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第三十話

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 主神ステュクスよ、私はこんなに贅沢をしてもいいのでしょうか。

 私は心の中で主神ステュクスに問いかけるほど混乱し、目の前のガラステーブルに置かれた、見たこともないまんまるのパンケーキとたっぷりの色鮮やかなベリーと塊のバターと溢れんばかりの蜂蜜ソースを見下ろして、唾を飲み込んでいた。

 どこかから声が聞こえる。

「いいよ! 食べちゃいなよ!」

 これは主神ステュクスの神託だ。いや私の心の声かもしれないから、口外はしないけど、とにかく私は目の前のパンケーキにナイフとフォークを刺した。

 一生懸命切っていく。蜂蜜ソースが垂れて、パンケーキはふわふわと引き裂かれ、バターはじんわり溶ける。それらの香りが鼻をくすぐり、まだ食べないのか、とせっついてくる。

 私の横では、シェフを務めたサナシスが腕を組んで、まだかまだかとそわそわしながら待っている。早く食べて感想を言え、と態度で物語っている。ただ、サナシスは私が言い出すのを、じっと待つのだ。せっついたり、急がせたりはしない。

 私はやっと、パンケーキをひとかけら、ベリーとバターと蜂蜜をたっぷりつけて、フォークで口に運ぶ。

 その瞬間——私は、世界の善意を信じられそうだった。

 善き行いというのは、こういうことを言うのだ。自己満足や押し付けではない。口の中で弾ける爽やかな甘みと酸味、ベリーの種の粒々とした食感、とろけるバターの濃厚さ、これでもかと言わんばかりに怒涛のごとく押し寄せる蜂蜜の重厚すぎる甘さ。

 それらを、さっぱりふわふわパンケーキはまとめて運んできて、混ぜて、私の胃の中へ。

 幸せの味だ。これは間違いなく、人生の幸せを凝縮した食べ物だ。

 私の人生に喝采を与えるような味が、まだまだ続く。だめだ、幸せはそんなに続けて味わうものじゃない。ちょっと待って、私はアイスティーのほろ苦さを口に含む。

 ついに、サナシスは口を開いた。

「美味かったんだな」
「……はい!」
「そうか。いや、嬉しいぞ。ゆっくり食べていい、俺は隣で見ているだけで十分だ」

 そう言って、サナシスは私の隣の椅子を引き、座る。

 私は思いついた。こんなに美味しいものを、一人だけ食べるのはもったいない。分け合い、サナシスも幸せになってほしい。

「あの、サナシス様も一口、どうでしょうか」

 普段なら絶対に、私はそんな不敬なことを言い出せなかっただろう。でも、パンケーキの魔力は凄まじく、私はサナシスへパンケーキを一口、勧めてしまった。

 サナシスはふふっと笑って、口を開けた。

「ん」
「は、はい」

 私はパンケーキをフォークで刺し、ベリーとバターと蜂蜜のソースをたっぷりつけて、サナシスの口へと運ぶ。

 端正な顔の、形のいい唇の中に、パンケーキが入っていく。サナシスは嬉しそうに頬張って、その顔を見るだけでサナシスもまた幸せなのだと実感する。

 幸せのパンケーキ。サナシスの贈り物は、きっと心優しいサナシスの祝福が入っているに違いなかった。
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