしや、アナトリア様」
「こんなに尽くしてもあの方はまだ振り向いてくださらないのね」
「険しい恋路ですけれど、諦めきれませんわよね」

 などとアナトリアを慰めはじめる。

 その意図はアナトリアたちの結束を強めるだけではなく、周囲で耳をそばだてている人々へ聞こえよがしに言うことで、噂を作り出すことにあった。

 心の中でペネロペは嘆息しつつも、さっさと行動を開始する。

 ペネロペはアナトリアのドレスの袖を少し引っ張り、上目遣いに訴える。

「ねえ、アナトリア様。一つお願いがあるのですけれど、いいかしら?」
「あら……あらあら」

 アナトリアは取り巻きの令嬢たちに目配せをして、この場から離れさせる。

 ペネロペとアナトリア、二人きりになってようやく、ヴィンチェンツォに近づくチャンスを逃すまいと上機嫌を隠せていないアナトリアは、声を抑えてこう尋ねた。

「何? あなたが私に頼みごとなんて、初めてではないかしら?」
「実は」

 ペネロペはほぼ無視して、用意していたセリフをたおやかに語る。

「お兄様が、タドリーニ侯爵家嫡男のベネデットという男性を褒めていたのですけれど」

 すると、アナトリアはあからさまに驚く。

「あのヴィンチェンツォが他人を褒めるなんて、何かの間違いではないの?」
「私も信じられなくて……アナトリア様なら何かご存じかしらと思って」

 ペネロペが、困りましたわ、私では興味があってもどうすればいいか……などと付け足しておくと、あっさりとアナトリアは罠にかかった。

「分かりましたわ、それとなく調べておきましょう。あなたに頼られるなんて貴重な体験ですものね」

 ペネロペはすかさずアナトリアを褒めそやしながら、本題へ移行する。

「ふふっ、さすが頼りになりますわ。ああそれと、アナトリア様にお目にかかりたいという知人がいますの。明日、お時間はおありかしら?」
「明日? 急な話ね、でもよくってよ。未来の義妹の頼みですもの!」

 誰が未来の義妹よ! と叫びたくなる心を我慢して、ペネロペはアナトリアへ愛想笑いを見せる。

 これでいいのだ。明日の予定を確認し、ペネロペは適当なところで話を切り上げ、次の目的地へ向かう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

三崎こはく@休眠中
恋愛
 婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。  紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。  さくっと読める異世界ラブストーリー☆★ ※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください ※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪ ※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。

凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。 サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。 対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。 そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。 何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。 そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。 不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

「脇役」令嬢は、「悪役令嬢」として、ヒロインざまぁからのハッピーエンドを目指します。

三歩ミチ
恋愛
「君との婚約は、破棄させてもらうよ」  突然の婚約破棄宣言に、憔悴の令嬢 小松原藤乃 は、気付けば学園の図書室にいた。そこで、「悪役令嬢モノ」小説に出会う。  自分が悪役令嬢なら、ヒロインは、特待生で容姿端麗な早苗。婚約者の心を奪った彼女に「ざまぁ」と言ってやりたいなんて、後ろ暗い欲望を、物語を読むことで紛らわしていた。  ところが、実はこの世界は、本当にゲームの世界らしくて……?  ゲームの「脇役」でしかない藤乃が、「悪役令嬢」になって、「ヒロインざまぁ」からのハッピーエンドを目指します。 *「小説家になろう」様にも投稿しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。

まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。 ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。 でも、そこで…。

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

処理中です...