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第六十一話

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 今日はレテ神殿の祭壇を作るため、私はコーリャ青年を伴って街の鍛冶屋にやってきた。

 祭壇と言っても、飾るものはそう多くない。サナシスが大理石の石壇を手配してくれたので、その上に置く燭台や私が持つメダルの柄をあしらった供物を捧げるためのプレートを作るだけだ。忘却の女神レテは清貧を好むし、私の記憶では修道院でもそのくらいしか祭壇の上にはなかった。祈る方法も単純、ただ瞑想して過ごすだけだ。場所はどこでもいい、一日一回適当にやるだけだった。だから、祭壇は極論、必要はなかったりする。

 それでもレテ神殿騎士団の面々にとっては信仰の中心となるべきところだから、体裁は整えなくてはならない。

 支給された真新しい白と青の騎士服を着たコーリャ青年が、私を先導して路地を進む。

「いやあ、ウラノス公国からここへ来るまでほぼ着のみ着のままだったので、新しい服をいただけて助かりました。生活も安定するでしょうし、何から何までアサナシオス王子殿下とエレーニ様のおかげです!」
「そうですか、それならよかった。でも、皆は元々別の信仰を持っているのでしょう。忘却の女神レテに仕えることには、抵抗があるのではありませんか?」
「ああいえ、そうでもないのです。騎士というものは……勝利の神ニケや強さの神クラトスを信仰することもありますが、あまり熱心ではありません。仕える主君のほうが大事ですからね。ただまあ、これからは忘却の女神レテを信仰しなくてはならないと思うと、どう信心を表すべきなのか、我々には経験がなく困ったものです」

 なるほど、そんな悩みがあったのか。

 一般の人々は、私が思う以上に信仰の仕方が分からないのかもしれない。それか、私よりもずっと適当にしているか。それ自体は別にいい、大したことではないから。忘却の女神レテもそううるさく言わないだろう。

 私はコーリャ青年を安心させるためにも、そのことを教えておく。

「大丈夫ですよ。忘却の女神レテは寛大なお方ですから、一日一回の瞑想さえ欠かさなければ問題ありません。あとは贅沢をしないこと、節制に努めることくらいでしょうか。そのあたりは他の神々と変わりません」
「そうなのですか! 帰ったら皆に伝えないと!」
「そうしてくださると助かります」

 とはいえ、騎士の数は二百人余り。伝えるにはなかなか労苦がいる。

 となれば、別の方法を採ろう。私はコーリャ青年へ尋ねる。

「騎士の皆は、文字の読み書きはできますか?」
「はい、それはもちろん」
「では、簡単な信仰の手引きを作ります。それを皆に配り、参考にするようお伝えしましょう」
「おお! それなら皆も喜びます! あれです、伝言ゲームだと間違って伝わりますからね……」

 私はその伝言ゲームとやらはやったことはないけど、そういうものらしい。

 上機嫌で陽気なコーリャ青年の背中を見ていると、何だかこういう時間の過ごし方もいいものだな、と私は思う。今まで街を散策することなんてしたことがない、城や人里離れた修道院、ステュクス王国に来てからは王城、ニキータとサナシスに一度ずつ食堂タベルナへ連れていってもらったこと。そのくらいしか、私にとっての外出先はなかった。

 楽しいことをやってもいいのだ、と神の許しを得たかのようだ。

「鍛冶屋はこの先です。燭台とプレートでしたよね? どちらもオーダーになるでしょうから」
「コーリャ」
「はい、何でしょう!」

 私は振り返ったコーリャ青年へ、精一杯の感謝を伝える。

「ありがとう。連れてきてもらって、すごく楽しい」

 すると、コーリャ青年は顔を赤らめて、飛び上がりそうなほど背筋を伸ばした。

「み、身に余る光栄です、エレーニ様!」
「それほどのことかしら」
「はい! 騎士として、姫の信任を得ることがどれほど光栄か!」

 そうだった、コーリャ青年は騎士だったのだ。今もなお、私とコーリャ青年の間には、姫と騎士という関係が続いている。

 まあ、コーリャ青年が喜ぶならいいか。私は、その期待に応えてお姫様をやらせてもらおう。

「では、エスコートしてくださいますか、騎士様」
「喜んで!」

 コーリャ青年は紳士的に、歓喜に満ちた表情で胸を張って、私をすぐそばの鍛冶屋まで連れていく。

 その様子は、何とも微笑ましかった。
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