魅了魔法の効かないあなたと婚約したくありません!〜麗しの侯爵令嬢、空回りする〜

ルーシャオ

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第一話

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 大陸中央にある、『コシェ王国』は珍しい魔法の使い手が多いことで有名だ。

 そういった血筋の家の多くは貴族に取り立てられ、コシェ王国だけでなく周辺国にも派遣されて困りごとを解決してきた。たとえば卑金属を自在に操る鉄魔法、天候を変えてしまう空魔法、人や動物の心を見通す読心魔法に、思念で意思疎通を可能にする感応魔法。色々な魔法の使い手たちがいて、当たり前のように魔法が身近にある。周辺を高い山に囲まれたせいもあって、大国の狭間にありながら長く独立を保ってきた珍しい小国だった。

 中でも他人の心を虜にする魅了魔法の家系、トリベール侯爵家は魔法だけでなくその卓越した処世術により四百年余の歴史を持つ、コシェ王国有数の由緒正しい家柄だった。侯爵家であってもコシェ王国内では格別の地位にあり、王家とそれに連なる公爵家以外では唯一、コシェ王城へ自由に出入りを許されているほどだ。地形もあって他国と交流しづらいコシェ王国の王侯貴族の中では例外的に、各国の高位貴族に親族が多いことでも知られている。

 この物語は、そのトリベール侯爵家三女ブランシュの怒りからスタートする。





 その髪は磨かれた翠玉のように美しく、シルクのように滑らかで、漆のように深い黒を纏っている。

 トリベール侯爵家三女ブランシュは、間違いなく美少女だ。母譲りの黒髪に、父譲りのすみれ色の目をした、誰もが愛らしいと口を揃える貴族令嬢であり、慎み深く気品あるドレスを好むちょっと大人びた十四歳の少女だ。

 そのブランシュは、鳥籠のような丸い形の自室で、口を尖らせていた。

「ブランシュ・ロクサーヌ・アンヌ=マリー・ジュスト・トリベール。君は自分勝手に魅了魔法を使う悪癖を改めたまえ。魅了魔法を封じてから、リオネル殿下との面会はそれからだ……ですって!」

 思い出しても腹が立つ、とばかりにブランシュは白いテーブルを両手のひらで叩く。

「納得が! いかないわ!」

 不満たっぷりの子供のように頬を膨らませ、バンバンとテーブルを叩くブランシュ。

 それもそのはずで、先ほどの言葉は、ブランシュが先日婚約のために婚約者と会おうとしたらその取次にすげなく断られたときのセリフだ。

 婚約のお相手はコシェ王国第一王子リオネル、取次はリオネルの友人であるフローケ伯爵子息ウスターシュで、このウスターシュによって恥をかかされた——とブランシュは思っている。

 まさか、代々トリベール侯爵家の人間が使える魅了魔法を否定され、あまつさえ婚約者(予定)に会うことを阻まれたとあっては、トリベール侯爵家の名折れだ。しかし、ブランシュはぐっと堪えてその場を去った。そもそもブランシュは積極的に婚約者に会いたいわけでもなく、さりとて赤の他人に邪魔をされる筋合いもなく、色々と複雑だった。

 亜麻色の髪の——こちらもサテンドレスの美人の淑女——ブランシュの姉デルフィーヌが、いつも絶やさない柔和な笑みのままやってきて、ひょいとテーブルに並べられていた椅子の一つに座った。

「あらあらお怒りねぇ、ブランちゃん」
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