魅了魔法の効かないあなたと婚約したくありません!〜麗しの侯爵令嬢、空回りする〜

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
7 / 22

第七話

しおりを挟む
 思わず上げた悲鳴に、ブランシュは急いで咳払いをして誤魔化す。貴族令嬢としてあるまじき振る舞いだ。

 そんなブランシュをからかうように、老人は恭しく一礼をする。

「おお、生きのいい悲鳴です。こちらはガレンド・アンティーク・ショップとなります、私は支配人のバストルです」
「え、ええ、存じているわ。ガレンド貿易の、骨董品を扱う部門よね」
「はい、そのとおり。何かお探しで? 北は都市国家ニュクサブルクの古代金細工から南はアルバラフィ王国の生贄人形まで、はたまた東南のユーシーズ王朝の呪術道具もございますよ」

 まったく興味のない考古学や骨董品の話をされても、ブランシュの耳には入らない。ブランシュは当初の目的を思い出し、支配人バストルへ食い気味に尋ねる。

封魔道具アンチチャームはないかしら?」

 すると、バストルは若干眉を上げて、驚いたふうな表情を見せた。

「ございますが、いささか値段が張りますよ」
「かまわないわ! お父様が出してくれます! 私、トリベール侯爵家のブランシュよ」
「ほほう、トリベール侯爵家が封魔道具アンチチャームを欲するとは」

 バストルは何やら含んだ物言いをしたが、すぐにブランシュを店の奥へと誘った。どうやら、売らないというわけではないらしい。

「こちらへ」

 不気味だったが、ブランシュはバストルの後を追う。螺旋階段を上がるのかと思いきや、バストルは下っていき、途中で火の灯った蝋燭が二本立つ燭台を持っていく。壁紙も薄汚れていておどろおどろしい雰囲気に二の足を踏みたくなるが、ブランシュはぐっと我慢した。

 螺旋階段を下り、狭い廊下を歩きながら、バストルはブランシュの求めている品がどういうものか、説明する。

封魔道具アンチチャームというのは、魔法の使い手を否定する道具です。古来、王たちは戴冠式や宣誓式などで魔法の関与を避けるために封魔道具アンチチャームを求めました。昔は今よりも魔法の種類が多く、洗脳や遠隔操作の魔法の使い手もいたそうです。もっとも、現代に至るまでにそうした危険な魔法の使い手たちの血筋はほとんど絶えてしまいました。宗教的な迫害、冤罪による一族誅殺、あるいは戦争を仕掛ける口実にされて……そのような悲劇を避けるためにも、自身が魔法の使い手であることを隠す道具は必要不可欠だったのです」

 その歴史のことなら、ブランシュも知っている。コシェ王国は珍しい魔法の使い手が多く、古い貴族を遡ればわんさかと見たこともない魔法が出てくるものだ。ただ、そうした貴族たちは様々な事情で衰退し、他の貴族の家に吸収されていき、珍しい魔法の使い手の血筋は時代が新しくなるにつれて明らかに減っていった。炎魔法や水魔法などごく日常的な魔法の使い手はコシェ王国の平民にも多くいるが、さすがに魅了魔法ほど珍しい魔法の使い手はもう他国には存在しない。そういう希少価値は貴族の家柄を高く見積もらせるもので、実際政治的な価値も多大にあるとブランシュは聞いている。もっとも、今のところまったく実感するようなことはないが。

 だから、今の時代となっては封魔道具アンチチャームは必要とされていない。封じるべき魔法の使い手がいないのだから、封魔道具アンチチャームは必要ない。そのはずだ。儀式で形式的に必要とされるなら分かるが、実用することなどまずない。骨董品としてこの店で扱われているのは、そういうことだろう——とブランシュは思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

平民から貴族令嬢に。それはお断りできますか?

しゃーりん
恋愛
母親が亡くなり一人になった平民のナターシャは、魔力が多いため、母の遺言通りに領主に保護を求めた。 領主にはナターシャのような領民を保護してもらえることになっている。 メイドとして働き始めるが、魔力の多いナターシャは重宝され可愛がられる。 領主の息子ルーズベルトもナターシャに優しくしてくれたが、彼は学園に通うために王都で暮らすことになった。 領地に帰ってくるのは学園の長期休暇のときだけ。 王都に遊びにおいでと誘われたがナターシャは断った。 しかし、急遽、王都に来るようにと連絡が来てナターシャは王都へと向かう。 「君の亡くなった両親は本当の両親ではないかもしれない」 ルーズベルトの言葉の意味をナターシャは理解できなかった。 今更両親が誰とか知る必要ある?貴族令嬢かもしれない?それはお断りしたい。というお話です。

【完】二度、処刑されたマリアンヌ・ブランシェットの三度目の人生は大きく変わりそうです

112
恋愛
マリアンヌ・ブランシェットは死ぬ度に処刑前に時が戻る。 三度目の巻き戻りで、なんとか生き延びようと画策している所に、婚約者の侍従がやって来て、処刑が取りやめとなり釈放される。 婚約者は他ならぬマリアンヌを処刑しようとした人物で、これまでの二度の人生で助けられることは無かった。 何が起こっているのか分からないまま婚約者と再会すると、自分は『魅了』によって操られていたと言い出して──

【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。

まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」 そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。

公爵令嬢は愛に生きたい

拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。 一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢になりそこねた令嬢

ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。 マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。 それは我儘でしょうか? ************** 2021.2.25 ショート→短編に変更しました。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...