上 下
9 / 16

第九話

しおりを挟む
 前日にお風呂に入って、とっておきのブラウスと流行りの巻きスカートを着て、まとまりの悪い赤毛を高価なバラ水の入ったトリートメントで何とかして、ゆるく一つに結ぶ。一つだけ持っている革の手提げ鞄を持ち、私は早朝の宿舎から出発した。

 送ってもらった案内状によれば、トゥルトゥラ家の屋敷は城下町の高級住宅地にあり、王城からはほど近い。ゆっくり歩いていける距離だ。

 久しぶりの化粧が上手くいって浮かれていた私は、周囲をよく見ていなかった。曲がり角から現れた見覚えのあるメイドとぶつかりそうになり、慌てて避ける。

「きゃ!?」
「ちょっと!」

 ギリギリ互いにぶつからず、立ち止まって相手を見ると、やはり宮廷メイドのネルだった。メイド服姿のネルは不機嫌そうだ。

「もう、どこ見てるのよ!」
「ご、ごめんなさい」
「って、ああ、エイダか。どうしたの? そんなお洒落して」

 咄嗟に、私はお見合いという言葉を飲み込んだ。言ってしまえば、どこでどんな噂を立てられるか分からない。私を陥れたネルとこれ以上諍いを起こしたくもなく、私は無難に答える。

「き、今日はお休みをもらったので、街へ」
「ふぅん……いいわねぇ、裏庭なんか放っておいていいんだから」

 ネルのその言葉に、羨ましいという気持ちは微塵もないことくらい、私にも分かる。

 どうにか逃げ出そうとしていると、ネルの背後から別の宮廷メイドたちが服を整えながら現れた。私をすげなく一瞥し、ネルを呼ぶ。

「ネル、早く来なさいよ。裏庭係にいつまでも突っかかるんじゃないわよ」
「今行くわ! じゃ、忙しいからこれで。今日は舞踏会の日だから準備が大変なのよ」
「あ、はい……」

 私は連れ立って王城内へ向かう宮廷メイドたちを見送り、自分の目的を思い出して歩きはじめる。

 急いで王城から出ようとして、早足だったにもかかわらず、聞きたくない罵り言葉は私の背中を追いかけてくる。

「裏庭係、まだいたの?」
「なかなか辞めないわねぇ」
「見た? あんな頑張ったって男はあんたのことなんか見ないっての」
「言えてる」

 私は走り出した。宿舎を抜け、城門まで一直線に駆けていく。

 早く忘れてしまえ。あんな人たちのことなんか忘れてしまえ。自分へそう思い込ませながら、私は城下町へと飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

『毒の娘』はうろたえない

ルーシャオ
恋愛
トランティナ伯爵家令嬢マリーは、全身から毒を生み出す特殊な体質を持って生まれた。しかし父のトランティナ伯爵はマリーを愛し、貴族令嬢として生きられるよう尽力し、バルゲリー公爵家嫡男リシャールとの婚約さえも果たしていたのだが——あろうことか、舞踏会の席でリシャールはマリーを『毒婦』と罵り、婚約破棄を突きつけてきた。 マリーの毒を研究する錬金術師ストルキオによって、マリーの毒はほぼ防げる。それでも人はマリーを『毒の娘』『毒婦』と呼び、悪用を企む——。

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

魔力を持たずに生まれてきた私が帝国一の魔法使いと婚約することになりました

ふうか
恋愛
レティシアは魔力を持つことが当たり前の世界でただ一人、魔力を持たずに生まれてきた公爵令嬢である。 そのために、家族からは冷遇されて育った彼女は10歳のデビュタントで一人の少年と出会った。その少年の名はイサイアス。皇弟の息子で、四大公爵の一つアルハイザー公爵家の嫡男である。そしてイサイアスは周囲に影響を与えてしまうほど多くの魔力を持つ少年だった。 イサイアスとの出会いが少しづつレティシアの運命を変え始める。 これは魔力がないせいで冷遇されて来た少女が幸せを掴むための物語である。 ※1章完結※ 追記 2020.09.30 2章結婚編を加筆修正しながら更新していきます。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...