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第五話
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それを聞いたルチアが「あらま」とほくそ笑んで喜び、肘で私の脇腹を小突いてきます。
まさかの王子との婚約話、私が国王陛下へ返事をするよりも先に、セルヴァ王子が軽口で応じます。
「僕が? 冗談はよしてくれ、僕なんかがアリスタに釣り合うと?」
「お前は確かに不出来だが、イタズラやら策略にかけては天性のものがある。あと他人をからかう才能もある」
「それは褒めているのかなー」
「そこでだ、アリスタを見習い、支えることでこの先必要なものを学べ」
なるほど、国王陛下のお心積りはそこにあったようです。セルヴァ王子は第二王子として王位を無視して天真爛漫に育ちましたが、それゆえに少々王侯貴族のしきたりに疎いところがあります。婚約を理由に、年上で子女教育を受けている真面目な私をセルヴァ王子の教育役兼お目付け役にしよう、ということですね。
ルチアなどは、ふむ、と少し考え込んだ挙句、国王陛下の意見に同意したのです。
「いいのではありませんこと? 真面目なアリスタと、いたずらっ子なセルヴァ王子、意外といい関係を築けるのでは?」
これには国王陛下もご満悦です。
「才女ルチアの太鼓判だ。いいな、二人とも。とりあえず、結婚を前提に付き合ってみなさい」
はっはっは、と高笑いをして、国王陛下は控え室から去っていきました。
どうやら、そういうことが決まり——私とセルヴァ王子は顔を見合わせて、何となく気恥ずかしくなって、互いに目を逸らしました。
「よろしい、かしら……セルヴァ王子殿下」
「ああうん、そうだね、まあ、呼び捨てでいいよ。それよりも」
あろうことか、セルヴァ王子は私の目の前にやってきて、片膝を床に突き、私の両手を取って見上げてきたのです。
女性であれば誰もが憧れるプロポーズの姿勢に、見上げてくる藍色の瞳は真剣そのものです。突然のことに固まった私へ、セルヴァ王子は宣言します。
「僕ぁ、ヴュルストのように女性の尻を追いかけることはしない。イタズラ程度なら毎日二十個くらいは考える悪童だが、女性に対しては誠実かつ礼儀正しく対応するよう教え込まれていてね。これでも王子だ、みっともないことはしないと約束する」
私は、うろたえたくなる心をどうにか抑え、言いたいことをいくつか呑み込んで、それから深呼吸をして……何とか平静を保ちつつ、頭を垂れました。
「では、お付き合いのほど、よろしくお願いいたしますわ」
こうして、私は婚約破棄をした直後に、新たな婚約を結ぶことになりました。
いいのでしょうか? でも、とりあえず、と国王陛下もおっしゃっていましたから、とりあえず、です。
それに、立ち上がったセルヴァ王子は茶目っ気たっぷりに、こんな素敵な提案をしてくれたのですから。
「うん、さっそくだが、これからヴュルストをさらに追い詰めないか? 色々やりたいことが思い浮かんでね、ちょうどいい標的ができたからさ、ほら」
どうやら、セルヴァ王子の悪童の本性が疼いてしまっているようです。
もちろん、断る理由はありません。
「ええ、よろしくってよ。まずは作戦会議と行きましょう、急いてはことを仕損じます」
「よし、今日は一旦帰って、一休みしてから王宮へ来てくれ。楽しみだな!」
至極楽しそうに、セルヴァ王子は帰っていきました。
さて、私たちも帰らなくては。ルチアとともに国立歌劇場の外まで歩いていく間、こんな話をしました。
「あなたとセルヴァ王子、まるで一緒に遊ぶ約束を楽しみにしている子どもたちね」
ちょっと愉快そうなルチアには、そう見えていたようです。私とセルヴァ王子は婚約者というよりも、友達のような感じでしょうか。
「でも、私はそんなこと今までしたことないもの」
「そうね。なら、童心に帰って楽しみなさい、アリスタ」
私たちは笑い合って、帰路に就きます。
その後、私とセルヴァ王子によるヴュルストに対する計略の数々が何を引き起こしたかは——のちのち新聞を読んでもらうと分かりやすいかもしれませんね。当然、極上のエンターテインメントを国中に提供することになりました。
