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第十八話
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同日、午後一時。
王城近くの王立大庭園の一角、バラ園ではガーデンパーティが開かれていた。全体的に明るく開かれ、そしてのどかな趣向が凝らされたガーデンパーティは、貴族令嬢の間では参加すること自体がちょっとした流行となっている。
毎日のように開催されているガーデンパーティ、であればそこには——スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアがいるだろう。そう見越してやってきたペネロペは、会場のバラ園であっさりと目当てのアナトリアを見つけた。
「ごきげんよう、アナトリア様」
もっとも奥まった角のガラステーブルで取り巻きの令嬢たちとともに紅茶を嗜む、鮮やかなハニーブロンドの淑女アナトリアは、ペネロペの声と姿を捉えるなり、必要以上に明るく振る舞った。
「あら、ペネロペ! ごきげんよう、ヴィンチェンツォは元気かしら?」
殊更大きくヴィンチェンツォの名前を呼ぶのは、周囲に親しいのだと印象付けるための抜け目ない策だ。通常であれば貴族令嬢が公の場で敬称もつけず男性の名前を呼ぶことははしたない、とされるが——親しいのだから当然、そのスタンスをアナトリアはまったく変えない。
ペネロペは顔色一つ変えず、にっこりと応対する。
「ええ、とても。大丈夫ですわ、エンツォお兄様は自分にはお厳しいですから、しっかり体を鍛えておりますの」
「それはよかった。さすがヴィンチェンツォですわ、立派な心がけね。でも」
でも。
アナトリアは憂い顔を見せて、しおらしくこんなことを言う。
「ねえペネロペ、何度お誘いしてもヴィンチェンツォったら我が家に足を運んでくれないのよ。何が悪いのかしらね? こんなに心を尽くして、好物ばかり揃えてもいらしてくれないなんて、私、悲しいわ」
アナトリアの落ち込む様子に、取り巻きの令嬢たちが口を揃える。
「おいたわしや、アナトリア様」
「こんなに尽くしてもあの方はまだ振り向いてくださらないのね」
「険しい恋路ですけれど、諦めきれませんわよね」
などとアナトリアを慰めはじめる。
その意図はアナトリアたちの結束を強めるだけではなく、周囲で耳をそばだてている人々へ聞こえよがしに言うことで、噂を作り出すことにあった。
心の中でペネロペは嘆息しつつも、さっさと行動を開始する。
ペネロペはアナトリアのドレスの袖を少し引っ張り、上目遣いに訴える。
「ねえ、アナトリア様。一つお願いがあるのですけれど、いいかしら?」
「あら……あらあら」
アナトリアは取り巻きの令嬢たちに目配せをして、この場から離れさせる。
ペネロペとアナトリア、二人きりになってようやく、ヴィンチェンツォに近づくチャンスを逃すまいと上機嫌を隠せていないアナトリアは、声を抑えてこう尋ねた。
「何? あなたが私に頼みごとなんて、初めてではないかしら?」
「実は」
ペネロペはほぼ無視して、用意していたセリフをたおやかに語る。
「お兄様が、タドリーニ侯爵家嫡男のベネデットという男性を褒めていたのですけれど」
すると、アナトリアはあからさまに驚く。
「あのヴィンチェンツォが他人を褒めるなんて、何かの間違いではないの?」
「私も信じられなくて……アナトリア様なら何かご存じかしらと思って」
ペネロペが、困りましたわ、私では興味があってもどうすればいいか……などと付け足しておくと、あっさりとアナトリアは罠にかかった。
「分かりましたわ、それとなく調べておきましょう。あなたに頼られるなんて貴重な体験ですものね」
ペネロペはすかさずアナトリアを褒めそやしながら、本題へ移行する。
「ふふっ、さすが頼りになりますわ。ああそれと、アナトリア様にお目にかかりたいという知人がいますの。明日、お時間はおありかしら?」
「明日? 急な話ね、でもよくってよ。未来の義妹の頼みですもの!」
誰が未来の義妹よ! と叫びたくなる心を我慢して、ペネロペはアナトリアへ愛想笑いを見せる。
