元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
13 / 31

第十三話

しおりを挟む
 午後六時を知らせる柱時計の鐘の音が鳴り、お腹もぐーと鳴ります。

 それもそのはずです、目の前には——煮込んだ細切れお肉とトマトたっぷりデミグラスソースがマリアージュして、湯気立つ銀のスープジャーにどんと満タンです。そして白磁器のボウルに盛られたライスにかけろとばかりに雫型のレードルが置かれ、さらには食欲を刺激する旨味の香りが部屋中に充満していました。

 普通なら盛り付けはメイドがやるのでしょうが、レーリチ公爵家は違います。ペネロペは自分の手で、ライスへ好きなだけハッシュドビーフのデミグラスソース煮込みをかけ、そのブラウンのソースの上にサワークリームを——サーバースプーンでドバッとすくって、盛りました。そこに遠慮も何もありません、目を輝かせて食欲に任せての行動が許されています。

 なんということでしょう、貴族令嬢がこんなはしたないことをして食べていいのでしょうか。いえ、私はいいのです、『元』がつきますし。あと家で大体そんな感じでしたから。ええ、大声では言えませんが。

 しかし、そんなマナーなどどこ吹く風、ペネロペはすでに大満足の顔をしています。

「いいでしょう? うちではマナーなんて気にしなくていいわ、だって美味しいものを食べるほうが優先よ! お義姉様も好きなだけよそって食べていいのよ!」
「は、はあ……ペネロペ様、お気遣いを」
「様はやめて!」

 ペネロペはまるで吠え立てる小型犬のように怒っていました。ああ、そんなに乱暴に振るったら、その手にある銀のスプーンは曲がってしまいます。

「私、お姉様が欲しかったのよ! だってエンツォお兄様は貴族の間でも避けられるような野蛮人だし、大兄様たちもお父様も全然気にしないし、私の味方がいなかったの! お母様も早くに亡くなったから、それで」

 最初こそ勢いはよかったものの、だんだんとペネロペの声のトーンは低く、フェードアウトしていきました。銀のスプーンを持つ手も下ろされ、力なくテーブルに置かれるばかりです。

 ペネロペのこのしょんぼりには事情がある、やっと気付いた私は、親切にしてくれたペネロペに尋ねることにしました。

「ペネロペ……さん?」
「うーん、まあ、呼び捨てじゃなくてもいいわ」
「では、ペネロペさん。私、今日レーリチ公爵家の門を叩いたばかりで、ましてや辺境の出の田舎者ですから、ヴィンチェンツォ様やあなたのご家族については何も知りません。このお家のことだって、先祖代々武功を立ててきた立派な公爵家ということしか知らなくて……はい、本当に失礼しました、えっとでもですね、でも、少しずつでも知ることができたなら、と思ったりしています」

 思えば、今日の私の無礼っぷりはとどまるところを知りませんね。人生で一番目まぐるしく運命が回った日だと思いますし、上手くいきすぎて怖い、とさえ実はちょっぴり思っています。

 本当は、どこかに落とし穴があるのではないか。ここまで親切にしてもらっているにもかかわらず、私は失礼ながらそんな不安を捨てられていません。

 とりあえず、私は怪しい者ではないと証明しなくては。説明下手ながらも、私はがんばります。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

三崎こはく@休眠中
恋愛
 婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。  紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。  さくっと読める異世界ラブストーリー☆★ ※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください ※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪ ※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。

凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。 サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。 対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。 そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。 何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。 そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。 不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。

まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。 ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。 でも、そこで…。

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。 それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。  「婚約を破棄するわ」 ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。 しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。 理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。 一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。 婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。 それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。 恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。 そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。  いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。 来期からはそうでないと気づき青褪める。 婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。 絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。   ◇◇ 幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。 基本は男性主人公の視点でお話が進みます。 ◇◇ 第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。 呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます! 本編完結しました! 皆様のおかげです、ありがとうございます! ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました! ◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

処理中です...