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第四十七話

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 完全に予想外の再会だった。

 食堂タベルナのカウンター席で、数週間前にウラノス公国で出会った騎士のコーリャ青年が、薄いパンに包まれた薄切り肉やごろごろ野菜に豪快にかぶりついていた。私を見て、皿に置く。美味しそうなものを食べている、とちょっとだけ私は羨ましかった。

 私とコーリャ青年が突然の再会にどうしていいか困っていると、ニキータが手を差し伸べてくれた。

「お知り合いですか、エレーニ姫」
「ええと、はい」

 私は頷き、コーリャ青年はもっと頷いていた。

 ステュクス王国の王子であるサナシスに嫁いできた私はともかく、どうしてウラノス公国にいるはずの騎士がステュクス王国の路地裏の食堂タベルナで昼食を摂っているのか、その事情は私にはさっぱり分からない。どういう巡り合わせなのだろう。

 まあまあ、とニキータは私とコーリャ青年をなだめ、コーリャ青年の隣の椅子を引いて私を座らせた。さらにニキータも座り、さて、と話を聞く態勢を整えた。

 コーリャ青年は、何か私へ言いづらそうにしていた。何だろう、サナシスもそうだけど、私には言いづらいことがそんなにあるのだろうか。ならば、とニキータが間に入り、コーリャ青年の身分を聞き取る。

「なるほど、旧ウラノス公国騎士団の一人」

 旧? と私は疑問を持ったが、口には出さない。話の腰を折るより、全部聞いてから問いかけたほうがいいと思ったからだ。

「少々、話がある。こちらへ」
「はあ」

 そう言って、ニキータはコーリャ青年を食堂タベルナの外へ連れ出していった。

 一人、ぽつんと残された私は——コーリャ青年が食べていた、薄いパンに肉や野菜を巻いたものを眺めていた。まだ温かく、焦げ目のついた肉は食欲をそそる匂いを漂わせ、緑黄色の角切り野菜も立派で食べ甲斐がありそうだ。こんなにもざっくりと作られた、手で持って食べる料理は初めて見た。ウラノス公国は肉食が盛んではなかったし、私は修道女だったから肉は食べなかった。でも、目の前の料理を見ていると、ちょっとだけ齧りたいな、と思ってしまう。

 少しならいいのでは、と私がそろっと手を伸ばし、はみ出ている肉に指が触れる寸前。

「本当か!?」

 外からコーリャ青年の大声が聞こえ、私はびっくりして手を引っ込めた。

 間もなくニキータとコーリャ青年が喋りながら戻ってくる。

「嘘を吐いてもしょうがない。我らが聡明なる王子の決定だ、まだ内々のことで通達は明日以降にはなるものの、必ず貴殿らを召し抱える。エレーニ姫のためにもね」

 ニキータは穏やかに席に戻ったが、コーリャ青年は立ったまま、嬉しさと興奮を抑えきれていない。

「こうしてはいられない! エレーニ様、大至急仲間に知らせなければならないため、今日はこれにて失礼します!」
「あ、コーリャ、待って。この料理はどうするの?」
「あっ……よ、よろしければ、どうぞ!」

 一瞬だけ迷ったものの、コーリャ青年は私に料理を押し付けて、店を飛び出していった。

 置いていかれた私とニキータは、顔を見合わせ、そして料理が載ったままの皿に視線を移した。まだ半分ほど残っている。

「これはギロピタです。くれると言うのですから、いただいて帰りましょう。おっと、カラマラキア・ティガニタを忘れるところでした」

 ニキータは店員を呼ぶ。持ち帰り用のカラマラキア・ティガニタを頼み、私から店員へオボルス硬貨一つを渡すよう指示した。どうやら、料理一つごとに先にお金を払う仕組みらしい。

 となれば、この食べかけのギロピタもお金は払っているから、大丈夫。私はそっと手を伸ばし、ギロピタを持ち上げて、軽く齧ってみる。薄いパンと、お肉。何の肉だろう。牛かな。

 舌の上に、肉が乗った。その瞬間、私の舌は食べたことのない旨味を感じ取った。これが焼き上げられた肉から溢れる肉汁と、たっぷりの塩胡椒とスパイスの混じったもので——私は今までそんなものを口にしたことがなかった。幼いころ、ひょっとすると私は肉を食べていたかもしれないけど、そんな記憶なんて残っているはずがない。野菜では到底味わえない旨味に、私はニキータへ叫んだ。

「これ、お肉、美味しい……!」

 革命的だった。もはや、体が求めている。それを食べよう、いっぱい食べたい、と胃が動きはじめている。

 ニキータは卓上の紙ナプキンを持ってきて、私の口を拭いた。肉汁が垂れていたようで、私はちょっと恥ずかしかった。

「それはよかった。王城にはない味ですから、どうぞ召し上がれ」
「はい!」

 ニキータの注文したカラマラキア・ティガニタがやってくるまで、私はもぐもぐ、一生懸命顎を動かして肉を味わっていた。美味しい。これは、甘いものとはまた違った強烈な誘惑の食べ物だ。

 申し訳ございません、忘却の女神レテ。多分、私はやっぱり信仰を完全に捨てて、美味しいものを取りたいです。

 不敬ながら、私はしみじみそう思った。信仰を覆すこの味が悪いのだ、うん。
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