これでいいのだ。明日の予定を確認し、ペネロペは適当なところで話を切り上げ、次の目的地へ向かう。
王城近くの王立大庭園の一角、バラ園ではガーデンパーティが開かれていた。全体的に明るく開かれ、そしてのどかな趣向が凝らされたガーデンパーティは、貴族令嬢の間では参加すること自体がちょっとした流行となっている。
毎日のように開催されているガーデンパーティ、であればそこには——スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアがいるだろう。そう見越してやってきたペネロペは、会場のバラ園であっさりと目当てのアナトリアを見つけた。
「ごきげんよう、アナトリア様」
もっとも奥まった角のガラステーブルで取り巻きの令嬢たちとともに紅茶を嗜む、鮮やかなハニーブロンドの淑女アナトリアは、ペネロペの声と姿を捉えるなり、必要以上に明るく振る舞った。
「あら、ペネロペ! ごきげんよう、ヴィンチェンツォは元気かしら?」
殊更大きくヴィンチェンツォの名前を呼ぶのは、周囲に親しいのだと印象付けるための抜け目ない策だ。通常であれば貴族令嬢が公の場で敬称もつけず男性の名前を呼ぶことははしたない、とされるが——親しいのだから当然、そのスタンスをアナトリアはまったく変えない。
ペネロペは顔色一つ変えず、にっこりと応対する。
「ええ、とても。大丈夫ですわ、エンツォお兄様は自分にはお厳しいですから、しっかり体を鍛えておりますの」
「それはよかった。さすがヴィンチェンツォですわ、立派な心がけね。でも」
でも。
アナトリアは憂い顔を見せて、しおらしくこんなことを言う。
「ねえペネロペ、何度お誘いしてもヴィンチェンツォったら我が家に足を運んでくれないのよ。何が悪いのかしらね? こんなに心を尽くして、好物ばかり揃えてもいらしてくれないなんて、私、悲しいわ」
アナトリアの落ち込む様子に、取り巻きの令嬢たちが口を揃える。
「おいたわしや、アナトリア様」
「こんなに尽くしてもあの方はまだ振り向いてくださらないのね」
「険しい恋路ですけれど、諦めきれませんわよね」
などとアナトリアを慰めはじめる。
その意図はアナトリアたちの結束を強めるだけではなく、周囲で耳をそばだてている人々へ聞こえよがしに言うことで、噂を作り出すことにあった。
心の中でペネロペは嘆息しつつも、さっさと行動を開始する。
ペネロペはアナトリアのドレスの袖を少し引っ張り、上目遣いに訴える。
「ねえ、アナトリア様。一つお願いがあるのですけれど、いいかしら?」
「あら……あらあら」
アナトリアは取り巻きの令嬢たちに目配せをして、この場から離れさせる。
ペネロペとアナトリア、二人きりになってようやく、ヴィンチェンツォに近づくチャンスを逃すまいと上機嫌を隠せていないアナトリアは、声を抑えてこう尋ねた。
「何? あなたが私に頼みごとなんて、初めてではないかしら?」
「実は」
ペネロペはほぼ無視して、用意していたセリフをたおやかに語る。
「お兄様が、タドリーニ侯爵家嫡男のベネデットという男性を褒めていたのですけれど」
すると、アナトリアはあからさまに驚く。
「あのヴィンチェンツォが他人を褒めるなんて、何かの間違いではないの?」
「私も信じられなくて……アナトリア様なら何かご存じかしらと思って」
ペネロペが、困りましたわ、私では興味があってもどうすればいいか……などと付け足しておくと、あっさりとアナトリアは罠にかかった。
「分かりましたわ、それとなく調べておきましょう。あなたに頼られるなんて貴重な体験ですものね」
ペネロペはすかさずアナトリアを褒めそやしながら、本題へ移行する。
「ふふっ、さすが頼りになりますわ。ああそれと、アナトリア様にお目にかかりたいという知人がいますの。明日、お時間はおありかしら?」
「明日? 急な話ね、でもよくってよ。未来の義妹の頼みですもの!」
誰が未来の義妹よ! と叫びたくなる心を我慢して、ペネロペはアナトリアへ愛想笑いを見せる。
これでいいのだ。明日の予定を確認し、ペネロペは適当なところで話を切り上げ、次の目的地へ向かう。
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