元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

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第六話

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 そうと決まれば、五里霧中ながらもがんばります。私は老執事のクォーツさんに案内してもらい、ヴィンチェンツォのいる部屋にやってきました。ちらっと外から部屋の中を覗くと、大きな八角形をしていて、上へ二階分は吹き抜けになっている書斎のようでした。

 そこへ、どこから集まったのか、カレンド王国の軍帽を被った人々が書斎に出入りしています。それと、レーリチ公爵が着ていた白い厚手のコートと同じものを着ている少し年嵩の男性たち、彼らのコートの背にはレーリチ公爵家の紋章から月桂樹の冠を抜いた意匠の紋章が入っていますので、レーリチ公爵家の私兵、それもかなり位の高い軍人と思われます。

 その人の波がひと段落するまで少し待って、クォーツさんがタイミングを見計らって私を書斎の中へ入れてくれました。おずおずとヴィンチェンツォの前にやってくると、書類の山から欲しい書類だけ抜き取っているヴィンチェンツォは目もくれず、声をかけてきました。

「何だ? 有益な情報でも持ってきたのか?」
「いえ、そういうものはないのですが、お話ししたいことはあって」

 私は先ほどレーリチ公爵と話していたことについて、ヴィンチェンツォにも伝えます。婚約の話、せめてフリだけでもしておけば、旧ペトリ辺境伯領の領有を主張できる、と。それに関しては、ヴィンチェンツォは「ふむ、いいだろう」と実にあっさり認めました。

「婚約に関してはいいとして、それだけか? 他には?」
「あ、はい、それなのですが、先ほどレーリチ公爵閣下にこう頼まれました。結婚へ何とか漕ぎ着けてほしい、と」

 ぴたり、とヴィンチェンツォの動きが止まります。周囲の人々が気まずそうにこちらを見て、そしてそそくさと離れていきました。

「いえその、一応申し上げておきますけれど、私は領の人々の助け以外の何かが欲しくてここへまいったわけではありませんし、でもヴィンチェンツォ様との結婚へ漕ぎ着けることが求められたのであれば、そうしようとは思いまして、はい。かと言って、ほら、色々と不可解な点が多いので、お話をまずしようと!」

 だいぶ、私は言い訳がましいことを言っている気がしますが、でも事実です。だんだんヴィンチェンツォの眉間のしわが深くなってきており、場違いなことを最悪のタイミングで言ってしまったのだろうか、と言い終わってから不安にさいなまれます。

 とはいえ、ヴィンチェンツォは怒ることもなく、私をちょいちょいと手招きしました。

 招かれたなら、特に疑問も抱かず私は近づきます。書類の山を潜り抜けると、ヴィンチェンツォのすぐそばに本棚用の踏み台がありました。

「ここへ座れ」
「は、はい」
「狭いから転ばないように」

 私は大して高くもないドレスの裾を折り、ぴょんと踏み台に飛び込むように座りました。ヴィンチェンツォは座っている椅子ごと私へと向き直り、腕を組みます。しかめっ面のような、睨みつけるような不機嫌そうな雰囲気に、私は思わず謝ります。

「お、お忙しいのですね。申し訳ございません、後回しにすべきでした」
「いや、どうせあとでも時間がないことは同じだ。それよりも、ユリア」
「はい」
「お前は婚約も、結婚も嫌ではないと?」
「はあ、私にできることでしたら」
「違う。お前が俺と結婚したいかどうかを尋ねている」

 正面切って尋ねられると、嘘は言えません。私は正直に、今の心のうちを明かします。

「あの……つい先ほど婚約破棄されたばかりの私としましては、まだ傷心中です。なので、あまり色々なことを考える余裕があるかと申しますと、ないです。ヴィンチェンツォ様との婚約や結婚と言われましても、実感がまったくなく」

 私は大真面目に胸のうちを語ったのですが、ヴィンチェンツォは堪えきれないとばかりに吹き出しました。

「あれだけ啖呵を切っておいて、余裕がない? 随分と大物だな、お前は」

 そう言われて、しばし、私は考えました。

 客間での必死の訴え、あのときはとにかく無我夢中で、私は何かを気遣う余裕は一切ありませんでした。言われてみれば、訴えに熱がこもりすぎて何か失礼なことを口走ったかもしれません。

 何だか、恥ずかしくなってきました。ことは上手くいったとはいえ、淑女にあるまじきことをしでかしたのではないでしょうか。ああやだ、どうしましょう。
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