元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
7 / 31

第七話

しおりを挟む
 私はヴィンチェンツォの顔を見ていられず、頭を下げて思いつくかぎり非礼を詫びます。

「ご気分を害しまして大変申し訳なく存じますしかし私めにはできることはまったくと言っていいほど何もなくて」

 まずいです、また言い訳になってきています。私は他の言うべきことを探しますが、咄嗟には思い浮かびません。

 しかし、ヴィンチェンツォは冷静でした。

「いや、気分は害していない。それだけ必死だったのだろうし、お前の家族や領民を思う気持ちはよく伝わった。そこまで真摯に助けを求められたなら、それに報いるは高貴な者ノブレス・の務めオブリージュと言うべきだろう」

 さも当然、と言わんばかりに、ヴィンチェンツォは語ります。

 私は困惑しました。タドリーニ侯爵家のベネデットは、そんなこと言わなかった。ベネデットはもしや高貴ではない? などと思考がぐるぐる迷走しはじめたところで、私は下手な考えを打ち切ります。

 とにかく、ヴィンチェンツォは私の家族と領民たちを助けてくれるのです。色々と理由はあれども、兵を出して戦うことさえ厭わない姿勢は、他の誰も真似できないことでしょう。現金だし贔屓目かもしれませんが、私にとってはヴィンチェンツォのその姿勢はとても好ましくて、背後から後光が差して見えます。

 一方で、ヴィンチェンツォはこうも言いました。

「だが、俺は王侯貴族の間では『野蛮人バルバリカ』と名の通っている男だ。まあ、間違ってはいない。腐ったこの国の中でレーリチ公爵家の突出した権力を確立するために、俺はレーリチ公爵家の関わる軍事の一切を担当しているのだから」

 私は即答します。

「いえそれはまったくかまいませんし、隙を見せると攻め込まれるご時世ですから、武力はあるに越したことはないと思います。我が家も欲しかったです」
「……そうか、婚約指輪よりも?」
「婚約指輪で領地が守れるなら価値はあったかもしれませんが、特にそういうことはなかったので」
「まあそうだな。タドリーニ侯爵家は守るどころか、お前を婚約破棄して追い出したわけだしな」

 ふむ、とヴィンチェンツォの緑の目が私をじっと見て——あれ、ヴィンチェンツォの右目は緑ですが、左目は茶色ですね。オッドアイというやつです、初めて見ました。興味深くてまじまじと見つめていたら、ヴィンチェンツォが実に不機嫌そうに文句を言います。

「物珍しいか」
「あ、申し訳ございません、両目の色が異なる方は見たことがなかったもので」
「正直だな。まあいい、面白がられるのは慣れている」
「はっ、またまた申し訳ございませんご気分を害して」
「害していない。落ち着け、ステイ」

 手のひらを向けられて、私は浮ついた心と腰を踏み台に押し付けます。全然落ち着いていませんが、落ち着いているように装うのです。

 ヴィンチェンツォははあ、とため息を吐いて、少々いらつき気味に——私に、ではなくここにはいないどこかの誰かに、でしょう——ちょっと離れた本棚へ目をやって話を続けます。

「とにかく、その俺と結婚したい女というのは……よほどの変人か、何か企みのある人間だ。たとえばスカヴィーノ侯爵家のアナトリアなど、俺にしつこく付きまとっている」

 あなたと結婚したい女性、いるじゃないですか。私はそう言いたいのを我慢します。

 しかし、スカヴィーノ侯爵家、その名はよく知られています。西に大きな領地を持つ家で、いくつも貿易商会を持ち、著名な芸術家たちのパトロンとなっていて王都や領地でしょっちゅう大規模な展覧会を開いていると耳にします。羨ましいかぎりです。

 そのスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアでさえ、ヴィンチェンツォのお眼鏡にはかなっておらず、むしろ嫌がられているわけです。どういうわけか、それを私が尋ねるのは気が引けますが、ヴィンチェンツォから愚痴ってもらえるなら喜んで拝聴する次第です。

「馬鹿な女だ。おかげでやってくる縁談をことごとく断って、二十歳にもなるのに婚約者の一人もいない」
「あの、なぜそのアナトリア様は、ヴィンチェンツォ様にそこまで執着なさっているのですか?」
「さあな、大昔に転びそうになったのを助けただけでずっと粘着されている。俺はあんな強欲な女は嫌いだ、吐き気がする」

 なるほど、スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアは、ヴィンチェンツォの好みではない、と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

三崎こはく@休眠中
恋愛
 婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。  紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。  さくっと読める異世界ラブストーリー☆★ ※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください ※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪ ※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪魔の子?いいえ、豊穣の聖女です。婚約破棄されたら幸せがやって来ました。

凛音@りんね
恋愛
公爵令嬢ルビー・アルミリアは、義母ダイアと義妹サンゴから虐げられていた。 サンゴはエルデ王国の“豊穣の聖女”であり、容姿も完璧。 対するルビーは痩せ細り、手に触れた動植物の命を奪ってしまうために“悪魔の子”と蔑まれ、屋敷の外に出ることを禁じられる日々。 そんな中、年に一度の豊穣祭で突然、婚約者で第一王子のジェダイトから婚約破棄されてしまう。新たな婚約相手は義妹サンゴだった。 何もかも嫌になって会場から逃げ出したルビーは川に飛び込むが、二匹の狼スコルとハティに命を救われ、天空の国ヒンメルへと連れて行かれる。 そこで太陽の王ヘリオドールと出会い、ルビーの運命は大きく動き出す。 不幸な境遇から一転、愛されモードに突入してヒロインが幸せになるファンタジックなハピエンストーリーです。

【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。

まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。 ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。 でも、そこで…。

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

伯爵家公子と侯爵家公女の恋

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 屋敷を抜け出した貴族の公子と公女が王都で出会った恋に落ちます。

処理中です...