17 / 31
第十七話
しおりを挟む
ペネロペは胸を張って、私の頼みを引き受けてくれました。
「任せて、お茶会のセッティングをしておくわ! あの女、私を籠絡しようと何度もちょっかいを出してきたから、コネクションだけは残ってるの。あと、私の味方の令嬢をサポート役に二人呼んでおくわ。お義姉様はぎゃふんと言わせる大演説を作っておいて!」
滑らかにペネロペの口からは計画が溢れ、形作られていきます。頭の回転が早いとはこういうことを言うのでしょう、頼りになります。
しかし、少し認識の違いがありますので、訂正しておかなくてはなりません。私は手を挙げて、こう言いました。
「あの、ペネロペさん。ぎゃふんとは言わせませんよ」
「じゃあどうするの?」
「きちんと挨拶をするだけです。私はヴィンチェンツォ様の婚約者になります、と」
私としては、それ以上何かができるわけではありません。ただ、名実ともに私がヴィンチェンツォの婚約者となり、レーリチ公爵以下家族にも認められているのなら、そこにスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアが口を挟む余地はないでしょう。その状況を作り、証人を得て、広く知らしめる。
これ以上のことは、私にはできません。
口下手で、すぐに緊張して、貴族令嬢として最低限の礼儀作法しか知らない私は、まともにスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアと口論をして勝てるわけがないのです。謀略だって無理です。だからこそ、なのですが——ペネロペは呆れたように、怖いことを口にします。
「殺されるわよ?」
「へ!? そ、そこまでですか……!?」
「うん。お茶会の席にあるフォークで刺されると思うわ」
私はその様子を想像してしまいました。お茶会で激昂したスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアが、フォークを手に私へ迫ってきて、フォークの先端がお腹や胸に。想像だけでも痛くて嫌ですが、しかしチャンスでもあります。
「でも、それでもいいかもしれません。私が刺されることで、ヴィンチェンツォ様が彼女と縁を切る理由となるなら!」
正直、とても怖いですが、ヴィンチェンツォの婚約者に怪我を負わせたとなれば、スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアのメンツは丸潰れかと思われます。怖いですが。
ペネロペは水を一口飲んで、パストラミの塩胡椒の辛さを流していました。少し何かを考えて、それから腕を組み、仕方ないとばかりに頷いてくれました。
「はあ。しょうがないけど、お義姉様、ちゃんと命は大事にしてね」
「えっ、そこまでですか」
「スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリア、あの女はね、貴族の女の悪癖を煮詰めたような女よ。強欲、傲慢、残酷、そんな言葉が宝石よりも似合うわ! だから婚約者がいないのよ、言い寄ってくる男をほとんど破滅させてきたから」
随分な言われようです、アナトリア。そんなにですか、ちょっと私には想像がつきません。
直接会ったことのあるであろうペネロペは、アナトリアのことを思い出して憤慨しています。
「あの女は、どうやっても手に入らないエンツォお兄様が欲しくてたまらないの。ただそれだけ。お兄様を愛しているわけじゃないの。欲しいから言い寄っている、手に入れればもう用済み。そんな薄汚い考えなんて、とっくにお見通しよ!」
私は何も言えず、ただ黙って聞いていました。いえ、ペネロペの肩を持ったり、アナトリアを擁護したりするつもりはありません。実際のところを知らない私は、ペネロペの忠告で最大限警戒はしますが、なるべくプレーンな状態でアナトリアに会いたかったのです。
火に油を注がないよう、ペネロペの言葉が途切れるまで相槌を打ちながら待ちます。私が新しいクロワッサンサンドを作って、水を飲んで、バジルチキンパテを発見したころ、ペネロペはこう締めくくりました。
「とにかく任せて、お義姉様。私はお義姉様のために、全力で後押しをするわ! あ、ついでにエンツォお兄様のためにも。ふふーん、レーリチ公爵家の末娘を舐めないでもらえるかしら!」
ペネロペは得意げにそう言って、クロワッサンチーズサンドを頬張ります。
うーん、私としましては、そうであればなお一層、穏便に済ませたいのが本心です。嫌いだからとやり合っていては、いつまでも争いは終わらず、最終的にはどちらかが滅びるかしかなくなってしまいます。
であれば、私の言葉が未来を左右するでしょう。
大したことを言えるわけではありませんが、しっかりと考えなければ。
神妙な気分の私へ、ペネロペはサラッとこんなことを口にします。
「というわけで、明日お茶会の席を設けるから、行ってらっしゃい!」
「早いですね!?」
どうやら、私に許された猶予は、一日だけです。
口にくわえているクロワッサンの味に幸せを感じる悠長な時間はなさそうでした。
「任せて、お茶会のセッティングをしておくわ! あの女、私を籠絡しようと何度もちょっかいを出してきたから、コネクションだけは残ってるの。あと、私の味方の令嬢をサポート役に二人呼んでおくわ。お義姉様はぎゃふんと言わせる大演説を作っておいて!」
滑らかにペネロペの口からは計画が溢れ、形作られていきます。頭の回転が早いとはこういうことを言うのでしょう、頼りになります。
しかし、少し認識の違いがありますので、訂正しておかなくてはなりません。私は手を挙げて、こう言いました。
「あの、ペネロペさん。ぎゃふんとは言わせませんよ」
「じゃあどうするの?」
「きちんと挨拶をするだけです。私はヴィンチェンツォ様の婚約者になります、と」
私としては、それ以上何かができるわけではありません。ただ、名実ともに私がヴィンチェンツォの婚約者となり、レーリチ公爵以下家族にも認められているのなら、そこにスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアが口を挟む余地はないでしょう。その状況を作り、証人を得て、広く知らしめる。
これ以上のことは、私にはできません。
口下手で、すぐに緊張して、貴族令嬢として最低限の礼儀作法しか知らない私は、まともにスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアと口論をして勝てるわけがないのです。謀略だって無理です。だからこそ、なのですが——ペネロペは呆れたように、怖いことを口にします。
「殺されるわよ?」
「へ!? そ、そこまでですか……!?」
「うん。お茶会の席にあるフォークで刺されると思うわ」
私はその様子を想像してしまいました。お茶会で激昂したスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアが、フォークを手に私へ迫ってきて、フォークの先端がお腹や胸に。想像だけでも痛くて嫌ですが、しかしチャンスでもあります。
「でも、それでもいいかもしれません。私が刺されることで、ヴィンチェンツォ様が彼女と縁を切る理由となるなら!」
正直、とても怖いですが、ヴィンチェンツォの婚約者に怪我を負わせたとなれば、スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアのメンツは丸潰れかと思われます。怖いですが。
ペネロペは水を一口飲んで、パストラミの塩胡椒の辛さを流していました。少し何かを考えて、それから腕を組み、仕方ないとばかりに頷いてくれました。
「はあ。しょうがないけど、お義姉様、ちゃんと命は大事にしてね」
「えっ、そこまでですか」
「スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリア、あの女はね、貴族の女の悪癖を煮詰めたような女よ。強欲、傲慢、残酷、そんな言葉が宝石よりも似合うわ! だから婚約者がいないのよ、言い寄ってくる男をほとんど破滅させてきたから」
随分な言われようです、アナトリア。そんなにですか、ちょっと私には想像がつきません。
直接会ったことのあるであろうペネロペは、アナトリアのことを思い出して憤慨しています。
「あの女は、どうやっても手に入らないエンツォお兄様が欲しくてたまらないの。ただそれだけ。お兄様を愛しているわけじゃないの。欲しいから言い寄っている、手に入れればもう用済み。そんな薄汚い考えなんて、とっくにお見通しよ!」