おしまい。
まさかの王子との婚約話、私が国王陛下へ返事をするよりも先に、セルヴァ王子が軽口で応じます。
「僕が? 冗談はよしてくれ、僕なんかがアリスタに釣り合うと?」
「お前は確かに不出来だが、イタズラやら策略にかけては天性のものがある。あと他人をからかう才能もある」
「それは褒めているのかなー」
「そこでだ、アリスタを見習い、支えることでこの先必要なものを学べ」
なるほど、国王陛下のお心積りはそこにあったようです。セルヴァ王子は第二王子として王位を無視して天真爛漫に育ちましたが、それゆえに少々王侯貴族のしきたりに疎いところがあります。婚約を理由に、年上で子女教育を受けている真面目な私をセルヴァ王子の教育役兼お目付け役にしよう、ということですね。
ルチアなどは、ふむ、と少し考え込んだ挙句、国王陛下の意見に同意したのです。
「いいのではありませんこと? 真面目なアリスタと、いたずらっ子なセルヴァ王子、意外といい関係を築けるのでは?」
これには国王陛下もご満悦です。
「才女ルチアの太鼓判だ。いいな、二人とも。とりあえず、結婚を前提に付き合ってみなさい」
はっはっは、と高笑いをして、国王陛下は控え室から去っていきました。
どうやら、そういうことが決まり——私とセルヴァ王子は顔を見合わせて、何となく気恥ずかしくなって、互いに目を逸らしました。
「よろしい、かしら……セルヴァ王子殿下」
「ああうん、そうだね、まあ、呼び捨てでいいよ。それよりも」
あろうことか、セルヴァ王子は私の目の前にやってきて、片膝を床に突き、私の両手を取って見上げてきたのです。
女性であれば誰もが憧れるプロポーズの姿勢に、見上げてくる藍色の瞳は真剣そのものです。突然のことに固まった私へ、セルヴァ王子は宣言します。
「僕ぁ、ヴュルストのように女性の尻を追いかけることはしない。イタズラ程度なら毎日二十個くらいは考える悪童だが、女性に対しては誠実かつ礼儀正しく対応するよう教え込まれていてね。これでも王子だ、みっともないことはしないと約束する」
私は、うろたえたくなる心をどうにか抑え、言いたいことをいくつか呑み込んで、それから深呼吸をして……何とか平静を保ちつつ、頭を垂れました。
「では、お付き合いのほど、よろしくお願いいたしますわ」
こうして、私は婚約破棄をした直後に、新たな婚約を結ぶことになりました。
いいのでしょうか? でも、とりあえず、と国王陛下もおっしゃっていましたから、とりあえず、です。
それに、立ち上がったセルヴァ王子は茶目っ気たっぷりに、こんな素敵な提案をしてくれたのですから。
「うん、さっそくだが、これからヴュルストをさらに追い詰めないか? 色々やりたいことが思い浮かんでね、ちょうどいい標的ができたからさ、ほら」
どうやら、セルヴァ王子の悪童の本性が疼いてしまっているようです。
もちろん、断る理由はありません。
「ええ、よろしくってよ。まずは作戦会議と行きましょう、急いてはことを仕損じます」
「よし、今日は一旦帰って、一休みしてから王宮へ来てくれ。楽しみだな!」
至極楽しそうに、セルヴァ王子は帰っていきました。
さて、私たちも帰らなくては。ルチアとともに国立歌劇場の外まで歩いていく間、こんな話をしました。
「あなたとセルヴァ王子、まるで一緒に遊ぶ約束を楽しみにしている子どもたちね」
ちょっと愉快そうなルチアには、そう見えていたようです。私とセルヴァ王子は婚約者というよりも、友達のような感じでしょうか。
「でも、私はそんなこと今までしたことないもの」
「そうね。なら、童心に帰って楽しみなさい、アリスタ」
私たちは笑い合って、帰路に就きます。
その後、私とセルヴァ王子によるヴュルストに対する計略の数々が何を引き起こしたかは——のちのち新聞を読んでもらうと分かりやすいかもしれませんね。当然、極上のエンターテインメントを国中に提供することになりました。
おしまい。
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