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第三十七話

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 カイルス宮殿の悲劇の第一報が、ステュクス王国王城のサナシスの執務室に届けられたのは、三日と経たないうちだった。ほぼ同時に、カイルス王国の王侯貴族は皆殺しにされてしまい、国としての機能が完全に麻痺してしまったことも報告に上げられた。

 報告に来たニキータは、眉間にしわを寄せたサナシスへ、簡潔に状況を説明する。

「つまり、馬鹿な王侯貴族の乱痴気騒ぎへ、怒った民衆が大挙して押し寄せて皆殺しにした。そういうことだね」

 ニキータはどこか嬉しそうだ。

「ご安心を、我が君。へメラポリスとアンフィトリテの貴族たちは逃してある。ソフォクレス将軍の仕事は残っているさ。今回の反乱、予想よりも拡大が速く、制御は叶わなかったが、我々にとってだ。国境沿いにいる兵団を派遣し、反乱軍を監視、交渉を始めよう」

 ニキータは喜びを隠しもしない。この男は、自分たちに益のある他人の不幸を、思う存分に喜べるたちだ。それが国王の不興を買って、ステュクス王国の王族だというのに聖職から追放されたほどだというのに、改める気はないらしい。

 そんなニキータをサナシスは有用だからとずっと使ってきた。ニキータもまた、尽くすに値する主君だとサナシスを認めている。それなりに長く付き合ってきて、君臣の間柄ながら、気の置けない仲ではある。

 だから、サナシスは思いっきり深いため息を吐く姿を見せた。

「どうかしたかい?」
「いや……」
「ああ、気分が優れないようなら」
「それは大丈夫だ。そうじゃない、何というか」

 言い繕っても仕方がない。サナシスは執務室に自分とニキータだけしかいないことを確認して、執務机を手のひらで何度も叩いた。

「どいつもこいつも、馬鹿だろう! 民を殺すほどに税を搾り取り、贅沢に贅沢を重ねた貴族など殺されて当然だ! なのに安穏と舞踏会? 前兆はいくらでもあっただろう、遠くこの国にいるお前が把握できていたほどなのだから! こんなことのために、あらゆる国、あらゆる人々にどれほどの悪影響が出ると思っている!」

 そう、あまりにも馬鹿馬鹿しい。民衆に反乱を起こさせるような統治の仕方をしている王侯貴族など、もはや支配者として許しがたい。暴虐の革命を誘発するほどに度を過ぎた行いを看過してきたなど、言い訳さえ許されない。とうの昔に、いわゆる貴族層がいなくなっている大国ステュクス王国からしてみれば、いつまで旧態依然の支配体制を続けているのか、だから戦争が終わらないのだろうと愚痴も言いたくなってくる。

 ニキータはうんうん、と大いに頷く。

「確かに。だがね、神聖なるステュクス王国の誇る聡明なる王子よ。世界は醜いのだ」

 その言葉に、ほんの少し、サナシスは機嫌を悪くした。王子様には分かるまい、そんなことをニキータは言わないと分かっていても、だ。

「その醜悪さは、毎日毎日、毎年毎年、年輪のように積み重ねられてきた。削っても削っても、父祖の恨みや過ちが尽きることはなく、今を生きる誰もが修正すること叶わなかったのだ。だから、この反乱の萌芽からは誰もが目を逸らしてきていた。その結果、あまりにも衝撃的な出来事となってしまったがね」
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