私は何も言えず、ただ黙って聞いていました。いえ、ペネロペの肩を持ったり、アナトリアを擁護したりするつもりはありません。実際のところを知らない私は、ペネロペの忠告で最大限警戒はしますが、なるべくプレーンな状態でアナトリアに会いたかったのです。
火に油を注がないよう、ペネロペの言葉が途切れるまで相槌を打ちながら待ちます。私が新しいクロワッサンサンドを作って、水を飲んで、バジルチキンパテを発見したころ、ペネロペはこう締めくくりました。
「とにかく任せて、お義姉様。私はお義姉様のために、全力で後押しをするわ! あ、ついでにエンツォお兄様のためにも。ふふーん、レーリチ公爵家の末娘を舐めないでもらえるかしら!」
ペネロペは得意げにそう言って、クロワッサンチーズサンドを頬張ります。
うーん、私としましては、そうであればなお一層、穏便に済ませたいのが本心です。嫌いだからとやり合っていては、いつまでも争いは終わらず、最終的にはどちらかが滅びるかしかなくなってしまいます。
であれば、私の言葉が未来を左右するでしょう。
大したことを言えるわけではありませんが、しっかりと考えなければ。
神妙な気分の私へ、ペネロペはサラッとこんなことを口にします。
「というわけで、明日お茶会の席を設けるから、行ってらっしゃい!」
「早いですね!?」
どうやら、私に許された猶予は、一日だけです。
口にくわえているクロワッサンの味に幸せを感じる悠長な時間はなさそうでした。
13
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説

彼の秘密はどうでもいい
真朱
恋愛
アンジェは、グレンフォードの過去を知っている。アンジェにとっては取るに足らないどうでもいいようなことなのだが、今や学園トップクラスのモテ男へと成長したグレンフォードにとっては、何としても隠し通したい黒歴史らしい。黒歴史もろともアンジェを始末したいほどに。…よろしい。受けてたちましょう。
◆なんちゃって異世界です。史実には一切基づいておりませんので、ご理解のほどお願いいたします。
◆あらすじはこんなカンジですが、お気楽コメディです。
◆ざまあのお話ではありません。ご理解の上での閲覧をお願いします。スカッとしなくてもクレームはご容赦ください。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?
『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします
三崎こはく@休眠中
恋愛
婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。
紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。
さくっと読める異世界ラブストーリー☆★
※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください
※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪
※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪
悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。
凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。
サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。
対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。
そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。
何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。
そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。
不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。
まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。
ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。
でも、そこで…。

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。
桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。
それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。
「婚約を破棄するわ」
ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。
しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。
理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。
一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。
婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。
それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。
恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。
そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。
いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。
来期からはそうでないと気づき青褪める。
婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。
絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。
◇◇
幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。
基本は男性主人公の視点でお話が進みます。
◇◇
第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。
呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます!
本編完結しました!
皆様のおかげです、ありがとうございます!
ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました!
◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!
リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。
――というのは表向きの話。
婚約破棄大成功! 追放万歳!!
辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19)
第四王子の元許嫁で転生者。
悪女のうわさを流されて、王都から去る
×
アル(24)
街でリリィを助けてくれたなぞの剣士
三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
「さすが稀代の悪女様だな」
「手玉に取ってもらおうか」
「お手並み拝見だな」
「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」
**********
※他サイトからの転載。
※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる